別れの夜
夜は、やけに静かだった。
風もなく、虫の声も遠い。
いつもと同じはずの家が、少しだけ違って見える。
裏葉家のリビング。
灯りは柔らかく、三人だけの空間。
宗一郎と綾乃は、向かい合うように座っていた。
その正面に、オビト。
「……話がある」
宗一郎が、口を開く。
声は、落ち着いている。
だが、その奥にあるものは隠しきれていない。
オビトは、何も言わずに頷いた。
分かっている。
何となく。
いや、はっきりと。
(……来るよな、そりゃ)
あの日から。
ずっと、分かっていたことだ。
「……俺たちは」
宗一郎が、言葉を選ぶ。
一つ一つ、噛み締めるように。
「戻る」
短く。
だが、その一言に全てが詰まっている。
「京都に」
続ける。
「禪院に」
綾乃が、静かに言葉を繋ぐ。
「加茂に」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥が、ぎゅっと締まる。
(……ああ)
やっぱり、か。
分かってた。
分かってたけど。
「……そうか」
口に出る声は、思ったよりも普通だった。
自分でも、少し驚くくらいに。
だが。
その奥で。
何かが、揺れている。
「お前は」
宗一郎が、続ける。
「ここに残る」
一拍。
「虎杖のところでな」
倭助の顔が浮かぶ。
悠仁の顔も。
(……そっちか)
理解する。
悪くない。
むしろ、ありがたい。
それでも――
「……」
言葉が、出ない。
頭の中は、妙に静かだ。
なのに。
胸の奥だけが、騒がしい。
(……変だな)
戦いの時は、もっと冷静なのに。
こういう時の方が、うまくいかない。
「……危ないからだ」
宗一郎が、言う。
「俺たちが戻れば、確実に狙われる」
「だから」
綾乃が、続ける。
「あなたは、普通に生きてほしい」
優しい声。
いつも通り。
でも。
それが、逆に刺さる。
(……普通、ね)
考える。
この世界に来てから。
十一年か、十二年か。
ずっと。
この家で。
この二人と。
家族として、生きてきた。
(……長ぇな)
前の人生より、短いのに。
こっちの方が、ずっと濃い。
裏葉。
その名前の意味を聞いた日。
あの時、思った。
(……いい名前だな、って)
ただの名前じゃない。
場所だ。
帰る場所。
「……なあ」
ぽつりと、口を開く。
二人が、こちらを見る。
「戻るんだよな」
確認する。
分かっている。
でも、聞く。
「……ああ」
宗一郎が、頷く。
「禪院宗一郎に」
綾乃も、続く。
「加茂綾乃に」
その言葉を、しっかりと聞く。
逃げない。
逸らさない。
そして。
ゆっくりと、息を吐く。
「……そっか」
小さく、頷く。
そのまま。
顔を上げる。
二人を見る。
真っ直ぐに。
「でもよ」
口を開く。
自然と。
言葉が出てくる。
「裏葉は」
一拍、置く。
胸の奥のものを、そのまま乗せる。
「俺にとっても、大事な家だ」
静かに。
だが、はっきりと。
言い切る。
宗一郎と綾乃の目が、わずかに揺れる。
「だから」
続ける。
「守る」
短く。
力強く。
「二人が、いつでも戻れるように」
拳を、軽く握る。
「裏葉は、俺が守るから」
それが。
答えだった。
沈黙。
数秒。
長くも、短くも感じる時間。
そして。
「……ああ」
宗一郎が、笑う。
少しだけ。
泣きそうな顔で。
「頼んだ」
綾乃も、目を細める。
優しく。
でも、どこか寂しそうに。
「ええ」
その声は、震えていなかった。
だが。
想いは、全部伝わる。
夜は、静かに流れる。
三人で過ごす時間は、あと少し。
だが。
終わりじゃない。
それは、分かっている。
それでも――
この夜は。
少しだけ、長く感じた。
風もなく、虫の声も遠い。
いつもと同じはずの家が、少しだけ違って見える。
裏葉家のリビング。
灯りは柔らかく、三人だけの空間。
宗一郎と綾乃は、向かい合うように座っていた。
その正面に、オビト。
「……話がある」
宗一郎が、口を開く。
声は、落ち着いている。
だが、その奥にあるものは隠しきれていない。
オビトは、何も言わずに頷いた。
分かっている。
何となく。
いや、はっきりと。
(……来るよな、そりゃ)
あの日から。
ずっと、分かっていたことだ。
「……俺たちは」
宗一郎が、言葉を選ぶ。
一つ一つ、噛み締めるように。
「戻る」
短く。
だが、その一言に全てが詰まっている。
「京都に」
続ける。
「禪院に」
綾乃が、静かに言葉を繋ぐ。
「加茂に」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥が、ぎゅっと締まる。
(……ああ)
やっぱり、か。
分かってた。
分かってたけど。
「……そうか」
口に出る声は、思ったよりも普通だった。
自分でも、少し驚くくらいに。
だが。
その奥で。
何かが、揺れている。
「お前は」
宗一郎が、続ける。
「ここに残る」
一拍。
「虎杖のところでな」
倭助の顔が浮かぶ。
悠仁の顔も。
(……そっちか)
理解する。
悪くない。
むしろ、ありがたい。
それでも――
「……」
言葉が、出ない。
頭の中は、妙に静かだ。
なのに。
胸の奥だけが、騒がしい。
(……変だな)
戦いの時は、もっと冷静なのに。
こういう時の方が、うまくいかない。
「……危ないからだ」
宗一郎が、言う。
「俺たちが戻れば、確実に狙われる」
「だから」
綾乃が、続ける。
「あなたは、普通に生きてほしい」
優しい声。
いつも通り。
でも。
それが、逆に刺さる。
(……普通、ね)
考える。
この世界に来てから。
十一年か、十二年か。
ずっと。
この家で。
この二人と。
家族として、生きてきた。
(……長ぇな)
前の人生より、短いのに。
こっちの方が、ずっと濃い。
裏葉。
その名前の意味を聞いた日。
あの時、思った。
(……いい名前だな、って)
ただの名前じゃない。
場所だ。
帰る場所。
「……なあ」
ぽつりと、口を開く。
二人が、こちらを見る。
「戻るんだよな」
確認する。
分かっている。
でも、聞く。
「……ああ」
宗一郎が、頷く。
「禪院宗一郎に」
綾乃も、続く。
「加茂綾乃に」
その言葉を、しっかりと聞く。
逃げない。
逸らさない。
そして。
ゆっくりと、息を吐く。
「……そっか」
小さく、頷く。
そのまま。
顔を上げる。
二人を見る。
真っ直ぐに。
「でもよ」
口を開く。
自然と。
言葉が出てくる。
「裏葉は」
一拍、置く。
胸の奥のものを、そのまま乗せる。
「俺にとっても、大事な家だ」
静かに。
だが、はっきりと。
言い切る。
宗一郎と綾乃の目が、わずかに揺れる。
「だから」
続ける。
「守る」
短く。
力強く。
「二人が、いつでも戻れるように」
拳を、軽く握る。
「裏葉は、俺が守るから」
それが。
答えだった。
沈黙。
数秒。
長くも、短くも感じる時間。
そして。
「……ああ」
宗一郎が、笑う。
少しだけ。
泣きそうな顔で。
「頼んだ」
綾乃も、目を細める。
優しく。
でも、どこか寂しそうに。
「ええ」
その声は、震えていなかった。
だが。
想いは、全部伝わる。
夜は、静かに流れる。
三人で過ごす時間は、あと少し。
だが。
終わりじゃない。
それは、分かっている。
それでも――
この夜は。
少しだけ、長く感じた。
【〆栞】