約束

検査入院から戻った日の夕方。

空気は、どこか柔らかかった。

夏の終わりが近い。

日差しはまだ強いが、風は少しだけ落ち着いている。

虎杖家の縁側。

木の軋む音が、静かに響く。

倭助は、そこに座っていた。

湯呑みを片手に。

ゆっくりと、息を吐く。

オビトは、その隣に腰を下ろした。

特に呼ばれたわけじゃない。

ただ、何となく。

そうした方がいい気がした。

しばらく、何も話さない。

風が、通る。

庭の草が、揺れる。

「……オビト」

倭助が、ぽつりと口を開く。

「なんだ」

短く返す。

視線は、前のまま。

「お前に、話しておくことがある」

声は、静かだった。

だが。

その重さは、すぐに分かる。

オビトは、何も言わずに待った。

「悠仁のことだ」

その一言で。

空気が、少し変わる。

(……ああ)

察する。

軽い話じゃない。

「悠仁には、話してねぇ」

続ける。

「話す気にもならなかった」

間。

ほんの少し。

「……でもな」

湯呑みを、置く。

手が、わずかに止まる。

「お前だから、話す」

その言葉に。

オビトは、ゆっくりと視線を向けた。

倭助の横顔。

皺の刻まれたその顔は。

いつもより、少しだけ硬い。

「……前に言ったな」

ぽつりと、呟く。

「悠仁を守ってやれ、って」

あの時の言葉。

はっきりと、覚えている。

「……ああ」

オビトは、頷く。

「だから、話す」

倭助が、目を細める。

遠くを見るように。

「仁と香織」

悠仁の両親の名前。

「……あいつらのことだ」

ゆっくりと。

言葉を選びながら。

「香織はな」

一拍。

そして。

「一度、死んだ人間だ」

風が、止まった気がした。

オビトは、黙って聞いている。

「だが」

倭助の声は、揺れない。

「生きて、戻ってきた」

静かに。

事実だけを、積み重ねるように。

「信じられるか?」

問いかけ。

だが、答えは求めていない。

「……普通は、信じねぇ」

自分で、続ける。

「俺も、そうだった」

当然だ。

死んだ人間が、戻る。

そんなこと。

「だが仁は、信じた」

短く、言う。

そこに迷いはない。

「それから、夫婦になった」

そして。

「悠仁が生まれた」

そこまで話して。

倭助は、息を吐く。

「……死人が産んだ子だ」

その言葉は。

重く。

静かに落ちる。

違和感。

それは、当然だ。

「俺はな」

続ける。

「ずっと疑ってた」

最初から。

最後まで。

「警戒してた」

何かが、おかしい。

ずっと、そう思っていた。

「仁には、言った」

警告した。

何度も。

「だが、聞かなかった」

結果は。

言うまでもない。

「……分かるな?」

オビトは、静かに頷いた。

言葉にしなくても、伝わる。

「悠仁は、知らねぇ」

倭助が、目を伏せる。

「話す気にもならなかった」

その選択。

その理由。

全部、分かる気がした。

「……でもな」

倭助が、顔を上げる。

ゆっくりと。

オビトを見る。

まっすぐに。

「お前とあいつは」

少しだけ、口元が緩む。

「兄弟みてぇなもんだ」

その言葉に。

オビトは、何も言わない。

ただ、聞く。

「俺は、お前のことも」

一拍。

ほんの少し。

「孫みてぇに思ってる」

静かに、言う。

その声は、柔らかかった。

「だから――」

そこで、言葉が止まる。

だが。

続きは、分かる。

言わなくても。

伝わる。

オビトは、ゆっくりと息を吐いた。

そして。

前を向いたまま。

口を開く。

「……任せろ」

短く。

それだけ。

だが。

十分だった。

「悠仁は、俺が守る」

言葉に、迷いはない。

覚悟も、ある。

倭助は、少しだけ目を細めた。

「……ああ」

小さく、頷く。

それで、十分だった。

風が、また通る。

庭の葉が、揺れる。

何も変わらない風景。

だが。

その中で。

一つの約束が、静かに交わされた。


〆栞
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