進路

春が、近づいていた。

空気はまだ冷たいが、どこか柔らかい。

季節の変わり目。

選択の時期でもある。

「……決めたのか」

倭助が、新聞から目を上げる。

居間。

いつもの場所。

「おう」

オビトは、短く答えた。

迷いはない。

「杉沢第三」

その名前を、はっきりと言う。

虎杖悠仁と同じ高校。

特別な理由はない。

ただ――

(約束、あるしな)

あの縁側。

あの言葉。

忘れる理由がない。

「……そうか」

倭助は、それ以上何も言わなかった。

否定もしない。

肯定もしない。

ただ。

静かに受け止める。

それで十分だった。

数時間後。

オビトは、スマホを手にしていた。

連絡先。

登録された名前。

一つ。

(……一応、な)

念のため。

それだけだ。

通話ボタンを押す。

コール音。

数秒。

「もしもし?」

軽い声。

いつも通り。

五条悟

「俺だ」

短く言う。

「あー、オビトくんじゃん」

すぐに分かる。

声だけで。

「どうしたの?」

「進路、決めた」

その一言で、空気が少しだけ変わる。

向こう側。

わずかに、静かになる。

「へぇ」

興味の声。

「どこ?」

「杉沢第三」

間。

ほんの少し。

「……そっち行くんだ」

軽い口調。

だが。

何かを測っている。

そんな声。

「悠仁と同じとこだ」

理由は、それだけだ。

隠す気もない。

「ふーん」

短く返す。

それ以上、突っ込まない。

だが。

「……いいの?」

ぽつりと、聞く。

「その選び方」

核心。

オビトは、少しだけ目を細めた。

「何がだ」

「他人基準で決めてるじゃん」

はっきり言う。

遠慮なく。

「もっとさ」

少しだけ、声が低くなる。

「自分のこと優先してもいいんじゃない?」

本音。

軽く言っているようで。

ちゃんとした問い。

オビトは、数秒考えた。

だが。

答えは、すぐに出る。

「……別に」

肩をすくめる。

「嫌々やってるわけじゃねぇ」

それが全てだ。

「約束もあるしな」

倭助との。

悠仁との。

あの時間との。

「俺が決めた」

他人に押し付けられたわけじゃない。

自分で選んだ。

「それでいい」

迷いは、ない。

電話の向こう。

少しだけ、沈黙。

そして。

「……そっか」

五条が、小さく呟く。

その声は、さっきまでと少し違った。

軽さはある。

だが、その奥に。

ほんの少しだけ。

別の色が混じる。

「いいと思うよ」

続ける。

「そういうの」

肯定。

だが。

そのまま、少しだけ笑う。

「でもさ」

声が、ほんの少しだけ低くなる。

「もったいないな、とは思う」

本音だった。

隠さない。

「その力」

血。

水。

火。

雷。

あの全部。

「もっと早く、ちゃんと使えば」

どうなるか。

想像はつく。

「めちゃくちゃ強くなるのに」

軽く言う。

だが、その評価は本物だ。

そして。

少しだけ、間を置く。

「……でも」

続ける。

今度は、少しだけ柔らかく。

「それでもいいか」

ぽつりと。

「君が選んだなら」

そこに、否定はない。

ただ。

理解と、受け入れ。

「いつでも来ていいよ」

最後に、軽く言う。

「その気になったら」

道は、閉じていない。

開いたまま。

それが、五条のやり方だ。

「……ああ」

オビトは、短く返す。

それで十分だった。

通話が切れる。

静寂。

スマホを、ポケットにしまう。

窓の外を見る。

空は、少しずつ春に近づいている。

(……まあ)

悪くない。

この選択も。

そう思いながら。

オビトは、静かに目を細めた。


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