倭助の遺言

その日は、いつもと少し違っていた。

放課後。

チャイムが鳴り終わる前に、オビトは立ち上がっていた。

「今日は部活出ねぇ」

短く言い残して、教室を出る。

理由は、言わない。

言う必要もない。

足は、自然と病院へ向かっていた。

胸の奥に、引っかかるものがある。

言葉にはならない。

だが、分かる。

(……今日だな)

そんな予感が、あった。

一方、その頃。

校庭では。

「おい虎杖!」

陸上部顧問が、やたら張り切った顔で立っていた。

「お前と裏葉、入部だ!」

「は?」

悠仁が、素で固まる。

「いや、出してねぇぞ!?」

「出したことにした!」

「改竄すんな!!」

当然のツッコミ。

だが、顧問は気にしない。

「砲丸投げで勝負だ!」

(なんでだよ!?)

話が飛びすぎている。

「勝ったら正式入部!」

「負けたら!?」

「知らん!」

「適当すぎるだろ!!」

だが。

悠仁は、ちらっと空を見る。

そして。

「……分かった」

構える。

砲丸を持つ。

「オビトの分も賭けるぞ」

ぽつりと、呟く。

投げる。

――飛ぶ。

異常な軌道で。

「おおおおお!?」

周囲がざわめく。

だが。

そんなことはどうでもいい。

勝負が終わると同時に。

「先帰る!!」

そのまま、全力で走り出す。

「おい部活!?」

「あとで!!」

振り返らない。

一直線。

校舎を飛び出し。

オカ研の部室に顔だけ出す。

「先帰る!!」

「え、何――」

返事も聞かずに、また走る。

全力で。

病院へ。

その頃。

オビトは、すでにそこにいた。

静かな病室。

機械音が、一定のリズムで鳴っている。

窓から差し込む光は、やけに白い。

ベッドの上。

倭助が、目を開けていた。

「……来たか」

「おう」

短い会話。

それだけでいい。

椅子を引いて、座る。

いつもと同じ距離。

だが。

空気は、違う。

「……オビト」

名前を呼ばれる。

ゆっくりと。

「なんだ」

視線を向ける。

倭助の目は、まっすぐだった。

濁りがない。

「お前は強い」

ぽつりと、言う。

事実を、そのまま。

オビトは、何も言わない。

否定もしない。

肯定もしない。

ただ、聞く。

「だから――」

一拍。

静かに、息を吸う。

「人を助けろ」

その言葉は。

重く。

真っ直ぐに、落ちてきた。

「手の届く範囲でいい」

続く言葉。

一つ一つ。

刻みつけるように。

「救える奴は、救っとけ」

「迷っても」

「感謝されなくても」

目が、逸れない。

まっすぐに、オビトを見ている。

「とにかく助けてやれ」

その言葉が。

胸の奥に、深く沈む。

(……ああ)

理解する。

これは。

ただの言葉じゃない。

生き方だ。

「……そしてな」

倭助の声が、少しだけ柔らかくなる。

「オマエは」

ゆっくりと。

「大勢に囲まれて死ね」

静かな言葉。

だが、その意味は。

痛いほど分かる。

「俺みたいにはなるなよ」

その一言で。

全てが、繋がる。

孤独。

後悔。

人生の終わり。

それを、知っているからこそ。

(……任せろ)

言葉には出さない。

だが。

胸の奥で、はっきりと答える。

この瞬間。

何かが、決まった。

生き方が。

形になった。

その時。

扉が、開く。

「じいちゃん!!」

悠仁の声。

息を切らしながら、飛び込んでくる。

間に合った。

ぎりぎりで。

「……来たか」

倭助が、目を向ける。

優しく。

「お前も、よく聞け」

同じ言葉を。

同じ想いで。

悠仁に、向ける。

「人を助けろ」

静かに。

確かに。

届ける。

悠仁は、何も言えなかった。

拳を握る。

唇を、強く噛む。

震えている。

目に、涙が溜まる。

「……じいちゃん」

声が、かすれる。

だが。

言葉は、続かない。

そして。

静かに。

本当に、静かに。

倭助は、息を引き取った。

機械の音が、変わる。

単調な音に。

現実が、そこにある。

悠仁の肩が、震える。

必死に、堪えている。

泣かないように。

でも。

無理だ。

限界だ。

その時。

オビトが、手を伸ばす。

ぽん、と。

悠仁の頭に置く。

くしゃり、と撫でる。

優しく。

それから。

引き寄せる。

抱き締める。

背中を、軽く叩く。

トントン、と。

「……いい」

小さく、言う。

「泣け」

それだけ。

その一言で。

堰が切れた。

「……っ、く……!」

声が漏れる。

涙が溢れる。

抑えきれない。

オビトは、何も言わない。

ただ。

そばにいる。

背中を叩く。

それだけでいい。

しばらくして。

悠仁が、顔を上げる。

目は赤い。

だが。

少しだけ、落ち着いている。

「……オビト」

ぽつりと、呟く。

「お前さ」

少しだけ、笑う。

涙を拭いながら。

「やっぱ優しいわ」

その言葉に。

オビトは、少しだけ肩をすくめた。

「そうか?」

「そうだよ」

即答。

迷いなし。

オビトは、ふっと笑う。

それから。

軽く、悠仁の頭を小突いた。

「……兄弟ならよ」

ぽつりと、言う。

「俺が兄ちゃんか」

少しだけ、冗談めかして。

悠仁が、目を丸くする。

それから。

小さく、笑った。

「……そうかもな」

その答えに。

オビトも、少しだけ笑う。

病室は、静かだった。

だが。

その中にあったものは。

確かに、繋がっていた。

言葉。

想い。

約束。

それらが。

確かに、二人の中に残っていた。


〆栞
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