陰陽干渉

夜気は冷たく、どこか澄んでいた。

戦いの余熱が残る校舎の外で、四人は向かい合っていた。

白髪に目隠し。

場違いなほど軽い気配を纏った男が、ひらひらと手を振る。

「久しぶりだね、オビト」

その声に、オビトは小さく目を細めた。

(……ああ)

記憶が重なる。

小学生の頃。

帰り道。

白昼堂々の拉致。

「……久しぶりだな」

短く返す。

「元気してた?」

「お前に拉致されて暴漢された記憶しかねぇけどな」

「言い方!」

軽く笑う五条。

そのやり取りに、横で伏黒が目を見開いた。

「……知り合いなのか?」

明らかに驚いている。

無理もない。

この二人の距離感は、初対面のそれじゃない。

悠仁も、きょとんとした顔でオビトを見る。

「え、知り合い?」

「まあな」

オビトは肩をすくめる。

五条が、楽しそうに口を開く。

「そうそう、オビトは――」

「拉致されて暴漢されたな」

被せる。

ぴしゃりと。

「いやそれだけじゃないでしょ!」

五条が抗議するが、誰もフォローしない。

空気が一瞬だけ静かになった。

そして。

五条が、ふっと表情を変える。

軽さはそのまま。

だが、その奥にあるものが変わる。

「――とりあえず」

視線が、悠仁へ。

「宿儺、出して」

その言葉に。

悠仁の体が、わずかに強張る。

「え?」

戸惑い。

当然だ。

「大丈夫」

五条は、あっさりと言う。

「僕、最強だから」

根拠は、それだけで十分だった。

そして。

「恵」

伏黒へ、ひょいと袋を投げる。

「それ持っといて」

中には、さっきまで手にしていた仙台土産。

「喜久福」。

「帰りの楽しみだから、大事にしてね」

場違いな言葉。

だが。

それが、五条悟だった。

「……は?」

伏黒が戸惑いながらも受け取る。

その間に。

「10秒ね」

五条が、軽く指を立てる。

「10秒経ったら戻っておいで」

その言葉が、合図になる。

空気が、変わる。

悠仁の体に、黒い模様が浮かび上がる。

皮膚を這うように。

そして。

目が、開く。

「――ケヒ」

低い笑い。

「また会ったな、小僧」

現れる。

両面宿儺

その瞬間。

空気が、重く沈む。

だが。

次の瞬間には。

宿儺が動いていた。

五条へ。

一直線。

「はっ!」

振り下ろされる一撃。

だが。

当たらない。

届かない。

「遅いよ」

五条が、軽く言う。

指一本で。

その攻撃を、いなす。

圧倒的。

差が、ありすぎる。

「――!」

宿儺の目が、細まる。

連撃。

速度を上げる。

力を増す。

だが。

全て、届かない。

触れない。

「ほらほら」

五条が、楽しそうに笑う。

「そんなもん?」

遊んでいる。

完全に。

戦いではない。

検証。

それだけ。

(……すげぇな)

悠仁の体を借りているとはいえ。

宿儺の動きは、明らかに異常だ。

だが。

それすら。

届かない。

(……やっぱ別格だな)

オビトは、静かにそれを見ていた。

そして――

その瞬間。

どくん

胸の奥で、鼓動が強く打つ。

(……?)

違和感。

何かが、動く。

意識の深いところ。

陰と陽。

それが、わずかに干渉する。

「――」

ほんの一瞬。

コンマ数秒。

宿儺の動きが、止まる。

「……?」

わずかな、揺らぎ。

(なんだ、この感覚は……)

宿儺の意識が、ぶれる。

(不快だ)

だが、それ以上に――

(……こいつ)

視線が、止まる。

オビトへ。

(こいつの術式か)

理解する。

ただの呪力ではない。

もっと、根源的な何か。

その瞬間。

五条の目が、わずかに細まる。

「……ん?」

気づく。

ほんの一瞬のズレ。

「今の、何?」

興味が、滲む。

だが。

時間は、進む。

「――っ!」

悠仁の意識が、戻る。

宿儺を押し込む。

「はぁっ……!」

息を吐く。

体が、揺れる。

「10秒」

五条が、ぽつりと呟く。

「ちゃんと守ったね」

評価。

軽く。

だが、確実に。

「まあ」

そのまま、歩み寄る。

「合格かな」

そう言って。

悠仁の額に、指を当てる。

「おやすみ」

次の瞬間。

悠仁の意識が、落ちる。

崩れる体を、オビトが支える。

静寂。

伏黒が、強く拳を握る。

「……待ってください」

低く言う。

「処分、する気ですか」

その言葉に、空気が変わる。

重く。

鋭く。

五条は、振り返る。

その顔は、いつも通り軽い。

だが。

目だけが、違った。

「どうすると思う?」

問い返す。

伏黒は、歯を食いしばる。

「……反対です」

はっきりと。

「こいつは」

一瞬、言葉を選ぶ。

だが。

「まだ、生きてる」

それが、答えだった。

その言葉を聞きながら。

オビトは、黙っていた。

腕の中で。

悠仁の体が、静かに呼吸している。

その温もりを、確かに感じながら。


〆栞
PREV  |  NEXT
LIST
#novel#