秘匿死刑

夜は、まだ終わっていなかった。

校舎の外。

冷たい空気の中で、悠仁の体を支えながら、オビトは静かに立っていた。

腕の中にある重み。

呼吸の温かさ。

確かに、生きている。

それだけが、今の現実だった。

「……さて」

五条悟が、軽く手を叩く。

いつも通りの調子。

だが、その内容は軽くない。

「虎杖悠仁の処分について」

その一言で、空気が張り詰める。

伏黒の視線が鋭くなる。

「上は、まあ」

五条は肩をすくめた。

「秘匿死刑を望むだろうね」

淡々とした言い方。

だが、それが現実だ。

宿儺の器。

それは“危険物”でしかない。

排除対象。

例外はない。

「……っ」

伏黒が、言葉を飲み込む。

拳が、わずかに震えている。

だが。

五条は、続ける。

「でもさ」

少しだけ、口元が緩む。

「宿儺の器になる逸材なんて、他にいないでしょ」

事実だ。

あれを耐えられる人間は、いない。

「だったら」

指を立てる。

「全部取り込んでもらってから死刑にすればいい」

あまりにも合理的。

そして。

あまりにも、残酷な提案。

「……」

伏黒が、歯を食いしばる。

だが。

否定はできない。

理屈としては、通っている。

「というわけで」

五条が、軽く言う。

「虎杖悠仁は高専に連れて行く」

決定事項のように。

迷いなく。

「管理下に置く」

それが、今の最適解。

そして――

視線が、オビトへ向く。

「だからさ」

軽く、笑う。

「オビトも当然来るでしょ」

その言葉に。

一瞬、沈黙が落ちる。

オビトは、何も言わない。

ただ、聞いている。

「本音を言うとね」

五条が、少しだけ視線を細める。

「初めて会った日から、ずっと待ってたんだよ」

あの帰り道。

あの出会い。

「君は呪術師になるべきだって」

はっきりと。

「その時から思ってた」

軽い口調。

だが、その中身は重い。

「それに」

一歩、近づく。

「さっき、宿儺に干渉したでしょ」

ぴたり、と言い当てる。

オビトの眉が、わずかに動く。

「隠してるつもりみたいだけど」

五条が、笑う。

「僕には分かる」

その目は、確信していた。

「呪力量」

一拍。

「規格外だね」

ぽつりと、言う。

「この歳でその量は異常」

伏黒が、息を呑む。

(……そこまでか)

改めて、実感する。

「術式の応用力も高い」

続ける。

「血、水、火、雷」

指折り数える。

「それに、さっきの」

少しだけ、声を落とす。

「未知の力」

陰と陽。

それを、はっきりとは言わない。

だが。

「術式かどうかも分からない」

それでも。

「これだけ証拠が揃ってる」

視線が、鋭くなる。

「呪術界が放っておくわけないよね」

その言葉に。

現実が、突きつけられる。

「禪院も加茂も」

少しだけ、口元が歪む。

「両親より、君を欲しがってる」

事実だ。

価値が違う。

それだけの話。

「……」

オビトは、黙っている。

だが。

その言葉は、確かに届いている。

「ご両親は」

五条が、静かに続ける。

「君のために戻った」

禪院へ。

加茂へ。

全ては、オビトのため。

「でも」

一拍。

「これから先を選ぶのは、君だよ」

押し付けない。

決めるのは、本人。

「だってさ」

少しだけ、柔らかくなる。

「“自由に生きてほしい”って願ってたでしょ?」

その言葉に。

オビトの中で、何かが揺れる。

裏葉の夜。

あの会話。

あの想い。

全部、思い出す。

「だから」

五条が、言う。

「選びなよ、オビト」

静かに。

まっすぐに。

「自分の道を」

沈黙。

夜の音だけが、流れる。

その中で。

オビトは、ゆっくりと目を閉じた。

(……普通、か)

考える。

普通とは、何か。

この世界に来てから。

ずっと、考えてきた。

だが。

(……そんなもん)

最初から、なかった。

前世。

戦争。

死。

そして、転生。

(普通なんて)

最初から。

どこにもない。

目を開ける。

ゆっくりと。

「……ああ」

小さく、息を吐く。

「そうだな」

視線を上げる。

まっすぐに。

五条を見る。

その目に、迷いはなかった。

自分で決める。

誰でもない。

自分で。

その覚悟が。

そこにあった。


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