当初の約束通り、降谷くんはうまくやってくれている。
適当な頻度で連絡を取り、簡単に近況を伝え合う。出張なんかで遠出をするときは教えておく。なるべく証拠になるようにと、自主的に彼へのお土産を買うようにしている。日常的に所在を細かに尋ねられることはないし、向こうも多忙なようだから常に恋人の気配を纏っておく必要もなさそうだ。
月に一度、多くて二度くらいは食事をともにする時間をとろうと言われたが、降谷くんの方の都合がつかず「初デート」はまだ叶っていない。
私のプライベートの邪魔にもなっていないので、思っていたより面倒じゃない。肩肘を張らなくて済みそうだ。

「そういえば、僕のこと、周囲には話したんですか?」

仕事の休憩中に電話がかかってきた。休憩といってもアポイントメントは不規則に入るためその合間、14時前と少し遅めの昼食中だ。
大体は車の中でコンビニご飯か適当なカフェかファストフードで済ませることが多い。今日は車の中だったため、気兼ねせずスピーカーホンにして話している。

「ああ、親しい友人くらいには。みんな会いたがってるけど、忙しい人だからって誤魔化せてるし、実際頻繁に会ってるわけじゃないしね」
「萱島さんさえよければ面通しくらいいつでも」
「その言い方なんだか気になるんだけど。私の友人と面識を持ってもいいってことね、分かった」

意外にも、完全秘匿にする感じではないらしい。あくまでも自然な関係性という訳か。
でも降谷くんは余りにも出来すぎているから、会わせる方が面倒だろうな。
友人からの鬼のような質問のマシンガンが想像できてしまう。そりゃそうだ、私がもし逆の立場なら120%そうするもの。

「そういえば、彼氏の写真の一つくらいないのかって言われたなあ」
「そうですね。SNSに載せたりしないのであればツーショットの写真くらいあった方が自然、か。今度どこかで撮りましょうか」
「どこかでって、ウェディングフォトじゃないんだから」
「会うたびに写真を撮るような年齢じゃありませんからね、どこかちょっと遠出でも出来たら、そのときにでもと思って」
「記念写真的なやつね、なるほど。それっぽい」

日帰りの小旅行とか、季節のものを食べに出かけるとか、そんな感じかな。
食べることは好きらしいし、料理も好きらしいからそういうのなら有りか。あえてその機会を誂える必要があるのが不自然極まりないけれど、わたしも食べること飲むことは好きだ。

この関係性について開き直って考えてみると、これまで一人でしていたことを一緒にする相手ができるというだけで、生活が一変する訳ではなさそうだ。思っていたより何とかなる。
実際の恋愛は精神的に振り回されてしまうけれど、それもない。
基本的には降谷くんの提案に無理のない範囲で沿うくらいで、当初の条件の通り私にできないことはしないつもりでいる。その代わりできることはする。そんな感じだ。

「あ、ねえ、一応恋人同士っていう設定なわけだし、降谷くん敬語やめない?」
「ああ、そうですね。それで問題ないなら、敬語は外しますね」

ふと頭に浮かんだことを口にすると、電波の向こう側にいる恋人(偽)はなんとなく気分良さそうな声色で同意してくれた。

「しかし萱島さんの方から申し出てもらえるとは思いませんでした。頼もしいですね」

そして、くくっと笑う。なんだか嬉しそうで、いらっとしてしまった。
協力すると決めた以上、なるべく、できる範囲ではちゃんとしたい。それだけなんだけどな。

「なんか悔しいんだけど。で、敬語は?」
「ふ、分かった分かった。じゃあ遠慮なく、楽にさせてもらうよ」
「呼び方はどうしようか。このままでも不具合ないなら私としては苗字のままの方が馴染むんだけど」
「じゃあ、それは追い追いってことで」
「ねえ。何笑ってるの」
「え?いや別に特に理由は。強いて言うなら、もともとの知り合いとこうした間柄にというのはあまり想定していなくて。萱島さんが予想以上に協力的に関わってくれるのが面白いんだ」
「はあ」
「萱島さん、真面目だよな」
「降谷くんほどじゃないよ」
「それはどうも」

半分は嫌味で褒めたつもりはない。けど、彼の声は確実に笑っているときのそれだ。声色で表情くらい読める。営業職なめんなよ。

「じゃあ、わたしそろそろ移動するね。お疲れ様」
「分かった。忙しいところありがとう。気を付けて」

さらりと電話を終えて、スマホを鞄に仕舞い、コンビニ袋の口を縛った。ドリンクホルダーにはブラックのアイスコーヒー。
ナビの目的地を設定して、無機質な音声案内に従って車を発進させる。

休憩時間に話し相手がいるのも悪くない。
義務的な連絡も増えてくるだろうが、今のところは擦り合わせの作業がコミュニケーションのメインだ。
知らないことが多い者同士、とりあえずしばらくはこんな風で。
氷が解けて薄まったアイスコーヒーを喉に流し込み、私はアクセルを踏み込んだ。






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