頑張る君



風見くんが爆発に巻き込まれて怪我をした。眼鏡もだめになったと聞いた。
そんな彼は今日も絆創膏と包帯だらけの姿で登庁してきたそうだ。事件のど真ん中におり指揮を任されているのだという。
私も共にその事件を追いたかったけれど、別の任務で動けず、上がってくる報告で経過を知るのみ。
あまりにも歯痒いが、首を突っ込む余裕もない上に、そもそもその領分を踏み越えてはならないのだ。
業務の特殊さ故。公安警察に身を置いているが故。
私は、風見くんの無事を信じるしかなかった。



自身の任務にあたりながらも、普段より頻繁にスマホを開いてしまう。風見くんからの連絡を待っているのだ。
律儀な彼らしく、いつも仕事上がりにはメッセージをくれる。
帰れない日も、休日振替えを貰う日もそれをきちんと伝えてくれる。
会えない日が続くのはいつものことだが、都度の連絡がないだけで心がわずかにざわついてしまうのは、私が弱いからか。覚悟が足りないのか。

素直に言うと、ただただ心配だ。
この人を失うことは、今の私には考えられないのだ。
私の中から彼が欠けてしまうときっと均衡を崩し、私が私でいられなくなってしまう。
そんな不安定な要素を持つ自分にはなりたくなかったと思う。けど反面、己の身を投げ出さないためのブレーキに彼がなってくれていることは有難く思っている。

風見くんにとってのブレーキに、私はなれているだろうか。そうなれているといい。
無茶はしすぎないで。どうか無事で。



***



数日が空き、彼は深夜に私の部屋へやってきた。
連絡なく、しかもこんな時間に来ることなどこれまでなかったので驚いた。目の下の隈はひどく、眉間には皺のあとが縦にくっきりと残っている。
いつもは凛々しい一重瞼がわずかに浮腫んで見える。その中には疲労の色の濃い瞳。
抱えていた物の片が付いたということか。すぐにでも倒れて寝こけてしまいたかっただろう。それでもこうして私のもとに会いに来てくれたらしい。

ぼうっと玄関に立ち尽くしている風見くんを私から抱きしめる。後頚部に手をやり、屈ませるようにして私の肩にその頭を埋めた。

「…心配した」
「すまない、さすがに神経が張り詰めていた。君に連絡することもできなかった」

かすれ気味の声。疲労が纏わりついている。

「分かってる。顔も声も、すごく疲れてるもの」
「そういえば風呂にも入れてないな、汗臭いだろう」
「ううん、戦場から帰ってきた男の匂いがする」
「…何を言っているのかよく分からないのは俺が疲れているからなのか」
「私があなたに焦がれているからだよ。…頑張ったね、風見くん」

まっすぐで短い黒髪の頭にぽん、と手をやった。今の風見くんには言ってやらないけど、疲れている男は色っぽいんだよ。
彼は私の肩口でふう、と息を吐く。

「…やっと力が抜けた気がする…有難う、あかりさん」

ぐっ、と私の肩にかかる重みが増した。
回した腕で、その大きな、丸まった背中を擦ってやる。

「シャワー浴びて、寝よう。とにかく休んで」
「……」
「風見くん?」
「そうする。だからもう少しだけ、このままで」

どうやら彼は甘えているらしい。
真っ先にここへ来てくれたお礼に、少しだけ、許してあげようと思う。



***



翌朝、半ば飛び起きるように目を覚ました風見くんは、私の顔を見つめながらボディチェックをするように体の輪郭を確かめ、
「あかりさん…だよな…?」
そう言ってただならない様相で目を瞬かせた。

どすっ、と力を込めた拳で彼の胸板を叩く。う、と小さく声を漏らして身じろいだ風見くんに「あ?誰と間違えてんの」と寝起きである以上に低い声色で問いただした。

「あ…いや、すまない、これは…」

慌てた様子で必死に説明された渋谷での一連の事件のあらましを聞いて、もう一度その胸をどついた。

「私が私じゃない訳ないでしょ馬鹿」
「…いや、本当に悪かった…」

その骨ばった手で額を押さえて落ち込む風見くんに、とどめを刺してやる。

「疲れてようが何だろうが、私を間違えるようなことがあったら殺すからね」
「…はい……」

尻すぼみで消え入るような返事が聞こえた。

やはり風見くんはひどく疲れているらしい。とりあえず二度寝させてから、改めて事件のことを聞かせてもらうとしよう。
それから、もう一度くらいはよく頑張ったと褒めてあげよう。
仕事に尽くしすぎだとは思うけど、私はそんな彼が好きなのだ。

「よし、じゃあもう少し寝なさい、わたしも寝るから」
「……はい…」

次目覚めたときには、目の下の隈がもう少し薄くなっていますように。



(爆弾解体にまで挑んでしまったなんて恐ろしい、期待に応えようとするにもほどがあると思った)





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