「ルカ・ミルダ!イリア・アニーミ!スパーダ・ベルフォルマ!シノ・ココノエ!これより貴様らの適性検査を行う!」


グリゴリ兵に連れて来られた場所は何もない普通の部屋。しかしグリゴリ兵と、その隣に立つ兵士が放つ異様な雰囲気に、シノは嫌な予感を感じた。


「何させる気だよ…?」


スパーダは自身の刀の柄に手を当て、低い声を出し、問いかける。そんな警戒心の高い彼を見て、グリゴリ兵はふっ…と鼻で笑った。


──目の前の敵を倒せ」

「ハッ!4対1でいいのかよ?ナメられたもんだなッ」


予想通りの言葉に シノは眉を顰め、グリゴリ兵を睨み付ける。そんなシノとは反対に、スパーダは余裕の表情で嗤う。


「ちょ…ちょっと待ってよ!この人と戦うの?だって人間じゃないか!」

「そうだ、早く倒せ。さもなくば死ぬぞ?」

「イヤだよ!魔物相手ならともかく、この人にだって親や友達が…」

──おい!そこの貴様!」


相手を思いやる優しいルカの言葉は、庇われた本人によって遮られた。彼の声には憎悪と殺意が込められており、この男は危険だ…そう判断したシノは鉄扇に刃を出現させ、警戒態勢に入った。
そんなシノを見て、イリアとスパーダも即座に武器を取り出し、準備にかかる。


「覚えて──いや、思い出したぞ!貴様に殺された同胞達の顔を!貴様に砕かれた我が四肢の痛みを!」

「へェ〜、あんた 見かけによらず、残酷なことしてたのね〜」

「してないよそんなこと!人違いでしょ?僕、ケンカなんてした事ないし…、ましてや人を殺すなんて!」


私もそう思う。ルカくんに人は殺せない、人に傷をつける事すら厭うだろう。少しの間、関わっただけで分かる人畜無害さに、シノはすこし笑ってしまった。
………きっと、この人が言っているのはルカくんの事じゃない。私達にもあるように、この人にだって、きっと。シノは静かにルカに武器を構えるよう指示する。


「貴様を殺し、我がラティオの同胞達の命を贖わせてやるッッ!!死ね、アスラ!」


彼は呪詛を吐き捨てた後、黒い靄のようなものに包まれた。そして、その靄が晴れたと同時に現れる謎の魔物。そう、人間が魔物になった瞬間──
いや、それよりも彼がアスラ…?あの勇猛果敢な長 アスラの名が、ルカを見て。シノにとって、人間が魔物になった事よりも、そちらの方が驚愕の真実であった。どう頭を捻っても、結びつかない。


「なんだこりゃあ…!」

「人間じゃ、ないじゃない!」


スパーダとイリアの困惑の声。冷静に目の前の魔物を見れば、気付くものがある。だって何度も見てきたんだ、味方としても、敵としても。


「私、分かる……彼、ラティオの兵士だよ」

「はぁ!?ラティオの兵士っておま…!」

「コ・ロ・スゥゥゥゥ!!」


剣をこちらに向け、突っ込んでくる魔物。血走った目線の先には、恐怖に染まったルカの姿。スパーダはルカを力一杯突き飛ばし、魔物に向かって剣を振るう。しかし、


「っ!効かねえ!」

──ツインバレット!」


スパーダの攻撃は魔物には効かずに、そのまま弾き飛ばされる。続けてイリアの銃弾の雨が魔物を襲うが、まだ余裕は崩れていない。しかし、先程より動きが鈍くなっていた。それはあの魔物が不死身ではない証拠だ。


「嘘っ…物理が効かないの…!?」

「ううん、普通の魔物より頑丈なだけ。大丈夫、勝てるよ!」


憂色を浮かべるイリアを鼓舞し、シノは詠唱を開始する。すると、シノの足元に紫色の魔法陣が出現した。


──ナイトメア」


詠唱が終わったと同時に放たれる紫の光は魔物を包み込む。倒すまでには至らないが、それでもダメージは与えられただろう。


「アスラアアアァァッ!!」


魔物は今まで抑えてきた怒りを解放するかのように、思いっきり叫んだ。その刹那、彼はシノ達の元──正確には、シノの背後にいるルカの元へ飛び込んできた。先程のとは比べものにならない程の殺意と憎悪をもって。
彼の瞳にはルカしか──否アスラしか映っていなかった。異様な程の執念に、ぞくりと背筋が凍る。


「うわあああぁぁ!!」

「避けろ!ルカ、シノ!」

──ストロングバレット!」


ルカを守るように、目の前に立つシノ。そして目前に迫る魔物。スパーダはシノ達に逃げるように言うが、魔物の憎悪に当てられ、怯え切ったルカに、スパーダの声は届かない。彼は真っ青な顔で後ずさっている。
イリアは自分の方に意識を向けようと必死に攻撃するも、アスラへの憎しみが強いのか、魔物はそちらに見向きもしない。絶体絶命のこの状況。
今のシノに、退避の文字はなかった。シノが避ければ、ルカが死ぬ。シノがどうにかして攻撃を防ぐしかない。


「死ねェ!!アスラァッッ!!」

──当たらない・・・・・”」


魔物が剣を振り上げた。その下には無防備のシノ。誰もが絶望するこの状況。イリアは悲痛の叫びを上げて目を瞑り、スパーダは怒りを瞳に宿し、全速力でこちらへ向かう。そんな中で、シノはただ静かに言葉を放った。
そんなシノの言葉に反応するように、シノの頭上の空間がぐにゃりと歪む。振り下ろされた剣は歪む空間を切り裂き、シノを襲う──と、思いきや、剣はシノが立つ近くの地面に深々と突き刺さった。
何が起こった──?この場にいたシノ以外の者はそう思った事だろう。シノの真上で振り下ろされた剣が、シノの真横に突き刺さっていたのだから。


──ルカくん、“大丈夫・・・”、だよ」


シノは振り返り、ふ…と笑みを浮かべて、小さく呟いた。
ルカからしてみれば、大丈夫ではなかった。ここまでの憎悪と殺意を向けられたのは初めてだ。怖かった。逃げ出したかった。それでも、自分に向けられたシノの言葉・・には、ルカの恐怖を吹き飛ばす力があった。彼は、目を見開き、そして頷く。そこで 勝負はついた。一閃。彼の大剣が魔物を両断し、魔物は姿を保てなくなったのか人へと戻り、そして地面に倒れた。


「シノ、大丈夫!?」


全てが終わった事を察したイリアは、シノの元へ駆ける。彼女は心配そうに顔を歪め、こちらを見つめる。そんな彼女を安心させるために 満面の笑みを浮かべると、彼女は安堵のため息を吐いた。


「お前、さっきの…」

──言霊・・だな」


スパーダの言葉を遮る謎の男の声。
そして現れる恰幅の良い男性と、その男の側に控える黒づくめの男性。恰幅の良い男性は軍服を身に纏っており、着ている制服を見るに、階級は高いのだろう。側にいる男が恰幅の良い男性に冷たい眼差しを向けている事から、相当嫌われている事が分かる。どうやら威厳はないようだ。


「見事。先程の相手は 貴様らと同じく前世で神だった者。教団から連れて来られた者だ」


恰幅の良い男性──オズバルドは顎を摩りながら語る。先程の男は天上人の転生者で、先程の魔物へと変わったのは、前世の力と姿を取り戻した状態──所謂覚醒状態と呼ばれるもの。余程のことが起きない限り、覚醒状態にはならない。
──つまり、あの男にとって、アスラは“余程の事”なのだろう。

転生者と出会う──その目的は、果たしていい事なのだろうか。シノはぼんやりと考えていると、オズバルドにやりと卑しい笑みを浮かべた。


「おい、次を用意しろ。こいつらは実戦で使えそうだ」

「はい」


オズバルドに付き添う男は 静かに返事をすると、グリゴリ兵と共に、亡骸を抱え 部屋の外へと出て行く。“次”という単語に絶望したルカはその場で項垂れた。


「そんなぁ…!僕、もう無理だよ…」

「ちょっと!死にたいの?しっかりしなさい!」


ルカを奮い立たせようと奮闘するイリアを横目に、シノは男が出て行った扉をじっと見つめていた。


「なあ、シノ」

「…えっ、あっはい!何でしょう?」

「お前、もしかして──


スパーダは神妙な面持ちでシノへと話しかける。先程の余裕綽々な笑みは身を潜めており、シノは小首を傾げる。彼が意を決した様子で口を開いた、その時だった。「お待たせしました」と、先程の男が一人の兵士を連れてやってきた。
男がやってきた事で削がれたのか、彼は肩をすくめた。


「悪りぃ、後で話すわ」


スパーダはシノの側から離れてしまった。彼は、何を言うつもりだったんだろう。いつもと様子が違っていたけれど。
…いや、今はそんな事を考えてる暇はない…と、スパーダの背から視線を逸らすと、ばちりと兵士と視線が絡んだ。


「き、貴様…まさか…!!」

「…あら、今度は私ですか」

「貴様、もしやスカアハか!?貴様が、貴様がラティオを裏切らなければ!俺達は!…俺は!!」


死ななくてすんだのに。兵士の悲痛の叫びに近しい怒号は、部屋全体に響き渡る。その叫びは黒い靄となり、またもや兵士を包み込む。──そして、覚醒を遂げてしまった。


「憎きアスラと共に、貴様を葬ってやるッ!!」


やはり兵士は、ルカくんに殺意を向ける。今回は、私も入っているけど。シノは深呼吸をし、そして鉄扇を構えた。
戦わなくては。そう分かってはいても、人間相手は非常にやりづらい。そうは言ってられないけど。


──どいてろ、ルカ!

心に剣を持ち 誰かの楯となれ!昔じいがよく聞かせてくれた言葉だ。ケガしないように 下がってな」

「スパーダくん、私も」

「シノはルカとイリアを頼む。──行くぜッ!」


スパーダは双剣を構え、覚醒した兵士へと駆けていく。その姿はまるで──


「デュラン…ダル…?」


デュランダルは剣のはずなのに。何故かスパーダの姿がデュランダルと重なって見えた。