『くーろこっ』

 足のバネを生かしてジャンプ。そのまま黒子の背中にダイブ。
 至福の時間である。こうして好きな人をもふもふもふもふ。とってもとっても幸せだ。
 うっ、と唸り声が聞こえたのはきっと、抱きついた拍子に俺の顎が黒子の脳天を攻撃したからだろう。てっぺんって地味に痛いよなー、と思いながらごめんごめんと謝った。

『ん、黒子?』

 いつもならここで溜め息とかちょっとした文句とか飛んでくるのに、今日は何もない。
もはや諦めたとか? まあ、それならそれでいいけど。

『黒、』
「あの、ナマエくん、もう抱き着くのは止めてください。本当に困ります」

 抱き着いたままの格好だったから、顔を覗き込んで表情を確かめることもできない。
 だけど表情なんて見なくてもわかる。伊達に一緒にいないから。
 黒子の声が、本気だった。冗談じゃない。本気で言ってる。
 もしかしてずっと、嫌だったのかな。今までこんなに強くはっきりと拒絶されたことなかったから、頭がガンガン痛くなってきた。心臓も嫌な音を発てている。

『……そっか、ごめん』

 僅かに震える腕を離して、同じように震える声で謝った。震えないようにしたつもりでも、やっぱり無理みたいだ。
 そっか、そっか……ごめんな。
 抱き着かないでと言われただけなのに、近付くなと言われた気分だ。
 ぽんと黒子の頭に手を置いて、一度撫でた。

「あの、その……」
『悪かった、黒子の気持ちに気付かなくて。俺、もっと人のこと考えなきゃな』

 するりと撫で下ろし、先に行くわと言ってその場を逃げた。
 言葉、遮っちゃったけど。何を言おうとしてたんだろうか。
 ああくそ、最後まで聞いとけばよかった。
それがわだかまりとなって、じわじわと胸を締め付けた。





「ナマエっち、パース!」
『っ!!』

 ドターン!!
 盛大な音を発てて床に倒れ込んだ。ボールが頭に当たったのもプラスして、ずきずきと地味に痛い。

「大丈夫ッスか!? ナマエっちどうしたの? いつもならあんなの簡単にとっちゃうのに」
『大丈夫大丈夫、ただちょっと余所見してただけだよ』

 これじゃあ赤司に怒られちゃうな。
 そう言いながら寄ってきた黄瀬に軽く手を振って立ち上がる。
 ……は?
 途端、ぐらりと視界が歪んだ。もしかして、これ。
 俺の体はやばいという思考とは逆に再び床に向かっていく。
 力が入らない。どうしよう。

「ナマエくん、大丈夫じゃないですよね」

 倒れそうになった俺の腕を掴んで引き止めたのは、紛れもなく黒子であった。
 何でお前が。たしかここから離れたところにいたはずじゃ。
 ばっちり視線が交わる。その目は何だか怒っているようで、上手く回らない頭でなぜ怒ってるのかその原因を探してみる。
 しかしその暇もなく、俺の腕をひいたまま何も言わずに黒子は歩き出した。

「赤司くん、彼を保健室に連れていってきます」
「……あぁ」


 保健室までの廊下でも、俺達の間に会話はなかった。
 そうだ。いつもだったら俺が無駄話ばっかりして黒子がそれを流している筈なのに。今は喋る気さえ起きない。
 こんなに気分が沈んでたのか。自分でも全く気付かなかった。
 掴まれた腕が異常なまでに熱を持つ。
 ここまでじゃないと思ってたのに。ただ何となく、だと思ってたのに。
 どうしようもなく好きで。好きで。泣きそうになってしまうくらい。
 その沈黙が破られたのは、保健室についてベッドに座らされてからだった。

「……本当に、君は人のことをもっと考えるべきです」

 左隣に座る黒子のことを、怖くて見ることができない。

「僕がどんな気持ちでいつも、ナマエくんといたか」
『……何、言って、それなら黒子だって』
「僕は気付いてましたよ。それに君は人の話もろくに聞かない。百パーセント君が悪いわけでないのは事実ですが」

 うっ……何となく黒子の言葉に刺が生えてるような……。
 さっきまでとは違う意味で怖くなり、終には言い返すこともできない。
 つまり、聞いていたらこんなことにはなっていないと、暗に黒子が言っているようだった。

「これ以上くっつかれたら、我慢が効かなくなりそうだと、あの時言おうとしたんです」
『それって……』

 視界の端にある左手がやんわりと包み込まれる。
 黒子は少し笑うと、そう言えばボールで頭打ったんでしたよね。すみません。冷やさないと、と言って立ち上がった。
 俺も慌てて顔を上げた。

『黒、子。好きだ』
「だから、知ってますよそんなこと」

 氷を入れた袋を持った黒子が、笑いながら近付く。
 そして持っていない方の手で俺の頬を撫でると、額にキスをおとした。


このは様、この度はリクエストありがとうございました。
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