偽物なのか本物なのかわからない愛をくれる女の子達に、俺からは一度として愛をあげたことはない。ずっとそうだった。
 今までだって、きっとこれからもだろう。
 そう思っていた。

「あ……」

 海常高校に入学した俺は、もうすっかり忘れてしまっていた。子供の頃にした小さな、だけど大事な約束のことを。
(大きくなったら、)
 でも一目見ただけで、時間が巻き戻ったような感覚に落ちた。
 ふわりと風に靡いた髪は陽光を反射してキラキラと輝き、体つきは俺好み。すっかり少女から女性へと変わっていたが、その顔には昔の面影があった。
 小学校高学年の頃は照れ隠しで中途半端に遠ざけ、違う中学に進んでからは全然会うことがなかった。そもそも帰宅部だったであろう彼女とは帰る時間帯も合わない。
 久しぶりに見た笑顔は変わってなくて、俺がずっとずっと恋しているまま。

「……名前」

 俺が唯一好きな人と呼べる人。
 友達と楽しそうに話していた名前は、俺になんか目もくれず目の前を通り過ぎた。

「ねぇ、あの人黄瀬涼太じゃない?」
『……さぁ、知らない』

 小さく聞こえた言葉に肩が震えた。
 もしかして、俺の事を忘れてしまったんだろうか? 嫌われてしまったんだろうか?
 心臓がドクンと嫌な音を発てて、怖くなった。
 幼馴染みで家が近いから登下校は一緒だった。周囲からは夫婦だとか言われてからかわれ、素直になれなかった俺はむきになってそんなんじゃないと反論ばかりを繰り返していた。
 今だったら自分がいかに馬鹿だったかよくわかる。
(もう話しかけないで)
 何であんなこと言っちゃったんだろ。あの後謝ろうとしたけど、目も合わせてくれなかった。
 また隣で笑ってほしいと思う俺は、やはり我儘だろうか。

「今、会いに行くよ」

 遠くなる背中にひとり話しかけた。
 あの日の約束、名前は覚えてるだろうか。
(大きくなったら、私のこと……)



 部活が終わった頃にはとっぷりと日が暮れてしまった。
う急いで帰って、疲れだって構わずそのままの足で名前の家まで走る。この道を通ったのはいつぶりだろうか。
 怖くなって足を止めてしまわないよう、とにかく無心で足を動かす。
 程無くして辿り着いた玄関先。息を整えてインターホンを押す。

『はい、どちら様ですか』
「黄瀬涼太ッス、ちょっと名前に用があって」

 恐らく今扉の向こう側にいるのは名前。お願い、出てきて。会いたくないなんて言わないで。
 こんなに情けない自分は初めてな気がする。
 ぎゅっと目を閉じて返事を待っていたら、近くの公園で待っててと言われた。信じていいのか、なんて迷う前に信じていた。少なくとも俺の知る名前は嘘なんかつかないから。
 公園で待つこと五分。おまたせ、とソプラノを響かせて彼女は現れた。学校が終わってからの僅かな時間、こんな可愛い、まるでどこかに出掛けるような格好するだろうか。まさかわざわざ着替えてきてくれた? そう思ったら少し嬉しくなった。

『で、用って何?』
「……名前との約束、果たしに来たッス」

 しんと静まる空間。言葉を待たずに続ける。

「まさか名前と同じ高校だなんて思わなくて、今日初めて知ったんスよ。正直言うと、申し訳ないことにそれまで約束のことは頭になかったッス」
『……』
「けど名前を見た瞬間一気にいろんなものが溢れてきて、また隣で笑ってほしい、隣にいさせてほしいって思った」

 依然として表情が変わらない名前に怖くなる。
 しかし、もう逃げたくない。例え叶わなくたって素直に気持ちを伝えたい。

「話しかけないで、なんて言ってごめん。恥ずかしくて思ってもないことを言っちゃったんス。今度は傷付けない。絶対に守るから、だから、これから先ずっと俺の隣を歩いてください」

 言い切った。
 もしかしたら今までで一番なんじゃないかと言うくらいの緊張。心臓は静まることを知らないし、そこらじゅう変な汗で気持ち悪い。
 名前からの返事はない。やはり覚えてないか。許してくれないか。それとも、もう他に誰か……。

『馬鹿』
「……へ?」
『馬鹿涼太!! 私本気で悲しかったんだから! ……でも、私も避けるようなことしてごめんね』

 その双眸からは止めどなく涙が流れていた。

『私、約束した時から涼太のことしか見てないんだよ。それなのにまたかっこよくなっちゃってさ……こちらこそ、また隣を歩かせてください』

 堪らなくなって名前を引き寄せ抱き締めた。やわらかな香りが俺を包む。
 心から愛したい。本物の愛をくれる君を。これまでの分も、一緒に過ごして、一緒に笑って、幸せにしてみせるから。


テーマソング「千の夜をこえて/Aqua Timez」
このは様リクエストありがとうございました!
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