始まりは8月15日、時刻は午後12時半。
太陽は眩しく、じりじりと容赦無く肌を焼き、その肌の上を汗が滑る。すこぶる天気が良い。夏なのだから、そりゃ暑いし汗もかくだろう。
2人で公園のブランコに座りながら、俺はぼんやりと空を仰いだ。青空と雲のバランスが丁度いい。
「名前っちー、暇」
『お前な、いきなり俺を呼び出しといてそれはどういうことだ』
「嘘々」
突然の要求なのに、応えてくれてありがとうと微笑む。すると名前っちは、勢いよく顔を逸らして夏は嫌いだとかぶつぶつと何かを言いだした。
本当はただ俺が会いたくなっただけッス、なんて言ったらやっぱり怒られてしまうだろうか。呆れられてしまうだろうか。それとも、頬を目一杯真っ赤に染めてくれるだろうか。
どれをとっても可愛いことに変わりはないけど。
自然と口許が緩みそうになるのを堪える。混ざりあって変な表情になってる気がしないでもないが、名前っち以外に人がいないから特に隠す必要もない。だけどあんまり見られたくないかな。
『あははっ、可愛いなお前』
ホッと息を吐く。よかった、野良猫と遊んでてこっちは見てない。その間に表情を整える。
「名前っちの方が可愛いッスよ」
名前っちの存在を遠目に感じながら、呟く。
あれ?
『ん、俺が何だって?』
「何でもないッスよ」
あれ、何でこんなに遠く感じるんだろう。すぐ近くにいるはずなのに、それこそどれだけ走っても近づけないんじゃないかってくらい遠くに。
何だよそれ、と不貞腐れたようにまた黒猫を撫で始める名前っちは、確かにここにいる。また夏は嫌いだと黒猫に話し掛けていた。同時に暑いのも寒いのも苦手だと言っていた事を思い出した。
ふるふると頭を振って再び視線を上に向けようとしたら、視界の端に黒い何かが走り出したのが見えた。黒猫だ。
どこに向かっているんだろうか。そっちは車道だから危ないのに。
どうやら名前っちも同じことを考えていたみたいで、危ないぞーと黒猫に言いながら後をつけている。
まぁ、今は車通りは少ないし、大丈夫だろう。
遠くなる背中を見詰めて、多分の思考を作り出す。だけど実際大丈夫だと思っていた。
それなのに。
突如耳に入った地面を擦るような変な音。
丁度道路の真ん中で止まった黒猫と名前っち。
逃げて。誰かが叫んだ声。
一点を見詰めて動かない瞳。
逃げ出した黒猫。
やばい。頭の中に警鐘が鳴り響くのに、何故か体が動いてくれない。
やばい。やばい。やばい。
「っ、名前!!!」
やっと動いた時には、大型のトラックが名前っちの小さな体を吹き飛ばして数メートル引き摺っていた。鮮血が飛び散って、道路も塀も赤に染まる。特に道路には、引き摺られた痕が生々しく赤い線で描かれていた。
嘘だ、嘘だろ。
震えだす体を無理矢理動かし、集まった野次馬を押し退け、横たわる名前っちの横まで行く。がくりと力が抜けてその頭の横に膝をついた。
嘘じゃないよ。誰かが呟く。
蝉の鳴き声だけが響いていた。
――――……。
「っ!!!」
飛び起きた。カチ、カチと時計の分針が動く音だけが聞こえる。体中に嫌な汗をかいていて、とても気持ち悪い。
けどそんなことなど気にならないくらい、気にしてられないくらい今の俺は焦っていた。
今は8月14日、午前12時過ぎ。あれは、夢だったのか。
鮮明に頭に残っている、名前っちの、ぐじゃぐじゃになった真っ赤な体。血の臭いも、名前っちの香りもよく覚えている。……もしそうなら、なんて不吉でなんてリアルな夢だったのだろうか。
泣きそうになりながら、ベッドの上に踞った。
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