そしてまた俺達は公園にいて、ブランコに座っている。何故って、名前っちの顔を見たくなったから以外に理由はない。
「生きてる……」
口に出して確認する。やはりあれは夢だったんだ。
それでもざわざわと胸が騒ぐ。
いつもより静かな俺を見兼ねてか、どうしたんだと尋ねられた。
「や、何でも……大丈夫ッスよ」
『そうか? 全然そうは見えないけど』
そう言って心配そうに俺の顔を覗きこむ。
俺は大丈夫なんス。大丈夫じゃないのは……。
嫌な予感がして勢いよく立ち上がると、ガシャンとブランコが音を発てて揺れた。
このままここにいたら、また。
……また? またって何スか。あれは夢なんスよ。
暑くて暑くて仕方ないのに、体温は驚くほど低く感じる。その“また”があるような気がして。
名前っちの腕を掴んで立ち上がらせる。本当にどうしたんだよ、と言う声を無視して歩きだした。
「今日は帰ろう」
『さっき来たばっかだろ?』
「いいから!!)
本音は一緒にいたい。ずっとずっと。
だけど、冷や汗と警鐘が止まらない。
夢とは違う道をぐんぐん進んでいく。人通りが多いから、もし何かがあっても名前っちが死ぬ確率は低い筈だ。
公園から真っ直ぐに伸びる道を抜けて大通りに出た。あとは歩いても大丈夫だろう。繋いだ手の力を緩めた。
その時だった。
きゃあああと甲高い叫び声が耳を劈く。もう何かが起きてしまったのか。一体どこで?
周囲を見回すと、皆ある一点を見つめていることに気付いた。
俺達の、頭上を。
『ごめん、涼太』
上を向くより早く、体が強く押されて少し後ろに尻餅をつく。
「名前っち、何す」
“また”。
「う、あ……あああっ!!」
上から落下してきた鉄柱が、ずぶりと名前っちの背中から胸にかけて突き刺さった。俺の体にまで血が飛び散る。何本も地面に刺さったが、一本も俺には刺さらなかった。
あれは夢じゃなかったのか? いや、"あれ"は確かに夢だった筈だ。
じゃあこれも夢なのか?
それとも、“あれ”もこれも現実、なのか……?
混乱した思考の中でしっかりと存在しているのは、往かないでという言葉。今度こそ涙が溢れる。
名前っちと、人だかりの向こうに、モノクロの姿をした俺が嘲笑っている。
夢じゃ、ないんだ。
遠くなっていく意識の中、見えた名前っちの横顔は、笑顔だった。
そして、次に目が覚めたとき、俺は再びベッドにいた。
8月14日、午前12時過ぎ。
やはりそうだ、夢なんかじゃない。噎せかえるようなあの臭いも、飛び散った血の感触も、嘘じゃない。俺はきっと……。
ギリ、と力強く拳を作る。
どうにかして助けなきゃ。俺のために笑ってくれる名前っちを、この手で。
そう決めてから、何度も何度も8月14日と15日を繰り返している。何をしても名前っちは死んで、するりと俺の手から消えた。その度に、あいつは馬鹿にしたように笑っていた。既に涙なんて涸れてしまった。
もう一緒に笑ってられる未来は、どうやら望めないらしかった。
あいつが誰なのか未だにわからない。"あの日"名前っちが言った、ごめんの意味もわからない。
だけど俺は何をしてでも助けたいんだ。
お前の思い通りにはさせない。
あの日と同じ公園で、同じシチュエーション。違うのはただひとつ。
「名前っちは死なせない」
死ぬのが俺なら、お前はどんな顔をするんスかね? 名前っちを押し退けて口許に笑みを浮かべる。
その瞬間、俺の体は飛んだ。地面に叩き付けられ、そのまま少し引き摺られる。
こんなに痛い思いを何度もしてきたのか。激痛で今にも泣いてしまいそうなのに、どうしてか俺は笑っていた。揺れる視界の内側で、あいつが不満そうに表情を歪めていたから。ざまあみろよ。
『りょ、た……何でだよ……』
ボタボタと大粒の涙を流しながら俺の手を握る名前っち。よかった、傷ひとつ無いみたいだ。やっと守ることが出来た。悲願が、叶った。どうか泣かないでほしい。大好きなあの笑顔で笑ってほしい。
……ごめんの意味、今ならわかる気がする。名前っちも繰り返してたのだとしたら合点がいく。
軽く握り返して一言呟くと、名前っちの目が大きく見開かれた。
どうか最後であるようにと、俺は目を閉じた。
「もう、終わりにしよう」
テーマソング「カゲロウデイズ/初音ミク」
あんず様、リクエストありがとうございました!
250912
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