『今日は何の日でしょうか!』
パチクリ。音をつけるならきっとそれだろう。涼太はそのまま首を傾げる。
「えーと、頭髪の日?」
『えっ?何それそうなの?』
あとは、リサイクルの日? とかとんでもなくどうでもいい知識を披露してくる涼太。何それ俺も知らなかったよ。
『そういうことを訊いてるんじゃなくてだな』
「じゃあ他に何があるんスか?」
『……それさ、惚けてんの?』
少し睨みながらそう訊くも、涼太はキョトンとするばかり。これは、本気でわからないみたいだ。
おかしい。俺絶対教えたことあるのに。てか去年祝ってもらった気がするんだけど。
こいつ、惚けてるんじゃないなら、本当に覚えてないのか…? 三年ちょっと一緒にいて、それ? 流石に応えるんだけど。
『あっそ、ならいい』
泣きそうになるのを必死に堪えて涼太から離れた。俺のことをぼんやりと見ていた涼太は、何も言わなかった。
せめて引き留めるとかしないのかよ。一つ舌打ちをした。
それから、部活が終わった後も、特に何もなかった。本当に何もなかった。
あーはいはいよくわかりました所詮その程度の存在なんですねははっ。
自分で言ってて悲しくなった。
「名前のやつどうしたんだ? この世の終わりみたいな顔してるぞ」
「あーっと、何か黄瀬が大変な物忘れをしてるみたいでさ」
あー、成る程なと苦笑いをする笠松先輩と森山先輩。
笑い事じゃないんですよ!
ぐりんと首を動かして二人を見ると、二人揃って肩を跳ねさせた。じとりと眺めてから躙り寄る。
そのまま笠松先輩の腰に抱きついた。
「おわっ!?」
『あいつマジで何なんスかねこっちはずっと楽しみにしてたってのにケロッと忘れやがって笠松先輩しばいてやってくれないスかね』
口調移ってるぞ、と中村先輩が言う。
今度は中村先輩をじとりと見る。やはり肩をビクリとさせた。そして小声で、おい早川今日のあいつ怖いんだけど。
その時、不意に頭をぐりぐり撫でられた。続いて笠松先輩の声が降ってくる。
「あいつのことだから、どうせ忘れてましたってふりして後で脅かそうとしてるんだろ。大丈夫だ」
先輩は言うと同時に扉の方をちらりと見た。追いかけて俺もそっちを見るが何もいない。てか森山先輩が邪魔で何も見えない。
そのままぼけっとしてたら小堀先輩に笠松が着替えられないからとやんわり引き離された。
果たして来てくれるだろうか。溜め息を一つ吐いた。
*
真っ直ぐ家に帰り、とりあえずネクタイを緩めてソファに座る。ブレザーも適当に脱ぎ捨てた。
面倒になったから自分用のケーキなんて買ってない。一人で食べても虚しいだけだし。
ぎゅっ、と目を瞑ってズボンのポケットから携帯を出す。ころんと一緒に何かが転がり出た。
あ、森山先輩がお情けでくれた飴だ。
拾い上げて握り締めた。今日の収穫はこれ一個か。渇いた笑いが洩れた。
きっと沢山貰ったって、涼太からの一個には敵わない。
とりあえず着替えるかと腰を上げた時、ピンポーンとベルが響いた。こんな時間に誰だよと思い足で扉を開けると、にへらと笑う涼太がいた。片手には袋を提げている。
「誕生日おめでとう名前っち!」
マジで来た。うわ、え、どうしよう。
流石に寒いんで上がるッスよーと固まる俺を尻目に呑気に鼻唄を歌う。
何だよそれ、忘れてたんじゃなかったのかよ。
勢いよく扉を閉めて鍵をかけ、その背中にしがみついた。
「わっ、と……寂しかった?」
『……たりまえだ馬鹿野郎』
クスクスと笑って俺の頭をぽんぽん撫でる。それは段々強くなり、いつの間にか俺の髪の毛はボサボサになっていた。
『ふざけんなよおい蹴るぞ?お?』
「もう蹴ってるッスよ!!?」
今日一日分の恨みを込めて割りと強めに蹴ってやった。そのまま泣けばいいんだ。
そして何回目かの攻撃をしようとしたら、足をひっかけられて背中からソファにダイブした。その上に涼太が覆い被さる。
「なーに泣いてんスか、そんなに嬉しかった?」
『違う! 悔し泣きだ! 大体何なんだよお前は、覚えてたなら、っ』
言葉の続きは涼太に飲み込まれる。ちゅ、とわざとらしくリップ音を残した。
一気になんかそれっぽい雰囲気が漂い出す。これは、どうしたものか。いっそのこと流されてしまおうか。いやでも簡単に流されるのは癪にさわる。
無言で涼太の胸板を押すがびくともしない。
「たっぷり焦らしてからの方が、良いでしょ?」
耳許でこれまたわざとらしい低温が響く。ぴくっと嫌でも反応してしまう。
涼太は上気した俺の顔を見て満足そうに舌舐めずりをした。
『涼太お前、何の話して』
「誕生日おめでとう、名前っち。今年は俺をあげるッス」
(……何か違う気がする。)
しあ様、リクエストありがとうございました!
251020
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