無理だと半ば諦めていた恋が実って早数週間。俺は涼太の家の(半強制的な)常連と化していた。と、泊まりは流石にまだ無いけど。そして今日も、否、今日は自ら足を運んだのだった。


「で? これはどうしたんスか?」
『綺麗に、咲いてたから』

 涼太の家の玄関で、片や靴下、片や靴のまま相対する。俺は間違った事は言っていない。
 母さんの趣味がガーデニングのおかげで、俺の家の庭は大体年中カラフルで賑やかだ。いつもは大して気に止めなかったのに、何故か今日はしっかりと意識の中に捉えたのだ。黄色い花と小振りの白い花。勿論名前は知らない。俺は何故だか無性にこの花を可愛いと、綺麗だと感じた。そしてふと涼太に見せたいと思って、持ってきた次第だ。
 現時点で不思議そうに花を眺めているのに、そんな理由を話したところで、何で見せたいと思ったの? と更に質問されてしまうかもしれない。それは些か面倒だ。俺だって答えられないよ。何だか恥ずかしくなって頬が少し熱くなった。

「じゃあこの白は名前っちッスね。まだ真っ白で綺麗」

 小さいブーケを手に収め、笑いながら涼太は突然言った。

『……そう見ると黄色が隣にあることで何か危険を感じるんだが』
「ヒドッ!!」

 冗談のつもりで言ったのだが、何やらぶつぶつと文句を言いながら部屋の奥に入っていった。怒ってしまっただろうか。こんな程度でそう怒る人じゃないと知っていながらも、俺の得意技は心配。やはり気になってしまう。

「あれ? 上がんないの?」
『えっ……うん、じゃあお邪魔します』
「ん、いらっしゃい」

 よかった、怒ってないみたいだ。ホッと密かに溜め息を吐いた。場には再び、ほのぼのとしたいつもの空気が流れ出した。
 妙にそわそわしながら廊下を進む。否、来たことが無い訳じゃないんだ。でも何故か他人の家は慣れなくて、もっと砕けていいんだよなんてお姉さんとかに言われても、どうしても他人行儀になってしまう。
 適当に座ってろと言われたので、その通り適当にソファーに座った。この家に来たら必ずここに座るのだ。ふわりとした座り心地に俺は脱力した。

「うちに来て、そこでしかリラックスしないよね名前っちは。そんなに気に入ったの?」

 俺の部屋なんて以ての外だし。
 ひょこと黄色がリビングを覗き、同時に肩を竦める。

『だって仕方ないだろ!! おま、お前の部屋は……あれだよ』
「どれッスか」
『緊張する……涼太の匂いするし、涼太だけが使ってるものだし……』

 言いながら恥ずかしくなってきて、横に倒れてソファーに顔を埋めた。事実だ。紛れもない事実なんだ。ああ、仕方ない。それ自体は好きだけど、きっとこの先どれだけ一緒に居ても慣れる事は無いだろう。難しい問題だ。
 そして訪れたこのシンとした空間。恥ずかしくて死にそう。俺の代わりに誰か何か言ってくれ。今ここで喋るのが可能なのは言わずもがな一人しかいないが。
 その願いが聞こえたかの様に涼太が喋りだした。

「ねぇ、この花もう俺の物なんスよね」
『そうだよ。だから後は好きにしたらいい』

 上半身をやっと起き上がらせてそう返す。俺が涼太にあげたんだから、その時点で所有権は涼太にある。
 ふぅんと何かを企むかの様に含み笑いをすると、ブーケの中から一際大きく、綺麗な黄色の花を一輪取る。じゃあ……と呟くと、その花を俺の耳の上にさしてこめかみにキスをした。

「俺の物であるこの花を名前っちに付けたら、名前っちも俺のモノッスね」

 暫くぱちくりと目を見張った。漸く意味を理解した時には、また熱が頬を襲っていた。加えて、そんな可愛い事言ってると、どうなってもしらないスよ? なんて言うものだから余計にだ。
 ひ、人は物じゃないぞ。とにかく何か言わないとどうにかなってしまう気がして思わず口にした。直ぐ様そこ!? と突っ込みが入る。ここに来てから羞恥心がずっと出しゃばっている。どうにも悔しくなって強く涼太を睨み付けた。
 でもやっぱり文句の一つでも言いたくて口を開いた。

『お、俺は、もうお前のモノじゃないのかよ』

 …………何やらとんでもない事を口走ってしまった。静かに顔を両手で覆う。おい何でそうなるんだよこの口は。いっその事泣きたい気分だ。
 黙り込んだ俺を見て、涼太はあーぁと息を吐いた。そのまま名前が悪いんスよなんて言って俺の手の甲に唇を寄せた。



もちち様リクエストありがとうございました!
251212

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