涼太と喧嘩した。と言っても一方的に相手がキレてるだけだけど。きっかけは、よく分からない。でもなんか凄く不機嫌で話しかけてもぶすっとした表情が崩される事はないし、まともな返事さえ無い。
 うーわ……俺はどうすりゃいいんだよ。めちゃくちゃ居心地悪いぞ。
 実は、こんなにも機嫌が悪そうな涼太を見るのは俺も初めてなので、内心物凄くビクビクしている。宥めようにも理由が分からないから無理だし。下手に刺激したら状況が悪化しそうで……。

『でだ、どうしたらいいと思う?』
「どうって」
「言われてもなぁ」

 俺の友人、海野と高山は目の前で顔を見合わせて困り顔をした。そりゃいきなり言われたってなぁ、俺だって困る。でも黒子はクラス違うし、今頼れるのは二人しかいないんだ。

「(すげぇ見てる、黄瀬すげぇ見てる)」
「(原因これじゃねぇの? ちょっと名前、黄瀬構ってこいよ)」

 そんな事を考えてるなんて露知らず、頼む、と手をあわせてお願いする。
 その時やっと、二人の視線が俺の後ろに行ってるのに気付いた。何だ? あわせて俺も振り返ると、涼太とバチッと目が合った。しかし直ぐ様逸らされる。
 は……そんな明白に避けられると流石に傷付くんだけど。なぁ、俺はお前に何かしたか? 言ってくれないと分かんないよ。嫌だ、もしかして……嫌われた?
 考えたくないのに頭に浮かんでしまい、胸がツキンと痛くなった。次第にじくじくと抉るように溢れる。
 息をゆっくり吐いて落ち着かせようとする。大丈夫、きっと大丈夫だ。根拠は無いけど。そう思っていないと今にも泣いてしまいそうだった。





 俺は、少々強引な手に出てみようと思う。涼太が俺の事を無視するんだから仕方無い。ここでいつもみたいに俺までうじうじしだしたら切りがないのだ。

「ちょっ、いきなり何スか!?」
『それはこっちの台詞だ!』

 無理矢理涼太を引っ張って、人気の無い、黒子と言い合いをしたあの教室へと来た。ここなら例え大声出したって誰にも迷惑はかけない。何だ何だと喚く割りには抵抗はされず、非力な俺でも楽に連れてくる事が出来た。
 背の高い涼太を睨み上げて、逃がさないようにその腕を握ったまま話を始めた。

『何で無視するんだ? 理由分かんないから謝りようもないんだけど』

 今だから俺が言える話。まぁ、でも俺が何かしてしまったのだろう。それ以外考えられない。

『……もしかして俺の事、嫌になった?』

 きっと卑怯な質問なんだろう。こう言えばイエスにしろノーにしろ、涼太は答えざるを得ないからだ。
 でも知りたい。例えそれで傷付くことになったとしても。
 お互いに目を離さず、じっと固まる。沈黙が数秒続いた後、涼太が小さく名前っちのせいッスと呟いた。やはりそうか。沈黙を保ったまま続きを促した。
 そしたら涼太はとんでもない事を言い出したのだった。

「もっと俺を求めてよ!!」
『……はっ? ば、おま、藪から棒に何言って』
「別に、いきなりじゃないッスよ。ずっと思ってた」

 ぶすくれた顔はそのままに、視線を横に逸らした。
 ずっとって……否、それよりも求めるって何を、なんて分かりきってるよな……。ちょっと惚けてみただけだよ。だけど、んん、これでも以前よりはその、求めてるつもり、なんだけど。どうやら涼太はまだ足りないらしい。そうか愚図ってたのか。そんな事か。
 マイナス面に真剣に考えていた自分と、今の状況が恥ずかしくなってきた。誤魔化すように大息を吐く。杞憂だったのは嬉しいけどさ。

「名前っちが俺を求めてくれたら、機嫌なんか一発なのにな〜」

 わざとらしく、そっぽを向いたまま涼太は喋る。
 おい、おいおい……今? ここで? いやいやそれはちょっと、だっていくら人気が無いって言っても、ここは学校なんだからいつ誰が来るかなんて分からないんだぞ。見られたら死ねる自信がある。
 考えれば考える程恥ずかしさが増して、俺の顔は林檎の様に真っ赤に染まった。しかしそうしなければ、多分涼太の機嫌はいつまで経っても直らない。とどのつまり、俺に選択肢は用意されていないのだ。
 ぎゅっと拳を握って深く息を吸い込んだ。

「……なーんて、じょうだ、」

 涼太の言葉ごと。
 目を閉じているので表情は分からないが、恐らく驚いている。僅か三秒程で羞恥マックスになり、俺は出来るだけ素早く離れた。その時に何故かちゅ、とリップ音が鳴って結局恥ずかしかったのだけど。

『こ、れで、いいか?』
「(求めると言うか、攻めると言うか)や……まさか、本当にしてくれるなんて」
『なっ、おお俺の勇気を返せ!!!』

 何だよそれ!! 文句共々、目の前の胸板を叩こうと軽く手を振り上げるも、その手は簡単に掴まれてしまい失敗に終わる。それどころかそのまま腕を上に引かれて、逃げられないように腰にもう片方の腕が回される。突然の急接近に心臓が悲鳴をあげた。

「名前っちのお陰で、本当に機嫌直っちゃったッス。あと」
『あ、と?』
「可愛すぎて抑え利かないかも」

 耳元で低く囁かれて肩が跳ねた。
 声にならない叫びをあげながら抵抗しまくったのは言うまでもない。



キヨカ様リクエストありがとうございました!
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