『なぁ孝支』
「……」
『おーい孝支くーん?』
「……」
『無視すんな孝支!!』

 肘をついてボケッと虚ろな目で前を眺めていた幼馴染み、菅原孝支は俺の大声にビクッと肩を震わせた。目も飛び出そうな程に見開いている。
 眠いんだろう。こうしている間にも、睡魔は忍び寄っている。

「な、何?」
『随分と上の空って言うか、すげぇ目蓋が重そうだけどさ。何かしてたのか?』

 一つ前の、丁度空席になっていた椅子に腰を下ろす。机の上に小腹対策のちょっとしたお菓子を置いて封を開けた。孝支はやっぱバレたかなんて歯を見せて笑っていた。袋の中身を一つ摘まみながら俺の目は誤魔化せないよ、なんて冗談を言うと、流石だなと言ってくれた。
 まぁ幼馴染みじゃなくたって分かるだろう。さっきから欠伸、船漕ぎ、ハッとして顔を振る、この動作を繰り返しているのだから。
 ……最近孝支は朝が早いみたいだ。何度家に行ってもおばさんのもう行っちゃったわよに迎えられる。何にも聞いてねぇよ、俺には言えない事なのかって、そう思うと複雑な気持ちになった。
 その複雑な気持ちを引き摺ったまま、俺は今孝支と話している。

『で、本当の所どうしたんだ?』

 昔から隣にあった手が、どこかへ行ってしまう気がして。
 心中大嵐で俺はまた一つ摘まむ。甘くて美味しいそれは、俺の心を静めようとするが、敵わない。一気に口に入れたら収まるかと訊かれたら、やはりそういう事ではないのだろう。

「名前にとっては大した事じゃないだろうけど」
『うん』
「部活の後輩の面倒を見てやってるんだ。ちょっとした訳があってさ」
『……それだけ?』
「それだけって、ほら大した事じゃないだろ?」

 何だそんな事か……。
 事の軽少さに脱力して、大息を吐きながら思わず机に突っ伏してしまった。そのまま横を向くと、何だと思ってたんだよ、と覗き込んで苦笑する孝支の顔が映った。何って、ただの杞憂だった訳なんだけど。

『気にしなくていいよ』
「……」

 手をヒラヒラと上下に振って誤魔化す。うん本音は気にしないでほしい恥ずかしいから。自覚すればするほど恥ずかしくなってきて、穴があれば頭からすっぽり入りたいくらい。目を瞑ってまた息を吐く。
 その時、ついさっき封を切った袋ががさがさ音を発てた。あれ? 確か孝支は激が付く程の辛党だった筈だけど。俺の大好きな甘い物は余り得意ではなかった筈だ。孝支が貰ったバレンタインチョコを九割程俺に回すくらい。まぁ食べたいなら好きに食べればいいけど。そう不思議に思っていたら、頭上から名前と声が降ってきた。

『な、んむっ』

 ぐいと色白の指に挟まれたお菓子が口に突っ込まれる。唇に指がふに、と当たった。突然の事に目を丸くしたまま固まる。孝支は指に付いた粒を舐めて、甘……と呟いた。そりゃ甘いだろうよ。
 そんな事よりも、だ。今然り気無く間接キスってやつされちゃった? え、わざと? 初めての間接キスが、こんなにあっさり……。

「俺の目は誤魔化せないよ、なんてな」
『っ……』

(狡いだろ……。)


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