大輝の様子がおかしい。のは今に始まった事ではないのだが、中学の時のあの試合からは特に変だ。あんなに熱心だったバスケも、いいんだよ、なんて言って練習さえろくに行かない。高校に入ったら何か変わるかと思ったけど、変わる筈もなく、むしろ屋上でサボる事が日課の様になっていた。

『大輝、いい加減真面目にバスケやれよ。好きなんだろ?』
「……んだよ、人が真面目にやってねぇみたいな言い方じゃねぇか」

 事実だろ。そう言い返してやりたかったが、好きとやる気は比例しねぇんだよとか何だかまともそうな事を先に言われてしまい、ぐっと押し黙る。寝転がったままの大輝と全く交わらない視線がもどかしく感じた。
 隣に腰を下ろして空を見上げる。雲一つない快晴とは遠く、入道雲が青を覆っていた。
 お前も、隠れるのか。
 心の中で呟く。何時になっても本当は分からない。

『昔はバスケが楽しくて仕方ないって感じだったのに』

 今じゃこれかよ。目を瞑り拳を強く握る。
 何故何も言ってくれないんだ? 俺じゃ頼りないのか? そりゃあ俺は部外者だし、バスケ部の事情なんて何も知らない。ただ強いという情報しかない。それでも確かに言えるのは、俺はあの頃の大輝が好きだった。……今よりも。
 自己満足だってことは誰より分かってる。けど、大輝の助けになりたいんだ。相手から話してくれるのを待つつもりで今までいたけど、こんなんじゃもう待ってられねぇよ。

『一体何があったんだよ。何でこんな、どうして』
「うっせぇよ、お前には関係ねぇだろ!」
『ある!!』

 ほぼ反射的に返事をする。
 シンとした静寂が二人を包んだ。瞬時に頭が真っ白になって何も聞こえなくなる。
 怒鳴りながら起き上がった大輝は、何言ってんだこいつ、とでも言いたげな表情をしていた。勢いで言ってしまったけど、どうしよう。どうしたら誤魔化せる? 否、きっと無駄だ。何を言っても逃れられない。
 ドクドク音を発てる心臓を押さえ、呼吸を落ち着ける。訝しげに俺を見る大輝の青い目と、やっと交わった。

『仕方ねぇだろ。大輝が好きなんだ……お前が何かで苦しんでるなら力になりたい』

 言うつもりなんてなかった。交わった視線を無理矢理外す。
 いくら大輝が馬鹿だと言っても、好きの意味くらいは間違えないだろう。否、この状況で間違える方が凄い。
 今すぐにこの場から逃げ出したかった。でも逃げたらそれこそ駄目な気がして、俺はギリギリでこの場に留まっていた。
 すると暫くの沈黙の後、大輝が口を開いた。

「なんで手前ぇから言っちまうんだよ」
『え? 何て……っわぁ!』

 ぐい、と手を引かれてバランスを崩す。傾いた俺の体は、固いコンクリートにぶつかることなく受け止められた。それはつまり、俺は今大輝の腕の中に閉じ込められているという事実を意味していた。驚きが強すぎて抵抗さえも忘れていた。

『なん、で……は、え? 俺から言うってどういう事だよ』
「だから、名前が好きだっつってんだよ」
『……はぁ!? そんな素振り、一度も』
「俺がお前の話、聞かなかった事があったかよ」

 そ、そんな事で分かるわけないだろ! なんて無茶苦茶なんだ、気付きにくいっての……。でもそう言われてみると、確かに大輝はいつもちゃんと俺の話を聞いてくれていた。どんな返事だろうと、聞くのは聞いてくれていたんだ。所謂、分かり辛い愛情表現ってやつか。
 更に、俺がいるだけで何度も助けられているという俺には不確かな新事実を口に出す。膝立ちになった俺の胸板に額を当て、近くに名前がいるだけで、何つーか落ち着くんだ、と言った。嬉しくて、勝手に表情が弛む。それはこっちの台詞だっての、とはわざと言わず、胸の前にある大輝の頭に腕を回した。

『それでも何があったかは話すつもりはないんだな……じゃあ、これから俺の言う事もちゃんと聞けよ』
「んだよ、聞いてるよ」
『お前の悩みを解消してくれる奴は、きっとすぐに現れる。また、俺の大好きな姿を見せてほしい』

 俺が解消出来ないのは悔しいけどと続けると、わりぃ、と珍しく申し訳無さそうに大輝は呟いた。それを聞かなかった振りして、広い額にキスを落とした。


たつみ様、リクエストありがとうございました!
260113



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