『おい笠松!!!』
「うっせぇよ何だよ!!」
大股で笠松の所まで歩いて行く。そしてただ、そう、ただ部活頑張れよの一言を言いたくて口を開くのだが……。
『ななな何でもねぇようっせぇよ!』
「いや名前のが五月蝿ぇんだよ!」
「いやいや二人とも五月蝿いよ」
『森山黙れ』
「森山黙れ」
恥ずかしくていつもこの様だ。怒鳴るつもりもないのについ大声になってしまい、気付けば怒鳴り合いの喧嘩に発展している。(そして大抵止めようとしてくれた人が被害に遭う)
でもそんな俺達が静かに同じ空間にいる事もあるのだ。それは、
「黄瀬ぇ! パス!」
笠松の部活風景を眺めている時だ。相手には俺が見ている事は教えてないし、気付いてこっち向いた黄瀬には絶対言うなと釘を刺してあるから静かなのは当然だ。
主将としてチームをまとめ、司令塔としてチームに指示を出す。普段見れない真剣な眼差しに目を奪われるのだ。そしてその度に、次こそは素直になると決めるのだか、やはりどうしてか喧嘩になってしまう。
黄瀬みたいになれたらと思った事は何度もあった。しかしそれはそれで気持ち悪い気がすると何度も否定した。だけど……自然に笠松の隣に立てるあいつが結局の所羨ましいんだ。
駄目だ、今日はもう帰ろう。頭を振って体育館に背を向ける。足を一歩踏み出そうとしたその時だった。
「名前?」
!!?!?
思わぬ呼び掛けに肩が思いっきり跳ねた。嘘だろ、何でバレたんだ? こんな後ろ姿何処にでもいるのに、何故ピンポイントで俺の名を言う?
ギギギギ、と音が付きそうなくらいゆっくり声の主を振り返る。その人物が目に入るや否や俺は走り出した。
心臓がこれ以上無い程早鐘を打ち、胸が痛くなる。兎に角逃げなくちゃ。理由とかはよく分からないけど、早く逃げなくちゃと頭の中で響いた。あっおい待て! と聞こえたが、勿論待つ訳がない。
「何で逃げんだよ! 待てっつってんだろ!!」
『待てって言われて、っ、待つ奴が、はっ、いるか!』
「餓鬼かっ、お前、は!!」
『っ』
現役帰宅部が現役運動部に敵う筈もなく、俺は呆気なく捕まってしまった。掴まれた手首が嫌に熱くて、心拍数が急上昇する。
ハァハァと息を整える俺に、笠松が爆弾を落とした。
「何だよお前、誰か目当ての奴でもいんのか?」
『っあ、え……』
掴まれてる腕に力が入る。咄嗟に逆の手の甲を口許に当てた。火でも灯ってるんじゃないかってくらい、頬が熱い。どうしよう、笠松は絶対冗談で言ったのに。それなのに思い切り動揺してしまった。これは由々しき事態だ。
後ろからマジかよ、と驚異を含んだ声が聞こえ、嗚呼、本当に嫌われたと今度は脱力していった。
忘れてくれ、忘れてくれ忘れてくれ。それが駄目なら……さよなら。言い合いばかりしていたけど、とても楽しかった毎日。きっと笠松の軽蔑の一言で終わりを告げるのだろう。
そう、思っていたのに。
「誰だよ、森山か? 小堀か? それとも中村、早川? ……黄瀬とか」
こいつは何を言っているんだ。つい耳を疑った。
ゆっくり笠松の方を見ると、部活中さながらの本気の瞳とかち合った。そして真剣な面持ちで、俺、とか……と口に出した。その言葉が耳に入った途端、再びカッと全身が沸騰しそうなくらい熱を持った。
何でこんなに分かりやすいんだ俺は。情けなくなり、泣きそうになる。普段なら、どんだけへたれだよ!! とか胸中で突っ込みを入れているのに、それすら出来ないくらいには余裕が無かった。
そしてついには笠松までもが黙ってしまい、こんな形で生まれてほしくなかった静かな空間が出来た。そろそろ何か喋らないと。余りにも不自然なこの状況を何とかして弁解しないと。話のネタも何も見付かってないが、行き当たりばったりでまずはその場凌ぎの言い訳でも、と言葉を絞り出す。
『あのさ、』
「なぁ」
『なっ、何だよ』
肩を跳ねさせたり、声が震えたり、用もないのに周囲をきょろきょろしたりと挙動不審だと言われそうな動きを繰り返す。しかしその動作も、吐き出せなかった言い訳も、更に落とされた爆弾によって消し飛んでしまった。
「俺も、とか言ったら、どうすんだ?」
開いた口が塞がらない。ついでに上がる熱も止められそうにない。
掴まれていたのは手首だった筈なのに、いつの間にかしっかりと手が握られていた。俺はそっと、その大きな手を握りかえした。
ミルクてぃー様、リクエストありがとうございました!
260117
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