何の気無しに渡り廊下を歩く。今日は良い天気だ。それだけで何だか良い事が起きる気がする。そう安直な考えをする程、どこか俺は浮かれていた。

「あ」

 意気揚々と歩を進める俺の先に、友達だと思われる人達と楽しそうに喋る愛しの名前先輩。ほら、もう良い事が起きた。
 先輩は今日も可愛い。陽光に透けてキラキラと輝く髪の毛を梳いて撫でたい。今すぐ抱き締めて、首元に顔を埋めて、甘い香りを一杯吸いたい。そして俺にしか見せないような顔で恥ずかしそうに笑う先輩を、正面から拝みたい。そしたら死にそうな自信がある。
 うずうずと内側に暴れだす欲を抑えきれずに先輩を見詰める。早く、早く、一人にならないかなぁ。

『じゃ、また後で』
「おー」

 来た!
 待ってましたと喜ぶように両足の動きが速まる。元から大きい歩幅と、先輩もこっちに向かっている事も相俟って、僅か数歩で名前先輩の前まで行けた。そのまま俺に気付いた様子の無い先輩に抱き付いた。

「せーんぱい」
『わっ! てなんだ黄瀬か』
「なんだは酷くないスか……てか、また前見て歩いてなかったでしょ」

 バレたか、なんて言いながら少し舌を出す先輩可愛過ぎる。俺じゃなかったらどうするんスか? と訊くと、謝って即逃走、と良い笑顔で返された。今日も通常運転だ。
 俺の腕の中から見上げる先輩の必然的な上目遣いに、胸がキュンとした。もうずっとこうしていたい。幸せだ。簡単に手に入ってしまう。でも絶対に手放したくはない。だからぎゅっと抱き締める。逃がさないように……ね。

「なーんて」
『は? 何いきなり』

 何でもないッスよー、とのんびり返事を返す。
 今のは半分冗談で半分本気だったりする。単にそんな心理状況を体現しているだけじゃない。これが俺の愛情表現であり、俺が最も幸福感を得られる行為である。先輩に愛を伝えることが出来て、更に自分も幸せになれるなんて一石二鳥だ。
 先輩が先に進ませてくれと手のひらで胸板を叩く。それさえ愛しいなんて。俺、先輩無しじゃ生きていけないッス。一度離れて今度は後ろから先輩に抱き付く。ふわりと先輩の香りが鼻孔を掠める。白いうなじに噛み付きたいなんて絶対言えない。

『本当黄瀬は人にしがみつくの好きだよな』
「名前先輩限定ですけどね」

 てかしがみつくって……。

『当たり前だろ。俺以外にもしてたら怒る』
「いやいや先輩以外には抱き付こうとも思いませんよ」

 俺が他の誰かにに抱き付いてるとこすら想像したくない。ましてや先輩が誰かに抱かれてるなんて以ての外だ。大好きな先輩だからこそ、この腕でしっかり抱き留めていたい。
 その思いを込めて喋ると先輩は急に歩を止めた。つんのめりそうになる身体を何とか支える。突然の急停止に驚く俺を見上げては、知ってる、と口角を上げた。全く狡いなぁ。分かってて言ってるんだから。でも暑苦しくなる程の沢山の抱擁に、一度も嫌と抵抗しなかった先輩も大概だと思う。それが先の言葉だ。
 名前先輩のふわふわの頭に顔を埋め、そのまま耳元まで移動させる。時折くすぐったそうに身を捩る先輩が面白い。

「あーもう、名前先輩可愛い、幸せ、大好きッス」
『黄瀬はかっこいい、俺も幸せだし……愛してる』

 ……ちょっと、本当に俺を殺す気ッスか?


ぷよ様、リクエストありがとうございました!
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