ジッと見られている。痛い程、視線がひしひしと俺に浴びせられている。
 いつものことかと気にせず問題に集中していたが、余りにも食い入るようにつぶさに見られている、気がする。
 受験も近いし、出来るときに勉強しようと言い出したのは一体どっちだったか。折角の休日を、手前に座る名前は俺を眺めることに使っている。どうせ平日は全く勉強しないのだから、今しないでどうするのだ。
 無理だ、もう集中出来ない。
 俺は小さく溜め息を吐くと、シャーペンを机上に置いた。コトリとやけに響いた音が、この部屋の静けさを物語っていた。

「名前やる気ある?」
『んー』

 聞いてないなこいつ。
 可愛い恋人のよく分からない行動にイラッと来るのは常時そうなのだが、自分から誘っておいて上の空はないだろう。加えて生返事。
 思わず溜め息を吐いて背後のベッドに凭れると、ふらりと名前が立ち上がった。そのままフラフラ俺の横まで来て、膝をついた。

「な、何、どうしたの」

 尚も視線を逸らさず、俺をとらえ続ける双眸に、流石に居心地が悪い。
 線の細い顔をよく見たら、上の空は上の空でも、ぼんやりしているのではなく何かに集中しているみたいだ。戦いの最中にいるような目が、しかと俺を射止める。
 膝立ちで見下ろす名前と、座り込んでそれを見上げる俺。時計の針だけが鳴る静かな空間。
 何故か逸らしたら負けな気がして、ジッと俺も見つめ返す。次の瞬間、その両目が視界一杯に広がった。

『へっへー、隙有り!』
「……」

 先程までの真剣さとは裏腹に、彼は破顔した。
 隙有りって、何、え、キス?
 余りの早さに、今一何が起きたのか理解が追い付かない。それ程までに、一瞬だったのだ。照れさえも涌かない。否、普段からそうそう照れはしないけど。
 膝立ちのまましたり顔で笑う名前は、更に爆弾を投下してきた。余りにも自然に。目元に二度目のキスを落として。

『久々に二人きりなのに、手、出さねぇのかなって』

 今度こそ、ポカンと口を開けた。途端に内側にむくむくと膨れ上がる感情。
 本当に、勉強しようと言い出したのはどっちだったのか。
 自由なままに垂れる名前の腕を引っ張ると、うわっと情けない声をあげながらこちらに倒れ込んできた。そして俺に覆い被さるようにしてベッドに両手を突き、今さらになって照れたのか、その頬を赤く染める。
 そっと右頬に手を添える。小さく体が震えた。

「仕返し、してあげようか」
『ちょ、孝支』

 少し体を浮かせて、今し方名前がしたように目元にキスをする。その流れで、頬、首元に。
 僅かに眉を垂れさせて、薄い水膜が瞳を覆い、蛍光灯の光を反射させた。素直に綺麗だと思う。仄赤い肌、微熱混じりの息と相俟って、どこか扇情的だ。
 軽い仕返しのつもりだったのに。何もかもこの愛しい恋人のせいだ。

『んっ、や』
「手、出してほしかったんでしょ?」
『そ、れは……』

 勢いに任せて名前をベッドのサイドに押し付ける。そしてもごもご口籠もる唇に口付けると、息を呑んだのが分かった。
 大概意地が悪いとは思うが、先も言ったように全てが名前のせいである。
 開いた唇から舌をねじ込み、いつもより執拗に攻めてみる。反射的にか逃げようとする名前を、逃がすものかと捕まえた。
 絡まるその心地よさに、名前も、多分俺も恍惚とした表情を浮かべる。が、次の瞬間には胸元をぐしゃりと掴まれ、涙目で限界を訴えられた。
 名残惜しい。そう思いながらゆっくり口唇を離した。

「っ、は」
『い、息、止まるかと思った……』
「ははっ。倍返しだべ」

 軽いデコピンを食らわせると、にへらと笑われた。ああもう、いちいち可愛いんだから。
 結局この日一日、勉強なんか全く捗らなかった。


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