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「……それで、アルハイゼンとカーヴェに嫌気がさしたから、僕たちのところに乗り換えようって?」
「人聞きが悪いなあ〜。ただの家出だよ、家出! ねっいいでしょ? わたしもガンダルヴァー村に連れてってよお〜」
「……はあ。アルハイゼンたちの苦労が偲ばれるよ……」
そう言って呆れたように額を抑えるのは、コレイの師匠であり、ガンダルヴァー村のレンジャー長であるティナリだ。何故わたしがティナリの目の前にいるかというと、コレイにお強請りしたからである。何をって、コレイのところに泊まらせて、って。これにはコレイも大慌てして「アルハイゼンさんとカーヴェさんに何を言われるか……」と最初こそ首を振っていたが、わたしが「コレイはわたしと一緒に寝たくないの?」と首をこてんと傾げて下から覗き込むように見つめたところ、「そ、それは、その、お前がガンダルヴァー村に住んでくれたらいつでも会えるし、一緒に寝たりもしたいけど……」と目をぐるぐるさせて最後にはこくりと頷いた。コレイは押しに弱いのだ。それにコレイはみんなに頼られるような存在になりたいと思っているようなので、コレイしかいないの、おねがい、と言った様子でお強請りするとすぐに陥落する。とはいえ、こればかりは自分だけでは判断できないといった観点からティナリに指示を仰ぐことになり、そして今に至る。
「ダメ? わたし邪魔にならないよ! だって何もしないからね」
「それ、胸を張って言うこと? 君を連れ帰った後の面倒を誰が片付けると思ってるの」
「ティナリ!」
「はあ、君ってば本当に調子がいいね。……まあ、自分から望んで来るっていうなら好都合か」
後ろでわたしの様子を固唾を飲んで見つめるコレイをよそにわたしがティナリに駄々を捏ねていると、ティナリがふうと息を吐いて小さな声で何かをぼそりと呟いた。わたしは察する能力はそこそこある自負はあるが、どんな音でも拾う耳はしていない。とはいえ、ヒモたるもの、時に相手の発言が聞こえなかったり、何も分からない振りをする必要がある時もある。ちなみにわたしはよくこれをカーヴェにする。最近のカーヴェは怪しいことを言うことがあるので。例えば、「キティ、もし君が身に付けるならどれがいい?」そう言いながら多種多様に描かれた首輪のデザインを見せられた時がある。わたしは目でこれわたしがつけるんですか? と訴えたがカーヴェは穏やかに微笑むのであっこれわたしがつけるためのものなんですねと納得し、そして絶句した。ペット根性があることとペットのような振る舞いをすることは別の話なのだ。チョーカーと言ってごまかせないようなゴリゴリの首輪をつけることには流石に抵抗感を覚える。冷や汗をかきながらう〜ん首輪は嫌ですね……と答えると、カーヴェはわたしの横にぴったりとくっついて肩に手を回し、「最近の君はお転婆だから、誰のものかちゃんと皆に分かるようにしないと。……そうだろう?」とわたしの身体を引き寄せながら目を離すことは許さないとばかりに眼前にスケッチを持ってきて見せてくるので、あっカーヴェさん殺る気なんですねと大焦りしたことがある。上手い言い訳を言って逃げようにもいい案は浮かばず、結局わたしは「うにゅ〜なまえむずかしいことわかんない><」でゴリ押しして返答から逃げたが、しかし、「そっか、ごめんね。君は僕がデザインしたものなら何でもいいんだもんな?」と微笑んだ彼に頭を撫でられながら言われたので、多分逃げられてはいない。実際に首輪を持ってこられたら拒絶はするが、一見わたしの意見を尊重して引いてくれそうなカーヴェも自我が強く、これだと決めたことは譲らないので、多分あのゴリゴリの首輪を装着される気がする。リードで首輪を引かれながら歩くのは遠慮したい。閑話休題。
「いいよ。僕たちのところにおいで。君をあいつらから匿ってあげる」
「やった! ありがとうティナリ!」
「ただし」
「ただし?」
「アルハイゼンたちを敵に回すというリスクを負うんだ、君にはある条件を守ってもらうよ」
「条件?」
わたしがティナリの言葉にこてりと首を傾げると、ふいにティナリがわたしをじっと見つめた。どこか観察するようなまっすぐなその眼差しはティナリの癖だ。レンジャー長として人を導くが故のものであるのか、それとも森の細かな変化に気付く鍛え上げられた洞察力によるものであるのか、わたしには分からないが、大切なことを告げる時、ティナリはこうして相手をじっと見据える。その耳で、眼差しで、しっかりと相手を捉えながら逃がさないのだ。
「僕の指示には従って。それから僕が許した時以外は不用意に僕の家から出ないこと。これが条件だよ」
「そんな簡単なことでいいの? 全然やるやる」
「言っておくけど、毎日家でぐうたらは許さないからね。週に一度は僕のパトロールに着いてきてもらうし、ある程度の教養をつけてもらう。僕は彼らみたいに無知の方が都合がいいなんて考えは持ってないから」
「え゙……」
鮮やかな臑齧りで勝手気ままに過ごさせてもらおうと目論んでいたが強制外出と勉強が義務付けられていると言われると少し引いてしまう。アルハイゼンたちの時は決められた約束さえ守れば自由であったし、わたし自身アウトドアなヒモを自称していたので外に行くこと自体は嫌いではない。が、強要されると途端にやる気がなくなるのは何故だろうか。ずっと家に引きこもっていたくなる。ヒモは自由を好むので、ああしろ、こうしろと決められることに抵抗感を覚えるのだ。
とはいえ、ティナリの条件を飲まなければ三週間の外出禁止だ。今こうして外に出ていたことが発覚すれば、更に外出禁止期間は伸びるだろう。ティナリの条件は比較的緩いし、面倒臭がって拒絶してしまえばわたしに行き場はない。考えてみれば、そこまで厳しい条件でもないし、何かあればコレイに泣きつけば何とかなるだろう。
「分かった! わたし頑張るよ。だから終わったらいっぱい甘やかしてね!」
「はいはい。君がちゃんと嫌がらず頑張ればご褒美をあげるから。……コレイ、馬車の手配をしてきてくれる? リトルの足でガンダルヴァー村まで歩いていたら日が暮れる」
「分かった! パピー、よかったな! へへ、今日は一緒に寝ような!」
話の流れをはらはらと見守っていたコレイは、いい方に転んだ話を見て安心したのか、ティナリに言いつけられるや否やすぐに駆け出した。わたしに呼びかける声はうきうきと弾んでいて、そしてその顔も嬉しそうに笑っている。
ティナリはそんなコレイを見ながら口元を緩めて、それからわたしの方へと向き直り「僕たちも行こうか」と誘った。
「ティナリ、もう用はいいの?」
「うん、もう終わったから。そんなことより、早くここから離れることの方が重要だよ。どこからあの二人が聞きつけてくるか分からないからね」
「えっ大丈夫だよ。アルハイゼンもカーヴェも仕事だしさあ、バレないバレない」
「君はあの二人のこと何も分かってないね。彼らは君をよく見てるし、君に対する独占欲も強い。アルハイゼンはともかく、ああ見えてカーヴェも他人に対してある程度一線を引いて付き合う方なんだ。その彼が、ここまでの執着を見せているのを見るのは初めてだよ。……僕の言っていることが分かる?」
「まったく?」
「はあ……鈍感なのか呑気なのか……いや、呑気だからこそこうも普通に過ごしていられるんだろうね。だけど、リトル、君は彼らの地雷の上を綱渡りしていることは自覚しておいた方がいい。本気で監禁されたら奪うことが難しくなる」
「……そんなやばいかなあ〜全然そんなことないと思うけど〜」
「やばいどころの話じゃないよ。君、あの二人に一体何をしたの?」
何をしたのかと言われても特別何かした覚えがないのでどうしてこうもティナリに不穏な事を言われているのかが分からない。最初こそ家事雑用はしていたが、ニィロウのところから連れ戻されてからは堕落した寄生虫のヒモとしてひたすらに脛を齧っていただけだ。アルハイゼンとカーヴェをわたしに惚れさせて手のひらの上で転がす! ……といったようないわゆる悪女のムーブをした覚えもない。記憶にあるのはお強請りして、膝枕をしてもらって、ご飯を作ってもらって、甘やかしてもらって、お強請りをして、ぐうたら寝て……本当に飼われているだけのヒモだったのだ。まあ確かに束縛されているなあという自覚はあったが、それはあくまでわたしの飼い主としてわたしを管理したいだけなのだろうと思っていた。しかしティナリが嘘をつくかと言うと、ティナリはズバズバとはっきりものを言う性格なので違うし、彼の観察眼は疑いようがない。正直少し怖気付いた。え? わたしいつか監禁されるんですか?
「師匠! 馬車を手配してきた。いつでも出してくれるって!」
「ありがとう、コレイ。……リトル、行くよ。理由はどうあれ、早く発たないといけないことは分かっただろ?」
「う、ウン」
「よし、じゃあ行こう。……あ、ちょっと待って。リトル、こっちに来てくれる?」
ティナリが手招きをしてくるので何かと思って近寄ると、ティナリがふいにわたしの胸元に手を伸ばした。そこには鳥の羽根を模した小さな飾りが付けられているのだが、ティナリはひょいとそれを取ったかと思うと地面に放った。それはカーヴェが僕とお揃いだと言ってわたしにくれたもので、毎朝わたしの衣服を選んだ後は最後の仕上げとばかりにわたしに飾ってくれていたものだった。そのため突然地面に捨てられたことにぎょっとしていると、わたしが止める暇もなくティナリが羽根飾りを踏み付けた。ぱきょり、と何かが壊れるような音が響き、わたしはぱくぱくと口を開けてティナリを見つめる。何をしてくれているのだ、と。
「これでよし、と。さ、リトル。行こう」
「エッエッティナリ、これ、カーヴェにもらったやつ……」
「だろうね。これ、妙論派で作られていたやつだから。ほら、早く行くよ。ちんたらしていたらカーヴェが駆けつけてくる」
そんなわたしの眼差しも何処吹く風で、ティナリはわたしの腕を引いてずんずんと引っ張っていくので、わたしは後ろをちらちらと振り返りながら彼に手を引かれるまま着いて行った。カーヴェとのお揃いを壊されたと知ったら、どんなに怒っていても最後には優しく笑って許してくれるカーヴェも、これには真顔になって許してくれないのではないだろうか。ティナリと壊れた飾りを交互に見やりながら内心どうやって言い訳をしようと考えていた時、ふと羽根飾りの周りに小さな部品が散らばっていることに気が付いた。ティナリに腕を引かれているために、先ほど立っていた場所からどんどん遠ざかっていくのでそれが何であるのかはもう見えないが、もしかするとあの羽根飾りの中に入っていたものなのかもしれない。羽根飾りのくせに何故か少し膨れていて芯が硬いなあとは思っていたが、もしあの羽根飾りの中に何かが入っていたとするなら、それは何だというのだろう。磁石だろうか?
「ティナリ〜なんか後が怖くなってきたよ〜カーヴェに怒られるよ〜」
「家出なんてしてる時点で怒られるのは確定事項だろ。それより、君が帰りさえしなければ怒られないんだから、いっそガンダルヴァー村に永住したら?」
「あっそっか。じゃあほとぼりが冷めるまでティナリのとこにいようかな〜」
あくまでこれは家出であって、意趣返しの一環でしばらくティナリの家に寄生させてもらえればいいと思っていたが、カーヴェにもらった羽根飾りも壊してしまったのだ。約束破りも相俟って後がとても怖いので、わたしはしばらく帰らないことを決意した。家出して早々に帰ると怒られることも、家出してからずった時間が経てば「あなたが帰ってきてくれてよかった」と募る心配と安心により怒りが遠ざかってしまう、あの現象を狙っている。ここまで来たら長期間の家出をしてすべてを有耶無耶にするしかない。最初から家出をしなければいいだけの話ではあるが、臑齧りの寄生虫のヒモという生き物は、どうしようもないクズであるからこそ恥ずかしげもなく人の善意に寄生してその財産を貪るのだ。この世界に来て良心などはすべて捨てた。ヒモ最高。これがわたしの生きていくための手段なのである。要はこれもクズ行動に意味を持たせるための聞こえのいい言い訳なのだった。