8
「キャット。昨日言ったように、君は三週間外出禁止だ。分かっているな?」
「はーい」
「家の中のものは自由に使っていいが、必要以上に部屋から出ないこと。来客が来ても無視していい。返事は?」
「承知しましたあ〜」
「キティ。君がいい子に僕たちを待つことができたら、ご褒美をあげるからね。だから大人しく部屋で待ってるんだぞ」
「了解で〜す」
カーヴェがわたしの頭を撫でながら微笑む。そんな会話から始まる外出禁止一日目の朝だったが、第一次ペット兼ヒモ反抗期を迎えたわたしがそんな約束を守るはずもなく。二人が仕事へ出かけてしばらく経ってから、わたしは普通に部屋を出たし、普通に家の外へ出ていった。何故かって? これは家出だからである。大体最近の二人はすぐにわたしに外出禁止令を言い渡してわたしを家に閉じ込めすぎなのである。束縛男は嫌われるというのを分かっていない。娯楽があるならまだしも、わたしが文字を読めないということを忘れているのではないだろうか。ぐうたらするのは好きだが、三週間ぐうたらは流石に飽きる。堕落も過ぎれば毒になるのだ。
と、いうことで、まずはスペアの寄生先の脛を齧りに行こうと思っているわけだが、スメールシティにはわたしの飼い主候補が数多くいる。まず現飼い主のアルハイゼンとカーヴェ。教令院の書記官とスメール一の建築デザイナーの二人はその頭脳と権力でわたしのことを庇護してくれる。アルハイゼンはヒモに厳しいように見えるが、存外わたしを可愛がってくれる。わたしの好物を買ってきてくれたり、わたしを膝枕して頭を撫でてくれる。それにわたしがお強請りしたら、大抵のことは許してくれる。金があるからといって金を使うことに躊躇いがない。チョコレートが食べたいとお強請りした時は、わざわざ他国から取り寄せてくれた。アルハイゼンは優しくていい飼い主だ。束縛するところを除けば。
カーヴェはとにかくわたしのことを甘やかしてくれて、放っておくとわたしのすべてを世話するんじゃないかという勢いで尽くしてくる。初めて出会った時も、見ず知らずのわたしのために走り回ってくれたので、元よりお人好しなところはあると思うが、身内判定した人間には特別甘くなるようだ。そしてわたしはヒモであり、彼にとっては庇護し、守り、可愛がってあげる立場にあるわけで……なんというか、彼の奉仕精神というか、他者に対する献身を一身に受けている自覚がある。何故って、酒を飲むことが大好きなカーヴェが飲みの誘いにわたしが家で待ってるからと断っているらしいからだ。もちろんそれはカーヴェが借金によって貯金がないから、という訳ではなく、ただ純粋にわたしのために時間を使いたいかららしい。そんな彼が家に帰って何をするかというと、わたしの世話をする。入浴後のわたしの髪を丹念に乾かしたり、ヘアオイルを塗ったり、あと爪をやすりで削って綺麗に形を整えたり、磨いたりもしていた。終わったらわたしを膝枕して頭を撫でてくれる。もちろん、そこにはわたしのために作ったカフェオレもある。彼の気分がいい時は、時々楽器を演奏してくれることもあって……カーヴェは優しくていい飼い主だ。束縛するところを除けば。
次にニィロウ。ニィロウはなんとかシアターで一番の踊り子をしているそうで、わたしに優しく、わたしを甘やかしてくれる可愛い女の子だ。見ず知らずのわたしを拾ってくれて、料理は美味しいし、デートも楽しいし、彼女の存在があるだけで毎日華やかだった。しかもニィロウはいつも特等席で踊りを見せてくれるのだ。彼女の仕事終わりに一緒に帰って夕ご飯を考えるのはなかなか楽しかった。ニィロウはわたしが家に転がり込んでも笑って受け入れてくれそうだし、彼女との生活は楽しかったからまた過ごしたいとは思うけれども、アルハイゼンとカーヴェにすぐに捕獲されそうだ。それは避けたい。
レイラ。教令院のなんとか学院の学生で、彼女もわたしに非常に甘い。彼女はわたしの飼い主というよりは、わたしを特別な友人のように思っているらしい。食事も何も奢らせてくる友人ははたして友人なのかと言いたいところだが、この世界においてわたしはクズのヒモなので、現実に気付かせないであげている。レイラと過ごすのは楽でいい。レイラといる時、わたしたちは対等だ。アルハイゼンとカーヴェは明確にわたしを庇護する者として扱ってくるが、レイラはわたしを一人の人間として接してくれる。それでも、わたしが甘えたりお強請りをしたらできる限りで叶えてくれようとするので、やはりレイラもわたしに甘い。ただしかし、ニィロウ同様アルハイゼンたちに連れ戻されそうではあるので、今回の家出先には不向きだ。
そしてセノ。セノのところに遊びに行きたい時、セノの家の前で膝を抱えて待っていると、やがて帰ってきたセノが座るわたしの腕を引いて家に上げてくれる。とはいえ、セノはマハマトラという所謂警察組織のトップの存在であるようなので、あまり家には帰ってこない。何となくセノのところに行きたい時に行って、運が良ければセノと出会える。とはいえ、セノに家の鍵は貰っているのだ。というか、隠し場所を教えてくれている。「外でずっと待っているのも退屈だろう。お前なら好きに家を使っていい」と言われているが、何となく家の前で待つことにしている。セノは多分、わたしのことを野良猫のように思っている気がする。わたしはペット兼ヒモだが、別に魚が特別好きという訳でもないし、マタタビを嗅いでも寄ったりしない。猫草も食べない。セノは結構強いらしいので、アルハイゼンがわたしを回収にきても守ってくれるだろうが、何しろ会える確率が低い。待っている間にわたしを探しに来たカーヴェに回収されてしまう。
ファルザン先輩。何故わたしが彼女のことを先輩と呼んでいるかというと、彼女がわたしの先輩であるから、らしい。わたしは別に教令院の学生ではないと言ったことがあるのだが、人生の先輩であるため関係ないと言われた。なのでわたしも彼女をファルザン先輩と呼んでいる。別に嫌でもないし。それにファルザン先輩をファルザン先輩と呼ぶとファルザン先輩はにっこりとわらってわたしを沢山甘やかしてくれるので、わたしはファルザン先輩をファルザン先輩と呼ぶことが好きだ。飴もくれるし。ちなみにファルザン先輩はわたしと会った時の為に飴を常備するようにしてくれたのだという。飼い主というか、感覚はおばあちゃんに近い。ファルザン先輩助けて〜と言ったら「安心せい! ワシがなんとかしてやろう!」とアルハイゼンたちを懇々と叱ってくれないかという期待はあるが、まあ、自我の強い二人のことだ。引けないことがあれば負けじと言い返すだろうから、流石のファルザン先輩も押されて引いてしまうかもしれない。
後は最終手段として放浪者とナヒーダだが……放浪者も言ってしまえばナヒーダに保護されているようなものなので、放浪者に泣きつくということはナヒーダに泣きつくということになり……ナヒーダだったらわたしのことを受け入れて庇護してくれるし、甘やかしてもくれるだろうし、なんだったら神パワーでアルハイゼンたちから守ってくれるに違いない。違いないが、ナヒーダのところに転がり込んだことは一瞬で発覚するだろう。別にわたしは本格的にナヒーダの脛を齧ることに決めたわけではないし……後が怖そうだ。誰って、アルハイゼンとカーヴェの。わたしは空気が読めるタイプのヒモなので、何となく相手がどう思ってるのかは読み取れるのだ。帰った後が怖い。アルハイゼンもカーヴェも、基本的にはわたしが他の飼い主候補に靡くことをよしとしないが、その中でも一際ナヒーダへ靡くことを嫌っている節がある。ナヒーダの何をそんなに警戒しているのか分からないが、まあ、わたしがナヒーダのところに泊まり込もうとしない理由は、そういった面があるのだ。ナヒーダと放浪者のところに飛び込みに行くのはわたしの行き場がなくなってしまった時の最終手段だろう。
「うーん……」
てこてことトレジャーストリートを歩きながら誰の家に転がりこもうかと考える。スメールシティに拘らずとも、砂漠のアアル村に行けばキャンディスがいるし、運が良ければディシアに会えるかもしれない。キャンディスは当然わたしを家に招いてくれるだろうし、ディシアはわたしを拾って面倒を見てくれるだろう。キャラバン宿駅でふらふらしていれば、セトスに会える可能性はぐんと上がる。とはいえわたしもセトスのことは砂漠の人間であるということしか知らないので、一体どこに彼の家があるのかは皆目見当もつかない。でもまあ、悪い人間ではないことは確かだ。わたしの飼い主センサーは鋭敏なので、今まで外れ飼い主を引いたことはない。わたしのセンサーから見れば、セトスはわたしのことをいい感じに飼ってくれる人間だ。神出鬼没のため、会いたいと思って会えないのがネックだが。とはいえ砂漠に行くにしても金がない。以前はお小遣いをもらえたのでそのお小遣いで馬車に乗ってキャラバン宿駅まで遊びに行っていたけれども、先日のセトス事件でお小遣い完全廃止と至ったため、砂漠の方へ行くには困難だ。(道も分からないし)
「ううーん……ううううーん……」
「……あれ? パピー? 何してるんだ?」
うんうんと唸りながら歩いていると、突然後ろから聞き覚えのある声に呼び掛けられたので振り向くと、その大きな瞳をぱちぱちと瞬かせてコレイがわたしを見つめていた。
「コレイ? どうしてここに?」
「えっと、あたしは師匠と用があってシティに来てて……いやそれより、パピーこそ外に出ていいのか? その……アルハイゼンさんたちに怒られるんじゃ……。外出禁止で家に閉じ込められてるって、師匠が……」
「あーうん全然大丈夫。今家出中だから」
「えっ家出……?」
「うん家出」
出会う人出会う人わたしの外出禁止令について心配しているのは一体どういうことなのだろうか。確かに頻繁に外出禁止を言い渡されているけれども、彼らのわたしに対するイメージが非常に気になるところだ。わたしがアルハイゼンたちに飼われているのは周知の事実ではあるが、それにしてもあまりに信頼がない。
「パピー、家出って、あの家出だよな……? それ、アルハイゼンさんたちに言ってあるのか?」
「言うわけないよ〜。わたし今家探し中なの」
「家探し中? それって……」
「そう! わたしを家に泊めてくれる人――」
ここまで言って、はた、と気が付いた。
スメールシティの人間ではなく、砂漠の人間でもない、寄生するには最適なわたしを飼ってくれる優しい飼い主候補――。
――それって、今目の前のコレイではないだろうか。