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 ――璃月旅行に、やっと、行けるぞー!
 こつこつと貯めてきた貯金箱の中身を見ながら、わたしはにんまりとほくそ笑んだ。上限いっぱいに満たされた貯金箱は重く、わたしはくつくつと喉奥を鳴らしながら貯金箱を手に取り、優しく上下に揺らす。
 ちゃり、ちゃり、ちゃり……。
「くくく……ははは……あーはっはっはっは!」
 どこの悪役だという三段笑いをかましながら、わたしは貯金箱をひたすらに上下に揺らし、ちゃりちゃりと鳴るモラが擦れ合って響かせる美しい硬貨音に恐悦した。
 これを喜ばずして何を喜べというのか――兼ねてよりの悲願であった璃月旅行を叶えるための資金がようやく、ようやく貯まったのである!

 わたしは教令院のしがない宝石学者だ。幼い頃に璃月へ仕事に出かけた父がわたしへの土産に鉱石を持って帰った時から、わたしのこの鉱石愛は始まった。あれは璃月が原産地であるという石珀、あの黄玉の輝きを一目見にした瞬間にわたしはたちまち鉱石に魅了され、日夜外で遊び呆けて過ごしているだけだった幼いわたしは、それから鉱石を知るために父や教令院の学者だという親戚に強請って知恵の殿堂から本を借りてもらい、読書に明け暮れた。鉱石――特に、原石を研磨した末に生まれる宝石のあの眩い輝きに関してもっと知りたい、調べたいという欲求は留まることをしらず、なんと宝石への探究心だけで教令院に入学。教令院に入学するためには幾つかの筆記試験と論文の提出が必要なので、あの頃のわたしは学者である親戚のところに通っては何故何故なんでを問い掛けて研究の邪魔ばかりをしたので、とにかく小煩い子供だったと思う。しかし親戚はぴーちくぱーちくと小煩い鳥のような子供にも優しかった。どうやら親戚は教令院で学生たちの講師として教壇に立つこともあるらしく、知識を求めようとするのは良いことだとわたしに個別授業を行ってくれて、かつて遊び呆けるだけだった子供は十二の歳に晴れて教令院の学生となった。
 しかし学生になったといえどもわたしの宝石愛は止まることがなく、むしろテイワットの知識が集まる場所へ来たことでその知識欲は加速し、常にフルスロットルで宝石に関して研究を続け、時に他者の知恵を求めて別学派に突撃しては見解を聞き、時に知らぬ研究室に飛び込んでは見解を聞き、そして道端を歩く学者に突然話しかけては見解を聞き、時に講師の方々が和やかに談笑する場に乱入しては見解を聞き――まあ、傍迷惑な学生だったと思う。そんなこんなで突撃隣の学者んちを繰り返した結果、様々な知見を得られたわたしは在学中に宝石に関する論文を多数発表して無事に卒業、そうして正式に宝石を研究する学者として教令院にて勤務するようになり、今に至る。街の人々や砂漠の人々は教令院の学者たちは頭が固く融通の効かない勉強だけの石頭と侮蔑するが、わたしから見た教令院の人々は皆優しい。アポイントを取ってからちゃんと来てねと何度叱られようとも、その時昂ったパッションのままに突撃隣の学者んちを繰り返すわたしに、彼らは呆れながらも何に困っているのだと助けてくれるのだから、これを優しいと呼ばずして何と呼ぶのだろうか。きっと街の人々と教令院の人々の中には誤解があるに違いない。話せば皆兄弟になれる。そして共に宝石道を行きたい。ともかくそういう訳で、わたしは宝石の歴史や構造、識別に特性などなど幅広く研究をしているのだった。
 しかしまあ、宝石学というのは人気がない。というか、あまり需要がない。商人にこういった知識があるならまだしも、教令院においては宝石に関してひたすらに研究しているような学者はわたしくらいのものだった。宝石学に関する研究自体は良い成果を出しているし、宝石内部に封入される含有物、インクルージョンに関する論文は高く評価された――のだが、それが多大な研究費を出すほどの研究かといわれると、正直そこまででもない。教令院が多く研究費を出すのは他の分野――学派でいうと生論派、明論派、素論派などが行う研究が多く費用を当てられているようだ。つまり何が言いたいのかと言うと、わたしは貧乏学者なのである。学者なのに、教令院が誇る学者なのに、研究費用がないので単発のアルバイトに明け暮れる日々だ。何せ研究には金がかかる。宝石の内部特徴を細部まで捉えるための特殊な顕微鏡をフォンテーヌの機構技師に特注して作ってもらったり、宝石を鑑別するために色の違いを観察するための二色鏡を開発したり、そもそもの話として研究をするには宝石がなければ話にならないので原石や宝石を買い漁ったり……とにかく、金がかかるのだ。まあわたしにはプライドなんてものはないので教令院の名誉ある学者であろうが何の恥もなくバイトする。時にプスパカフェで、時に冒険者教会で、時にグランドバザールで、時に砂漠のキャラバン宿駅で、何の外聞も気にせずバイトする。貧乏学者なので。万年金欠学者なので。おかげで街の人々や砂漠の人々と仲良くなり、仕入れた珍しい鉱石や綺麗な石を優先して売ってくれたり譲ってくれたりするので、バイトするのもなかなかいいことだったりする。閑話休題。
 そんなわけで万年金欠学者のわたしは研究費を稼ぐためにバイトしては金を使い、バイトしては金を使い、バイトしてはバイトするという、どちらが本業なのかも分からない日々を送っていた訳だが、そんな生活の中で生活費を切り詰めてこつこつと貯金をしていたのだ。何がって、璃月旅行のための貯金だ! 璃月はテイワット一の貿易が行われる貿易港であるが、同時に数々の鉱石が発掘される鉱石の生産地でもある。わたしが宝石の美しさを知ったきっかけの石珀は、この璃月で採掘されたものだ。まさしく璃月は宝石学者からすれば楽園、一度は行きたい国ナンバーワンの国である。しかし、わたしはわたしの友人たちのように神の目を持っていなければ、戦う力も持ち合わせていないので、スメールから璃月へ渡るには馬車は必須であるし、現地に着いた際の宿泊代や散財費を考えると多額のモラが必要だった。これは万年金欠学者にはなかなか用意できない額である。なので学生時代より璃月旅行のための貯金をこつこつと続け、そして今! ようやく目標金額まで溜まったというわけだ。
 ――長かった。ここまで貯めるのに何年かかったことだろう。悲願がようやく叶うと思うと感慨深いものがある。宝石学者として、そして幼少期初めて出会って一目惚れした者として、やはり璃月の地であの石珀に触れてみたい。それに、璃月には様々な鉱石が見つけられると聞く。可能であれば、層岩巨淵にも行ってみたいし、沈玉の谷にある清水玉もこの手で採掘したい。璃月には鉱石商が数多くいるので、彼らと上手く契約を結べれば定期的に安く鉱石を手に入れることができるかもしれない……夢は膨らむばかりだ。
 わたしはうきうきとしながらやりたいことリストにチェックを入れた。旅行へ行く前に、友人たちに会いに行かねばならない。せっかく璃月まで行くのだ、彼らへの土産を持って帰国したいものである。

 ――出発は二週間後。どきどきわくわくの初めての璃月旅行が、始まる!

NoaNovel