わたしちゃんネットワーク!
この世は無情である。
成人を迎えた日に、わたしはこの世の残酷さを嫌というほど思い知った。将来への期待に満ちていた夢はいずれ訪れる未来の予感に死に絶え、そしてわたしにこの世の無常を教えたのである。
『これが、未来のあなたの姿です』
与えられているわたしの自室に居座っている半透明の人間たちは、皆わたし≠ニ同じ顔をしていた。年齢はばらばら、服装も様々なその人たちは、各々自由に過ごしながらも、しかし揃ってわたしのことをじっと見つめている。
――この世には、見えざるものが見える人間がいると言われている。例えばそれは幽霊であったり、運命の赤い糸であったり、人の言葉を色として認識することができたりと様々だ。彼らは共通して常人には見えない何かを視覚情報として認識することができ、常人にはない感性を有している。そういった人々の話は冒険者の話や物語の中で語られることがあり、しかし今までのわたしはそれらを話半分に流していた。一匙分の事実がそこにあったとして、その大半は嘘なのだと思っていたのである。わたしは「常人」に分類される何もない人間であり、彼らと同じ感覚を共有できない凡庸であったので、彼らの特殊な「感性」は幼いわたしにとっても信じ難いものであったのである。
嘘だと思っていた。この世に存在する訳がないと、そう思っていた。見えざるものの存在も、見えざるものが見える人間の存在も、あくまで膨れ上がった与太話の一部なのだと考えていたのだ。そんな特殊能力を有した人間と出会うことも、そんな人間の価値観を理解することも、平凡の中に生きていくわたしにとっては関係のない話だと思っていた。
そう、思っていたのだ。
『こんにちはわたし! 早速だけど、今日から始めよう、生存戦略!』
『司会と進行と助言は総じてこのわたしが努めさせていただきます、どうぞよろしく、わたし!』
――成人を迎えた日に、わたしはこの世の残酷さを嫌というほど思い知った。将来への期待に満ちていた幼心はいずれ訪れる未来の予感に死に絶え、そしてわたしにこの世の無常を教えたのである。
与えられているわたしの自室に居座っている半透明の人間たちは、皆わたし≠ニ同じ顔をしていた。年齢はばらばら、服装も様々なその人たちは、一つだけ共通しているものがあった。腹部に空いた大きな穴、首に広がる手の跡、頭部から流れたであろう多量の血液跡、そして――失われた手足。大小様々な「死因」を身体に残している彼らは、死んだ時の姿でわたしをにこやかに見つめていた。
この世は、あまりにも無情である。
部屋に帰ると、そこに居たのは、未来の自分の幽霊でした。
――こんな特別、知りたくなかった!
*
いっそ夢であればどれほど良かったことだろうか。
『まあ端的に言いますと、わたしたちは未来のあなた≠フ末路になります』
テーブルの向かいに座る、頭から血を流しているわたしがにこりと笑ってそう告げる。
夢であればよかったのに、残念ながらこの部屋に密集する異様な光景はわたしの幻覚などではないらしい。思う存分喚いて頬を抓って部屋を出入りしたわたしの混乱を他所に、わたしの未来であるというわたし≠ヘ冷静だった。怯えるわたしを前にして、わたし≠フ放った一言はあまりにも突飛で、残酷な、無常という他ない一言なのだった。
「まつ……末路?」
『はい。末路です。色々あって死んじゃったんですけど、やっぱり無念だったというか。そうしたら、なんかここにいまして』
「なんかここにいて」
『そうなんです。そして見ての通り、わたしたちは死んでいますから……要は幽霊ですね! わたし≠セけにしか見えない、未来を映した幽霊』
わたし≠ヘそう言うと、再びにっこりと笑った。血に塗れた顔が笑う光景は恐怖と形容するほかになくて、わたしは背筋がすっと冷えていく感覚を覚えた。今のわたしよりも少し背が高くて、成長しているわたし=Bこてり、と首を傾げた顔が、少し不満そうに唇を尖らせた。
『疑ってますね? まあ、その気持ちは分からないでもないですけど』
「こ、こんなのありえない……夢だ……」
『夢じゃないですよお。ほら見てください? 頭ぱか〜』
「うわあグロい! 透明でもグロい! 急にそういうのやめてもらえます!?」
わたしの絶叫に眼前のわたし≠ェころころとおかしそうに笑う。いやまったく笑えないが。突然見せられたモザイクなしの開頭R-18G展開には憤慨するばかりである。
すると、懐かしい〜だとか、いやあやっぱり自分家は最高だ〜だのと好き勝手していたわたし≠スちが、急に叫んだわたしに反応してなんだなんだとわたしを見つめてきた。同じ顔(死んだその時のままの青ざめた顔)が急にこちらを向く光景は並のホラーでは味わえない恐ろしい光景である。思わずひゅ、と恐ろしさで息を飲んだ。怖すぎる。恐怖に震えるわたしを他所に、わたし≠スちが眼前に座る頭がぱっくり割れたわたし≠フ傍に寄ってきて、楽しそうにわたしに死因を見せつけ始めた。
『あっ、わたしは胸をザクッといかれました! 見ちゃいけない現場を見ちゃったらしくて……』
『わたしはですね〜もう死ぬしかねえ! と思って自死しました〜。あのフォンテーヌにある監獄に一生閉じ込められることになって。あっ別に罪を犯したとかじゃなくて、監禁されたんですけど、これがもう大変で……』
『あの絶対安易な気持ちで契約しちゃダメですからね。いいですか。甘い言葉に誘われてホイホイ契約しちゃダメですよ。ちなみにわたしは契約違反で岩喰いされて死にました』
「怖い!!!!!!!!!!!」
上から、まるで昨日の晩御飯を語るような軽さで死因を述べる胸から多量の血を流して服を真っ赤に染め上げているわたし、言葉の重たさに反してからからと笑いながら首から血を流しているわたし、わたしの両肩に手を置き必死に訴えかける腹に大きな穴が空いているわたしである。見事にどれも立派な死体であった。
最悪である。こんな現実があっていいはずがない。だって、これらすべてがわたし≠フ未来だというのだから!
――彼らが言うには、今この場にいる数多のわたし≠スちは、いつか訪れる未来のわたしなのだという。分岐する未来の中、様々な要因を持ってして死を迎えたわたし≠スちが、何の因果かすべてが始まる前のわたしの部屋に集まった。
彼らは考えた。どうして自分たちが過去に集まったのか――そして、一つの結論を導き出した。今を生きるわたしに、志半ばで死んでしまった自分たちの無念を晴らしてもらいたいらしい。わたし≠スちの願いはただ一つ……平穏無事に生きて、老衰で死ぬこと。それを叶えるために、わたしに正しき道を指し示し導いてやりたいのだと、生気のない青ざめた血塗られた顔でわたし≠スちはにこやかに笑うのだった。
――あまりに無常が過ぎる。わたしの未来はこんなに血塗られたものばかりだと思うと、わたしに定められた運命の残酷さに咽び泣いてしまいそうだ。いや、実際今わたしは青ざめている。なんだったらどうしてわたしがこんな目に合わなければならないのかと理不尽に号哭していた。
こんなの嘘だ。信じられない。だが、こうも鮮烈かつ異様な光景を目の当たりにした時、ぞわぞわと心臓を握るような恐怖が足先から這い上がってくる。こんな未来が、わたしに訪れるかもしれない――
『まあそんなに悲観しないでくださいよ〜! こうならないためにわたしたちがいるんですから!』
『俺の屍を越えてゆけ〜! なんちゃって! ワハハ!』
『見てください、この手首の痕! 枷をずっと付けていたから消えなくなっちゃって〜』
「わたしって傍から見るとこんな馬鹿に見えてるのかな……」
『失礼な。わたしたちは同じなんですから間違いなくわたしたちはあなた≠ナすよ!』
ぷんぷんと怒っているのは一見何の外傷もないわたし≠ナある。頬を膨らませて、いかにも怒っていますといった態度でわたしにひぴんとたてた人差し指を突き付けている。このわたし≠ヘ一見今のわたしとは年齢も差程変わらないように見えるのだが、わたしはいつかこんな中身のない人間になってしまうのだろうか。わたしは黙りと口を噤んだ。これがわたしの未来だなんて、信じたくはない。色々な意味で。
「えっと……だから……あなたたちはわたしで、いずれ訪れるわたしの未来で……?」
『そう! よくわかってるじゃないですか』
「じゃあその……そこにある見ることも憚られるようなモザイク必須のグロ肉塊は……なんなんですかね……」
『ああ、あれは魔物に食い散らかされたわたしですね』
「魔物に食い散らかされたわたし!!!????!!!?」
先程から視界の端に映っていたグロテスクな産物をそっと指摘した時、にこりとわたし≠ェ爆弾発言を落としたのでわたしは目を剥いた。――わたし、魔物に食い殺される死に方もするのか! あまりに悲惨すぎる。一体わたしが何をしたというのか。きっとバルバトスさまはわたしを嫌っているに違いない。まあ固定の死因でないだけある意味自由な死に方なのかもしれないが、いやしかしそんな自由があってたまるか。最悪である。わたしはとうとう白目をむいた。
『あのわたしは悲惨でしたね〜! 実験から命からがら逃げ出すことができたかと思えば崖から落ちてお腹からぶすっと倒れた大木の先に刺さって、生きたまま……』
「あああああああいい聞きたくない知りたくない見たくない」
『もう、こんなので驚いてどうするんですか? 世の中には生きている方が地獄なこともあるんですよ』
幼い子供を叱るかのようにわたしに言い聞かせているのは、今のわたしよりも少し髪が長いわたし≠セった。白いワンピースに身を包んだわたし≠ヘ、つい、と右方を指差す。それにつられて指し示された方へ視線を向けると、わたしのベッドに横たわるわたし≠フ姿があった。光を失ったがらんどうの淀んだ暗い瞳は、ぴくりとも動かずぼうっと虚空を見つめている。投げ出された身体が身にまとっているのは身の丈には合わない大きなシャツ――恐らく男性のもので、はだけた素肌に点々と赤い痕が残されていた。今更それが何かなど言うまでもない、
思わず息を飲む。そして、背筋にぞぞぞと嫌な予感が走った。言葉を失い汗をかいたわたしの傍に、白いワンピースのわたし≠ェ身を寄せてきて、秘め事を話すかのようにそっと耳元で囁く。
『あれはね、四肢欠損薬漬け監禁調教すべてを乗り越えたわたしです』
「乗り越えられてないじゃん!! 終わっちゃってんじゃん!!!!」
終わっていた! 人生終了していた! 一体どのような生き方をしたらそんな姿にさせられてしまうというのか。何が恐ろしいかって、この四肢欠損人生終了来世にご期待ください状態のわたし≠ヘ、拷問などによってこのような姿になった訳ではないということだ。その身に残る情事痕がそれを明細に教えてくれる――どうやらこのわたし≠ヘ随分と|
――これが、わたし。わたしが辿るかもしれない未来の一片? 手足を失い、狂気的な状況の中で未来を失ったまま生かされ続ける、それがわたしの運命だとするなら、こんなに残酷なものはない。まるで、心臓を猫の舌で舐められているかのような気分だった! きっと今のわたし顔は、青ざめるを通り越して白くなっているに違いない。わたしは震えながら自分の手足を抱き締めて、横たわる手足のないわたし≠ゥら距離を取った。
「う、うそだ……信じない……わたしがこんな、こんなことになるなんて……し、信じないぞ……」
『まあ、現実逃避したくなるその気持ちも分かりますが。現実を見てもらわないと困ります。ほら、あそこを見て』
つんつん、とわたしの肩を叩き、そして白いワンピースのわたし≠ェ再び部屋の隅の方へ指を指した。つい、と向けられた指先の方を見やれば、数人のわたし≠スちが部屋の隅で固まって座り込んでいる。わたし≠ヘわたしににこりと笑うと、震えるわたしの手を取り、隅に固まるわたし≠スちの傍へと近寄った。至近距離で見るわたし≠スちは、能天気を通り越して馬鹿を晒しているわたし≠スちとはちがって、皆一様に暗い面持ちをしている。同じ空間を共有していると言うのに、そこにいるわたし≠スちを取り巻く雰囲気は陰鬱としていて、今にも暗黒面に堕ちてしまうのではと錯覚するほど、そんな危うい暗さを内包していた。
しい、とわたし≠ェ人差し指を口前に立ててよく耳を立てるように促す。わたしは口を噤んで、そっと彼らに耳を傾けた。すると、何か小さな声が聞こえてくる。暗い顔をしたわたし≠ェ、ぼそぼそと何かを呟いている。何かを、そう、それは――。
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』
『くつ……くつがない……くつが……わたしのくつ……』
『こわいよお……こわぃい……あ、うう……ゆる、ゆるして……ゆるし……』
「ワーーーーーーーーーーッッッッッッッッ!!!!」
この時のわたしの動きはきっと今までで一番早い逃避行動だった。瞬時に後退り、己に起きたであろう運命を悟って拒絶する。ちなみに上から膝を抱えて涙を流しがたがたと震えているわたし(全身は痣だらけで包帯があちこちに巻かれている)、両足がない虚ろな瞳をしたわたし(丸くなった足先を撫でている)、大泣きしながらがりがりと首を掻き毟り、ごつごつと頭を壁に打ち付けているわたし(目線がうろうろとあらぬ方を彷徨っていて明らかに様子がおかしい)である。
なんだこれは。なんなんだこれは! どうしてわたしの未来はこんなにも碌な目に合っていないのだろうか。こうして狂気に飲まれている眼前のわたし≠スちは同姓同名の別人なのだと言ってほしい。切実に。心からそう思う。絶えず涙を流し続けるわたし≠ノ、精神を壊してしまったわたし=A正気を失っているわたし=B地獄絵図である。鏡に映しているかのように同じ顔をした自分が悲惨な目に合っているのを見るのはなかなか精神が削れる。いくら今のわたしには関係のないものであるとしても、わたしが何かを間違えたら
とうとうわたしは号泣した。年甲斐もなく大号泣した。こんな未来嫌だ。すると、咽び泣くわたしの肩にぽんと手が乗せられて、その方を見やると聖母のように穏やかな微笑みを称えた白いワンピースのわたし≠ェ、くい、と親指で隅のわたし≠スちを指しながら告げた。
『ああなる未来もあります』
「ぜっだい゙い゙や゙だあ゙〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
嗚咽混じりの汚いわたしの絶叫が狭いわたしの部屋に響き渡る。『うわ鼻水きたな』どこからか聞こえてきたわたし≠フ引いた声に、わたしは必ずやそのわたし≠見つけて頬を殴り抜けると決めた。おーんおんおんおんおんとプクプク獣のような野太い鳴き声を上げながら(実はプクプク獣はあんなに可愛い見た目をしているのに結構声が太い)顔を覆ってこの世の無情さに絶望していると、わたしを哀れに思ったのか、胸から多量の出血をしているわたし≠ェ近寄ってきて慰めるように背を撫でた。
『大丈夫ですよ、まだこうなるまで半年くらいは猶予がありますから!』
「あ゙どだっだ半年で人生終わ゙る゙の゙や゙だあ゙あ゙あ゙あ゙」
逆効果である。元気づけようと放たれた慰めの言葉は逆にわたしの心臓を刺し、わたしの涙をより一層酷くさせた。おーんおんおんおんおんおん。すると、そんなわたしたちの様子を眺めていた別のわたし≠スちが外野からやいのやいのと胸ザクわたし≠囃し立てた。
『泣いちゃった』
『泣ーかせた泣ーかせた、先生に言っちゃお〜〜!』
『先生だけは本当にやめてください何も言わないでくださいわたしやっとのことで逃げ出してきたんです見つかったらもうわたし、わたし、わたし、あああああああああああああ』
『発狂した』
『連れて行け。あいつはもうダメです』
『発狂者は隅にポイしてくださ〜い。また尊いわたしの命が消えてしまったな……』
「こわい」
流れるように岩喰いをされたわたし≠ェ発狂し、謎のホイッスルを口にしたわたし≠ノがしりと両腕をホールドされて部屋の隅に形成された陰鬱空間に放り投げられた。岩喰いされたわたし≠ヘ正気を失ったわたし≠スち同様に何かをぶつぶつと呟き始めるので、あまりの恐ろしさにわたしの涙が止まった。こわい。
『大丈夫です、安心してください。地雷を踏まなければなんてことはありません』
「地雷って何意味わかんないどういうこと」
『地雷を踏んだらどうなるか地雷を踏んで監禁されたわたしが教えてあげましょう!』
「誰に!??? どうして???!」
『まあ監禁って言っても生涯陽の光を浴びられずベッドに寝たきりの生活でしたけど美味しいものは食べられましたよ。まあ色んな意味で病んじゃって死んじゃったんですけどね。アハハ!』
「笑えない笑えない笑えない」
『まだその監禁はマシな方では? わたしなんて快楽漬けアダルト本も真っ青な監禁で……』
「聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない」
どうして未来のわたし≠スちは口を開けば恐ろしいことばかりを言い出すのだろう。この世はあまりに無情である。というかわたしの未来は殺されるか監禁されるかの二択しかないのだろうか? 泣いた。
『まあ安心してください! そんな未来が来ないようにする為にわたし達がいるんです。すべてはわたしが老後までしっかり生き残る為! これぞ生存戦略!』
『こーんなにもバリエーション豊かな未来を経験したわたし達がいれば、そんな未来を回避することなんて御茶の子さいさいというワケです!』
「そ、そっか……! 同じ道を辿らなければいいんだ……! すごい安心感……!」
短髪のわたし≠ェ胸を張って告げた言葉に、まるで一寸先の闇に光明が差したかのような衝撃を受けた。そうだ、ここにいるわたし≠スちは選択を間違えて悲惨な目に遭ってしまったわたし≠フ成れの果てなのだ。つまり、わたし≠ェ選んでしまった間違いをわたしも同様に行いさえしなければ、わたしが同じ道を辿ることはない。必ずしも、彼らのように不幸な結末を迎えるわけではないのだ。これからのわたしの行動次第で、未来は如何様にも変えることができる。
ぱっと顔を明るくさせたわたしに、こくりと短髪のわたし≠ェ頷く。そして、ぴんと人差し指を立てて言い聞かせるようにわたしを見つめた。
『まずは璃月に行って公子さんを味方にしましょう。公子さんは戦いもできるしお金もあるので、何かあったらきっと助けてくれます!』
『は? タルタリヤはダメに決まってるでしょう。早死にしたいんですか? お前さてはわたしを殺す気ですね?』
「なんで意見が二分してるんですか?」
思わず敬語になったし、声も震えた。
『タルタリヤとかいう男のせいでわたしの人生滅茶苦茶になったんですよ! 地の果てまで追いかけてくるし!』『はあ〜〜ッ!? それはあなたが公子さんに失礼を働いたからでは〜!? 公子さんはわたしが鍾離さん率いる仙人たちに人生終了させられそうになってるところを助けてくれたんですけど! それにいつもご飯奢ってくれるし!』『なに餌付けされてるんですか!? 相手は所詮ファデュイだぞ! 目を覚ませ!』『そうやってファデュイ差別するのは良くないことだと思うんですけど〜! 差別反対! 公子最高! お前はクズ!』『は? 殺っちゃお』『お? 返り討ちにしてやる』
生存戦略会議一分と経たずに「最悪の未来を回避できる」という言葉を矛盾させられた挙句、目の前で愚かな取っ組み合いをし始めたのを見て、わたしは呆然としながら、「あ、わたしの人生終わったな」と思った。『まあ、同じわたし≠ニいえど辿ってきた何もかもが一緒というわけではないので……。行動によって対人関係が変わるのは当然ですよね』隣にいた白いワンピースのわたし≠ェ呟いた言葉に、わたしは絶望した。救いなんて最初からなかったのだ。たった一つの言動で未来が変わってしまうのならば、助言なんてあっても意味がない。例えるならば、そう、わたし≠スちは古い攻略本のようなものだ。知りたいのはそう≠オたらどう≠ネるか、という結果であるのに、わたし≠スちの持つ情報はそう≠オたらこう≠ネるかもしれないという不確定かつ不明瞭なもので、わたしの人生の命運を預けるには不安なものばかりだ。
こんな人生最低だ。結局、ここにあるのは遅いか早いかの違いだけで、いつかはわたしも同じ未来を辿ってしまうのではないのだろうか。そうして訪れるその薄暗い将来像に、震えることしかできないのなら、いっそもう一生部屋に閉じこもっていた方が安心に過ごせるのではないだろうか。
『無駄ですよ。家にいたって変わらない。三日後にわたしの家が燃えるのは確定事項なので、あなたはどう足掻いても資金繰りの為に冒険者教会に駆け込むことが決まっています』
「う、うそだ……詰んでる……」
『どう足掻いても監禁殺害精神崩壊のバッドエンド! わたしたちはたった一度も穏やかに死ねたことがありません!』
“わたし”はそうしてにこやかに笑う。残酷な未来のことを、努めて明るい様子で語る。
――この世には、見えざるものが見える人間がいると言われている。例えばそれは幽霊であったり、運命の赤い糸であったり、人の言葉を色として認識することができたりと様々だ。彼らは共通して常人には見えない何かを視覚情報として認識することができ、常人にはない感性を有している。
そして今、わたしの目の前にはいつかの未来で死んだという“わたし”がいる。それは見えざるものであり、わたし自身でもあった。いつかの未来の、成れの果て。いつか訪れる、わたしの未来の一端。
『わたしやあなただけではきっと乗り越えられない。けれど、あなたのいるこの世界だけはかつてのわたし£Bとは違う』
わたし≠フ丸い目がわたしを見つめている。眼前にいる顔から血を流したわたし≠ヘそうして微笑み、わたしにそっと手を差し出した。
『始めましょう、生存戦略を。そして探すんです。異邦よりこの世界にやってきた、わたしたちの運命を握る旅人≠』
そうして、わたし≠ヘ高らかに告げる。
わたしにとってのハッピーエンドを掴むための、運命の言葉を。
『生存戦略、しましょうか』
*
家が燃えた。
「わたしの家がァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
『だから言ったじゃないですか、三日後に家が燃えるって……。ちゃんと人の話を聞かないからそうなるんですよ』
「いやだって信じられるわけなくない!? あんなのわたしを焚き付ける嘘だと思うじゃん!! ァッアッ……わたしの、わたしの貯金がァ……!」
『ああ、無常。この世界のわたしもわたし同様冒険者教会に駆け込む羽目になるんですね……』
――こうして、わたしは並行する未来世界に生きていた数多のわたし≠助言者にして、老衰による幸せな死を迎えるための旅に出ることになったのだった。
しかし、このときのわたしはまだ知らなかった――旅人を探して三千里、訪れた国にてことごとく旅人とは出会えないことを! そして旅人が右へ左へあらゆる国に移動するので、追いかけるわたしの旅路も過酷なものになるということを!
そしてわたしはいずれ知ることになる――わたし≠ェ出会い、そして人生を終了することになった原因である人々の恐ろしさを、そしてその強烈な人間性を――。
そして、人間どころか人外(仙人や神など)までもを落とすわたしの恐ろしい手腕を――。
家が燃えて貯金ゼロになったことに咽び泣いている今のわたしは、まだ何も知らない。
そう、まだ何も知らないのであった……。