あの秋の柔らかい予感・下


お昼に入った動物園内のレストラン。お腹やら胸やらがいっぱいだったので『あまり食べられないかもしれない』と伝えたら、『残したら俺が食べる』と言ってくれた。でも注文したナポリタンはとても美味しくて、意外とぺろりといけてしまった。『体は正直だな』とか言われて本当にこの人はもうやめてほしいと憤慨したが睨んでみても笑われたし、『だから逆効果だっつったろィ』と付け足される始末だった。

『ここもお前が払うんで?』
『はい』
『律儀なこって』

彼には振り回されてばかりな気がするけど、本来の目的は忘れるまじとキリリとした顔でお会計をした。

お店を出て、再び順路通りに園内を回る。『ふれあいコーナー』にポニーがたくさんいて、何故か沖田さんの周りにたくさん集まってきたのが可愛くて携帯で写真を撮った。説明書きには全員女の子だとあったので妙に納得してしまった。

『沖田さんかっこいいから、動物が近寄ってきますね』
『調教されたい本能が疼いて仕方ねェんだろ』

彼はまた変なことを言うし無表情だけど、ほれほれ、とポニーちゃんたちに餌のリンゴをやっていたのでそれなりに楽しんでくれているかもしれないと安心した。やけに遠いところにリンゴを投げてそこまで走らせるのはいかがなものかとは思ったけど。

サル山でも餌やりをした。彼はとてもコントロールが良くて、狙ったお猿さんが次々と片手でパシッと餌を受け取る様子は見てて爽快だった。ヒラヒラ、と、拍手の意味を込めて顔の前で手を振る。

名字もやってみろ、と言うので一つ貰って、岩山の陰に隠れた赤ちゃんのお猿さんを狙って投げた。全然思っていたのと違う方向に飛んで、ガタイのいいボス猿さんに横取りされてしまった。

『ヘタクソ。もっと肘上げろ』
『こう?』
『いや、こう』

後ろに回られて、右腕の肘のあたりを支えられる。彼は左腕をフェンスについたので、包み込まれるような形になってしまった。急に頭の中が火照り始める。彼の体温を背中に感じてしまって、そわそわする。読唇をしたい、けど、振り向いたらすぐ後ろに彼の顔がある気がする。

『で、ーーーーーー。あ、顔見えねーか』

彼がスッと離れた。ほ、と息をついて初めて、自分が軽く呼吸を止めていたことに気づいた。私の読唇のことを気遣ってくれて嬉しいはずなのに、緊張が変に長引いててお礼の言葉も喉につっかえて出てこない。支えられていた右の腕が熱い。

今日は本当に、変に心臓がうるさい。沖田さんはあそこまで密着しても平気なのだろうか。異性慣れしていない自分にとっては凶器にも思えるような距離感だった。

その後、沖田さんが横から教えてくれたおかげでチビちゃんにはなんとか一粒届けられた。

『食い意地張ってんだから運動くらいできねーとどんどん肥えるぜぃ、あのボス猿みてーに』
『うるさいです』

次何かひどいことを言われたら絶対に反撃しようと思っていたので、がっしりした背中の左上あたりをグーで小突いてみた。沖田さんは『ぐえ』みたいなことを言って、わざとらしくよろめいた。

思わず声を出して笑ってしまった。

『お、やっと笑った』

咄嗟に口元を隠す。お店に二回目に来てくれたとき。屯所で土方さんと言い争いをしていたとき。そして今。これまで何度沖田さんの前で声を出してしまっただろうか。彼といると錠が外れたみたいに感情が表に出てしまう。閉じていた扉が開くかのように気持ちが外に流れ出てしまう。喉の奥に押さえつけていた声と一緒に。まるで彼にこの音が届けと願うかのように。

跳ね回る感情を、理性をフル回転させて落ち着かせ、指を動かす。

『ご、ごめんなさい、いつも』
『何が』
『私の声、変じゃないですか』
『んなこと思ったことねェ。むしろ、』

思ったことない、と即座に言い放った彼に少しの驚きと、一拍遅れてやってきた安堵。そしてなぜか胸がぎゅっと締め付けられる心地がした。

『……、むしろ、俺はお前の食欲のほうがよっぽど心配』

意地悪がいつになく若干歯切れが悪いことを不思議に思いつつも、体に残ったあたたかい心地に身を任せて彼の横を歩いた。何ニヤニヤしてんでィ、と言われた。

上空では、薄い巻雲が織りたての絹のようにたゆたっている。柔らかい秋の匂いを、肺いっぱいに吸い込んでみた。

2021.8.31




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