句読点がきらきら輝く


働きもしなければ家族サービスもしない父親なんて家に必要ないアル、なんて言われても、テメーらの親父になった覚えはない、と反撃する気力も体力もない。世間は夏休みらしいが、年中夏休みの万事屋にとってはただ暑いだけの変わらない日常だ。二人が暇だからどこか連れてけと言っているのは明らかだった。

朝からギャーギャーギャーギャーうるさいものだから、観念してババアに暇つぶしになりそうな場所はないかと聞くと、谷中に行けと言われた。

新八を乗せたスクーターと神楽を乗せた定春の二両編成で約四半刻かかって辿り着いた笠森神社の夏祭りは、人と熱気で溢れかえっていた。

「あぢーよ…なあ、もう帰ろうぜ…」
「来たばっかりで何言ってるんですか。せっかくだから楽しみましょうよ」
「そうネ、帰ったところで電源の入らない扇風機しかないんだから暑さは大して変わらないアル。あッ、銀ちゃん!新八!あれ美味そうネ!」

神楽の指差す先にあった屋台は、鎰屋、と書かれたのぼりが立っていた。

怪力に腕を引っ張られながら屋台に近づくと、前の客の手元に目がいった。舟皿に小さな風船のようなものが乗っており、楊枝でそれが割られると、音にするならプルンとかいいながら透明な団子みたいなのが出てきた。思わずおおっ、と漏らした声が三人分揃ってしまう。黒蜜ときなこはセルフでかけ放題らしく、なるほど美味そうだ。

「わあ、夏っぽくて素敵ですね。えーっと、…水信玄餅って言うんだ」

屋台の中には年の頃が俺と同じくらいの男と、一回りくらい若そうな売り子の女がいた。黄色の浴衣がハマっている。とんぼ玉って言うんだっけ、帯留めの真ん中の飾りは透明で、それこそ水信玄餅みたいだった。

「ねーさん、水資源ごみ三つちょーだいネ!」
「神楽ちゃん!!みず・しんげん・もち!!」

神楽の最悪すぎる言い間違いに旦那の方はわっはっは、と高笑いしたが、女の方はあまりツボじゃなかったようで、曖昧に微笑んだ。

「んな金あるわけねーだろ。ねーちゃん、一つでいい」
「エ〜」
「エ〜じゃない!」

俺の注文にこくりと頷いた女が用意しようと体を動かしたが、すぐに手を止めてこちらを見た。

「これでも我慢したアルよ、本当は五つ食べたかったネ!」
「三つって三人分じゃなくてお前一人で食べるつもりだったんかい!」
「私と定春の分ヨ。お前らがスクーターで優雅に移動してる中、私たちは汗水垂らして駆け抜けてきたアル!お前らより多く食べる権利があるネ!」
「汗水垂らして駆け抜けたのは定春だけだろ!!」

何も言わず俺と神楽を交互に見つめる女。やけに無口だ。そういえばいらっしゃいませとかも言わなかったな。別に接客に関するそういうのをいちいち気にするタチではないが。

新八が横から肘でつついてきた。

「銀さん、見過ぎです。夏祭りでナンパはベタすぎて今時少女漫画のネタにもなりませんよ」
「ちげーよ、こーゆー清純派美人はどっちかっつーとお前のタイプだろ。違くてさ、なんか、こう、め〜っちゃ見てくるよね、と思って…」

銀さんドキドキしちゃう、なんてひとりごつその間も、こちらの顔にしっかり目を据えてくる彼女。

と、俺の視線にハッとし、すみません、とでも言うように何度も頭を下げた。

神楽と勝手に交渉成立したらしい旦那に餅二つ分の金を渋々払う。そして注文の品を用意し始めた彼らのコミュニケーション方法を見て、ようやく違和感の正体に気づいた。

くるくると動く手先と表情。声を一切出さずに伝達し合うのを見れば、なるほど、彼女は耳が聞こえていないのだ、と合点した。

「そういうことか…」
「おおお、かっけー!銀ちゃん、あれ何アルか?」
「手話だな。なーんだ、新手の逆ナンかと思ったのによォ」
「おかしな期待はよしてください。ていうか、手話ってすごいですね!僕、テレビでしか見たことないですよ!」

手で話し終えた二人はにこやかに水餅を渡してきた。二つ分しか払っていないのに、四つも。ひとつだけ味付けはしてないから、走ってきてくれたワンちゃんにあげて、とのことだった。

「私もしゅわ、やりたいアル!ねーちゃん、教えてヨ!」



◇◇



名前と名乗った団子屋の娘は、神楽の押せ押せにより早めに屋台を閉めた。仲良くしてやって、と快く送り出した店主に手を振り、人混みを避け近くの河原まで移動し、あれやこれやと話しかけるガキ共に小さなメモ帳を使いながら手話を教えていた。

「名前は声が出ないアルか?」
「神楽ちゃん、」
『大丈夫』

裏も悪意も無いのを感じ取っているのだろう、神楽のストレートな質問にも名前は嫌な顔ひとつしなかった。

「あッ、『大丈夫』ネ!もう覚えたアル!」

ゆるく笑ってメモに切り替える。

『多分、喋れないこともないんですけど、喋らないようにしてます』
「なんでェ?」
『私の声、変らしいんです。聞こえないから自分じゃ分からないんですけどね』
「そういえば、あの…どうやって僕たちの言ってることが分かるんですか?」
『今は完全に耳が機能してませんが、生まれてからしばらくは聞こえていたので日本語の文法とかは問題なくて。会話では基本的には唇の動きと表情から読み取ってます。あとは勘です』

名前は幼い頃突然聞こえなくなったらしいが、先天的な聴覚障害をもち、かつ手話しか使わない人々の中には、聞こえる人々の使う日本語の文法が分からない人もいるらしい。彼女が紙で丁寧に説明した聾の世界は、全く想像したことのなかったものだった。恐らくわざと説明を省いているのであろうこれまでの苦労や努力などは、計り知れない。

ただ、手話がとても好きなことはそれこそ表情でよく分かった。それに興味を示す俺らの存在を喜んでいることも。

「ふぅん。よくわかんねーけど、筆談はエリザベスとキャラ被りするから、手話だけにした方がいいぜ」

エリザベスって誰?キャラ被り?顔に疑問がありありと出ていて面白い。

「そーそー。没個性はこの世界じゃ命取りアル。新八が八位死守するのにどんだけ体張ってると思ってるネ!」
「誰が没個性だ!!」
「手話キャラにすれば、私と名前で次の人気投票ワンツーフィニッシュ間違いないアル!」
「何ちゃっかり一位取ろうとしてんだ!そこは銀さんの席だ!絶対譲んねーかんな!!」

名前は少しポカンとした後、今日一番の笑顔になった。細い指がゆっくり動く。

「なになに?今、くらい、会う…?人、全員…あ、優しい…?」
「『最近会う人みんな優しい』ってことですか?…あ、合ってるみたいですよ!」

別に障がいがあるから特別優しくしてやろうなんて、神楽も新八も俺も思っちゃいない。恐らくその「みんな」に入っているどっかの誰かも、同情で関わっているわけじゃないだろう。ただ名前に伝えたいことがあって、名前に伝えてほしいことがあるだけだ。

彼女に倣って、えーと、と声に出しながら手を動かして、覚えたての単語を並べた。

『みんなお前と喋りたいだけの馬鹿だよ』




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