知性の煙と悪行もどき


笠森神社の納涼祭から二ヶ月ほど経った。あれだけ猛威を奮っていた太陽も今は西の空に遠慮がちに輝くばかりで、吹く風は役目を終えかけた木の葉の香りを運んでくる。秋の始まりだ。

鎰屋に、お茶請け用の和菓子の注文が入った。書簡の送り主を確認すると、「真選組」の墨字。『上客向けかつ庶民っぽい味のものをお願いします』という一見矛盾した概要欄の文章に店長と二人首を捻った。まずはいくつか試してもらったほうがいいと結論を出し、新作の栗おはぎも含めた何種類かを包んで彼らの元へ出向いた。店長にはお店番をしてもらった。





『その わ わざわざすまねー 俺は... あー 茶菓子なんてべつんなんでもいーと言ったんだが』

見張りの人に案外されたのはとても広い和室で、床脇の立派な調度品や質の良い畳が、ここがお侍さんたちの暮らす場所なのだということを強く感じさせた。刀を自身の右側に置いた土方さんと改めて自己紹介をし、彼が副局長という立場らしいと知ってさらに背筋が伸びた。

もごもごと口を動かす土方さんは、読み間違いでなければ、総悟が鎰屋のが美味いって言うから、と続けたと思う。

土方さんは、パトカーで初めて会った時もそうだったけど、失聴者の私とどうやって話せばいいか分からず緊張しているように見えた。こちらも彼のオーラと眼光にはそれなりに萎縮しているのだが、彼の生活における「イレギュラー」は私なので、私がなるべく冷静にしてなきゃ、と思った。

大体読み取れるので心地よい話し方で構わない、と書いた紙を渡すと、彼はふう、と煙草の煙を吐いた。少しだけ眉間の皺と視線の鋭さが薄くなった。

『あいつはよく来るのか』
『沖田さんのことですか?』

彼はこく、と頷いた。そういえば沖田さんとは手話をたくさん覚えてもらったあの日以来会っていない。忙しいのかもしれない。

『最近は見ませんけど、たまにいらっしゃってました』
『はあ… 迷惑かけたな』
『そんなことはないですよ。いつも私に筆談してくれて、この前は手話も覚えてくれて、とても優しいです』

どーだか、とでも言うように片眉を上げた土方さん。

『真選組のみなさんはお優しいんですね』
『何見てんなこと言ってんら 優しいあつなんか一人もいねーよ』

そんなことはない。ふるふると首を振る。だって、

『パトカーで私を送ってくださったあの日の煙草が、今日土方さんからする煙草の香りよりいい香りだったのは、雨の日で少し湿気ていたからですよね』
『…』
『それなのに土方さん、つけ始めの美味しい煙草を捨てられても新しいのも出さず私のために窓を開けっ放しにして、左袖がびしょ濡れになってました』

だから優しいと思ったんです。と書き加えると、彼は頭の後ろをボリボリとかいた。夏祭りで出会った万事屋の坂田さんの仕草と似ている。

『目と鼻が効きすぎるんじゃねーか。下手な監察よりよっぽど仕事できそうだな』

ようやくしっかり目が合った。『うちで働くか?』の一言に、冗談っぽいことも言うのか、と思わず笑みをこぼす。彼も少しだけ口角を上げ、柔らかい表情になった。

瞬間、ドゴォッ!!と何かが爆発したかのような振動と同時に、土方さんの頭後ろすれすれをものすごいスピードで通り抜けた大きな黒い塊。左側の壁に大きく穴が空き、壁だったものの破片が飛び散った。

舞い上がった埃やら塵やらを払いつつ右を仰ぐと、重厚な鉄の筒のようなものを抱えた沖田さんが廊下にいた。相変わらず無表情だった。

『真っ昼間からとん所でなんぱとはいただけませんね、土方さん』
『お前な ところ構わずぶっ放すなっただろうが!!あとなんぱじゃねぇ!!』

開いた口が塞がらない。

聞こえていた時を含めても経験したことのない、"耳をつんざくような"大きな衝撃の余韻。突拍子もないことしかしない沖田さん。いつも通りの喧嘩を繰り広げる二人。

びっくりした以上に、可笑しくて仕方なかった。お腹にふつふつと湧き上がる愉快さ。喉を絞るのも限界になり、気がついたら声を出して笑っていた。


◇◇


まだ土方さんにお菓子の説明もしていなかったのに、沖田さんに引っ張られてあれよあれよという間に帰ることになってしまった。

遠くの空に早くなった日没を感じながら、鎰屋までの道のりを二人で歩く。どうやら送ってくれるらしい。お店の外で一緒にいるのは初めてだった。

『さっきの黒いものは何だったんですか?』
『おまえ んな事も知らねーのかい、ばずーかでさ。今時の警察官のいつういんでい、暗殺対象がいつ現れるか分かんねーからな』

『いつういん』は『必需品』だろうか。『暗殺』の部分で、彼は頭に拳銃を当てる仕草をした。土方さんが対象ってことなのかな。

『びっくりするからやめてください。お菓子も崩れちゃったかもしれないし』
『土方はどーでもいいんかい』

随分と私の手話の読み取りが板についた沖田さんが、ジト目でこちらを見てきた。だって、土方さんはあれを避けられない人ではないと思うし、もし沖田さんが本気で土方さんを殺そうなんて思っていたら、あの時私は笑えていない。そう伝えると、彼はふーん、とだけこぼした。

人の表情というのは口ほどに物を言う。沖田さんの感情の起伏の少ない顔にも、ちょっとずつ違いがあることは先日たくさんお喋りしたときに分かった。

『沖田さん、二ヶ月ぶりですね』
『そういやしばらく団子食ってねーな くそ副長がみさかなく仕事押し付けてくるせーで』

やっぱり忙しかったんだ。サボるサボらないの切り替えのスイッチはいったいどこにあるのだろう。面白い人だ。

『また来てくださいね』
『…まあ、気が向いたら 行ってやらないこともない』

無表情。でも、穏やかな顔。

上空に浮かぶ橙色の薄雲が、秋風に揺られてかたちを変えている。一人だった行きではそれなりに長く感じた、真選組の屯所と鎰屋を結ぶいちょうの並木道。車道側の彼と手話をしながら歩く時間は、とても早く過ぎていった。




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