じゅわりと匂い立つは


真選組に茶菓子を届けたあの日から半月ほど経った頃。吹きつける冷たい風から逃れるように訪れるお客さんのため、店では熱いお茶を出すようになっていた。

朝から途絶えない客足にレジと縁台と厨房を行ったり来たりしていると、沖田さんが暖簾をくぐった。「気が向いた」のだろうか。ひとりでに口角が上がる。彼は袴に二藍色の着物姿だった。

『今日はお休みですか?』

ショーケースまで寄ってきた彼にそう聞くと、ん、と頷いた。少しドキリとしたのは、隊服以外の装いは初めて見たからだと思う。

『いつもより客入ってんじゃねーか』
『そうなんです。寒いからですかね』
『地道に宣伝活動してる俺のお陰だろい』
『ふふ いつもありがとうございます』

先日の真選組からのお茶菓子の依頼は、土方さんがつぶやいていた通り沖田さんがうちのを勧めてくれた影響らしく、どなたかは教えてもらえなかったが『上客』と呼ばれるお客様にも喜んでもらえたらしかった。

『今日は何にしますか?』

沖田さんは、手話で八、とやってきた。ずんだだ。今朝枝豆をたくさんすり潰してしまい大量に在庫があるので、よかった。何故そんなに作ったのかと店長に聞かれて、自分でもよく分からなかったのが不思議だったけど。

厨房で淹れたての熱いお茶を魔法瓶に注いでから戻ると、既に団子は沖田さんの胃の中だった。

彼にお茶のおかわりをし、新しいお客さんに対応するため中に戻ろうとすると、着物の袖口をちょい、と引っ張られた。

『腹減りやせん?』





急な誘いに考える隙も着替える時間も与えられず、気づくといつもの着物に襷をかけたまま餃子屋さんのカウンター席に座っている。

『おっちゃん これ二つ あ ひとつ飯大盛りで』

メニューに大きく書かれた「餃子定食」を指差して沖田さんが注文した。「ここは最近仕事中見つけた」「美味いから安心しろ」と言われたが問題はそこじゃない。

たしかにお腹は空いてたから、質問には頷いたけど、沖田さんはお団子食べたばっかりなのに。それに、

『急になんなんですか。私はお休みじゃないです』

結構混んでるって話したばっかりだったし。抗議の意を込めた視線を送ったのに、すごく楽しそうにニヤリとされた。

『がはは、いってらっしゃい』と送り出してくれた店長に、後でちゃんと謝らないと…。

ゴーイングマイウェイな沖田さんはともかく、運ばれてきたお店の一押しである定食はとても美味しそうだった。綺麗な焼き目のついた餃子が五つ、つやつやと輝いている。一つ一つがとても大きくて、直径でいえば開いた手のひらの横幅くらい。横には透き通った飴色の中華スープと、小皿の漬物、湯気の立つ白いご飯。

外で一緒にご飯を食べているなんて、不思議な感覚だ。沖田さんが餃子を熱がりながら一口で食べるところが、なんか年相応の男の子っぽくて、けど箸使いがとても綺麗で。普段あまり見ない姿だけについ見すぎてしまわないようにするのが大変だった。

『意外とくーんだな。名字も大盛りが良かったか』
『だ、大丈夫です』
『デブって手話でどうやんの?』
『教えません』

自分も沖田さんにも負けない勢いでぺろりと平らげてしまって、仮にも女なのだからもうちょっと少食な振りでもするべきだっただろうかと恥ずかしくなった。また楽しそうな顔でニヤリとされて、耳のあたりが熱くなった。

『あれ、そーいちろうくん。え、名前も』

店に入ってきたのは、夏ぶりの万事屋の坂田さんだった。彼が私の左隣に座ると、二人に挟まれる形になった。「そーいちろうくん」って、沖田さんのことかな。様子からして見知った仲らしい。

『-----。今日も景気悪そうですねィ』
『-----って金回すんだから立派に経-----』
『-----言って、またツケなんでしょう』

右、左、右、と首を動かすも、ちょっとラリーが速くてあまり読み取れない。見かねた坂田さんが、あ、そっか、とゆっくり話し始めた。

『ていうか、何?チミたち知り合いだったの?』
『そりゃこっちの台詞でさぁ』
『俺らはまー、こないだの祭りでひと夏の思い出をね。あ、名前、浴衣可愛かったよ。うんうん』
『ありがとうございます』
『その手話、「ありがとう」でしょ。覚えた覚えた』

坂田さんは口が立つのでお世辞かもしれないけど、褒められて少し照れた。『どういたしましてはどーやんの?』と聞いてきた坂田さんに、『特に決まった表現はないですが、例えば…』と返答していると、右の沖田さんに後ろにくくった髪をつん、と引っ張られた。

『わ』

ちょっとびっくりした。彼を仰ぐと眉をひそめてあまり見たことのないような顔をしている。

『なんですか、もう』
『ひと夏の思い出ね…。名字が未成年って知ってやすか、旦那』
『い、いやいや冗談!冗談だから!!未成年は知らなかったけど捕まるようなことはしてねーよ!!その顔ヤメロ!!怖い!!』





騒がしい坂田さんとお別れして、お店までの道を沖田さんと歩く。今日も送ってくれるんですか、と聞いたら、屯所までの通り道なだけでい、と言われた。彼はやっぱり車道側を歩いている。

『沖田さん』

目だけで「何?」と言ってきた彼に、小さい紙を渡す。

『これ、私のメールアドレスです。ご飯ならちゃんとお互い休みの日に行きましょう』
『携帯持ってたのかよ』
『通話はできませんが…安全のために』
『なら迷惑メール送ってやらァ』

黒い携帯を取り出してその場で私のアドレスを登録した沖田さんから、さっそくメールが届いた。

『デブ』

したり顔の彼に嫌な予感はしていたが思ったより率直な内容だった。腹いせに、自分より少し上にある赤い瞳を睨みつける。

『迷惑です』
『迷惑メールだからな。何でいその顔、ガンつけてるつもりかい』

うん、と頷いたけど、「逆効果だから男にはやらない方がいいぜ」と言われた。どういう意味だろうか。ふい、と前を向かれてしまったので、何を考えているか分からない。

少し後ろから見ても、二藍色の着物はやっぱり似合っている。襦袢もしっかり着用している。お昼の食べ方を見たときも思ったけど、彼はやっぱり育ちがよさそうだ。どんな人と暮らしていたのだろう。どうして真選組に入ったのだろう。

そう考えると知らないことだらけだから、今度こそちゃんとお話したいなあと思った。

2021.8.1.




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