SPIRIT WORLD
好機

「クソ…この人がいると何も出来ない…」

 あたしを此処に残した事を何やら後悔しているように呟く由暗君。今更かよ。
 未だにうつ伏せている彼の背中の上に乗って拘束しているあたしを起き上がって突き飛ばそうと何度も試しているが上手くいかず苛々している。決してあたしが重い所為ではありませんよ、平均体重です。…多分。

「させないに決まってんじゃん、儀式とか意味わかんないし。ねえ、もう諦めたら?」

「ハッ…説得するつもりですか?僕はあなたには決して屈しません。僕の望みを叶える為にも」

「うん、厨二くさい事言ってるのも充分痛いんだけどね、この体勢じゃ微塵も格好付かないと思うよ」

「う、煩い!だったら退け!」

「無〜理〜」

 どうやらあたしには知らない内に無理壁が憑いていた模様。うざい顔をしながら言うと由暗君のこめかみに青筋が立っていた。

「チッ…こうなれば致し方ない」

「何が?」

 何かを決めたような由暗君の言葉を聞き返す。何かするつもりかと警戒すると、由暗君は振り返りあたしを見上げた。その垂れ目がちな黒い目と目が合った瞬間、一瞬見開かれた彼の目が赤く染まりゾッと寒気がしたと同時に物凄い耳鳴りと頭痛がした。

「!?う…っ!」

 吐き気がする程の耳鳴りが頭に響いて拘束していた力が抜けると、その隙を突いて起き上がった由暗君に突き飛ばされ後ろへと座り込む。耳や頭を抑えるが一向に止まない耳鳴りに眉根が寄り、何をしたと由暗君を見ると彼はゆっくり立ち上がり先程よりやや疲れた顔をしてあたしを見下ろす。

「術を使ったんです、あなたから逃れる為だけにね。迷ったんですよ?術を少しでも使うと霊力が減り回復するのに時間が掛かる為本当は使いたくなかったんですが、あなたも中々意固地でしたから…こうするしか拘束を解けなかった」

 由暗君はにたりと笑うと蹲るあたしを通り過ぎて教室の後ろへと向かう。

「ま、待って…!」

「その術はもう少し効きますから、あなたが動けない今の内に儀式をしたいんでね。残りの霊力を全て使う形になりますが仕方ありません」

 早く済ませたいので、と振り返って微笑みながら言う彼にあたしはゾッとした。この目は本気でしようとしている。
 このまま好きなようにさせたら、儀式ってやつが何か知らないけどこれからさせたら、もう誰も助けられないと考えが脳内を急速に回る。

「っ、これ以上勝手な事すると本当に後戻り出来ないよ!」

「それでいいんです」

「ナニと何の契約を結んでこの世界創ったか知らないけど、話聞く限りでは今まで殆ど由暗君の思うままに何でも出来たんでしょ?でも代償が由暗君の命だけって少な過ぎるんじゃないの?絶対嵌められてるんだって!」

「心配いりません。この世界を創る上での代償は僕の命だけではなく、儀式を終えたら僕がもらう彼らの能力以外で何か大切な物をこの世界に遺していく事ですから。例えばそうですね…楽しかった記憶とか」

 淡々とした口調で話す由暗君は教室の後ろに着くと置いてあった大きな葉や札など確認をする。恐らく儀式で使う物だと思う。

「あともう一つ」

「っ…何?」

「僕の両親の力も借りていますから」

 何それ、どういう意味?力借りるって…と言葉に詰まっていると、由暗君は笑いながら答えた。

「死んだ両親の骨をね、一部使ってるんですよ。霊力残ってたから、二人の高質な霊力は充分代償を支払えるから」

 亡くなった両親の骨を使った?骨に霊力残るとか何、と非現実的な話に唖然としたがはっきり言える事が一つある。

「…親不孝者」

「…何?」

「バチ当たるよ。親の骨をそんなつまらない野望の為に使うなんて、頭可笑しいんじゃないの」

 由暗君は振り返りあたしをとても冷たい目で見下す。

「僕は両親が大好きだ。尊敬もしていた。また両親も僕を愛してくれていた。そんな相思相愛の家族で困っている僕を両親が見捨てる筈はないし、寧ろ喜んでいると思うよ?両親を亡くし生き甲斐をなくした僕が新しい希望を見付けたんだから」

「親に直接聞いたの?」

 耳鳴りなんてどっかに消えたように感じた。吐き気や頭痛も治ってはいないのに気にならない程、あたしは怒っている。腸が煮え繰り返りそうだ。
 自然に声のトーンが下がりあたしがそう聞くと、ピクリと反応した。

「いえ。死んでいますからね」

「じゃあ思い込みでしょ。親が喜んでるなんて所詮あんたがいいように考えただけで事実ではない。きっと勝手に使うなって怒ってるよ」

「何がわかるんですか?あなたは僕達家族の事を知らないでしょう?何をわかった口利いてるんですか」

「わかった口利いてんのはどっちだよ」

 あたしは重い体を持ち上げ立ち上がった。
 教室の一番後ろでこちらを睨み据える由暗君と向き合うように立ち、あたしも負けじと睨み返す。

「あんたが言う家族の絆が本物ならね、自分の息子が死ぬ程危険な遊びに手出してんのに怒らないわけないでしょうが!!」

 頭の血管が数本切れた気がする。それ程あたしは頭にきてる。ぐっと爪が食い込む程拳を握る。

「こんな世界創って勝手な事して欲しいわけない!普通に生きて欲しいに決まってんじゃん!自分達の子どもが人様まで巻き込んで他人の力もらって偽りの自分作って生きて欲しいなんて思わない!!」

 由暗君が忌々しそうに顔を歪め、あたしは大きく息を吸った。

「絶対に!!」

 そう言い切ったと同時にあたしの周りで風が起こった。

「な…っ!?」

 由暗君が吃驚したように声を上げ、あたしも吃驚していると両肩に何かが触れた。
 右側を振り返るとそこには薄く見える骸骨。

「ひいいぃぃぃ!?」

 左にも同じように骸骨がいて、二体の骸骨はあたしの肩に手を添えるように骨だけの手を乗せていた。
 調子のいい事ばっかり暴言と共に吐いていたから呪われた?と涙目で由暗君を見るが目を見開いて喫驚の面持ち。あれ?あの子の力じゃないの?

 あの子を…

「え!?」

 あの子を止めてあげて…

 喋ったああああああ!?ってか、え!?あの子を止めてって、由暗君の事だよね!?何であたし骸骨にそんな事頼まれてんの!?
 止まない風は由暗君の所まで吹いており、札や葉っぱが教室内で入り乱れる。由暗君が突然の出来事に狼狽して動けないのを他所に、骸骨二体は尚もあたしに訴え続ける。

 あの子を…

 あの子を止めてあげて…

「わかったから!リピートしなくていいから!!やるから怖いからあああああ!!」

 半べそかいて止めると約束すると骸骨はそっと手を下ろし宙に浮く。後ろを向いて一歩後退りながら見ていると、二体の骸骨が一瞬だけ人に変わった。

 男性と女性。物静かそうな二人は安心したように微笑んでいて、一瞬が過ぎると音もなく消えていった。

「お、お母さ…お父さん…」

「は!?」

 後ろで由暗君が瞠目しながら呟いているのを聞き取った。あれご両親!?骨だったのってもしかして骨の一部使ったから!?
 っていうか、“止めてあげて”って言ってたから由暗君を助けてって意味だよね。ひのちゃんと同じ気持ちって事だよね。あたしがさっき力説した事間違ってなかったって事だよね。
 …セーフ!!間違ってたら恥かいていた!!セーフ!!

 未だ起き続ける風に結んだ髪が弄ばれるように暴れている中で、この風どうしたらいいんだと考えていると、由暗君がブツブツ何かを言っているのが聞こえてまた振り向き向かい合うように立った。

「僕は…僕は間違ってるの…?僕は、」

 由暗君にも両親の声は届いてたのか、頭を抱えブツブツと復唱し続ける彼を見て、やっと少しだけ心が動き始めたかと思った。そして同時に、今が説得の絶好のチャンスと思った。

 でも隙だらけの彼を見て、今の内に体育館にいるみんなの所に帰りたいとも思った。事実を知られてマコマコはああ言ってくれたけど他の四人の考えはわからない。体育館に戻ってるならきっとあたしの事はみんなに話したはず。合わせる顔がないのはないのだが、でもみんなに会いたかった。

「!?う、わぁ!!」

 急に教室全体が揺れ始めた。近くの教卓に掴まってバランスを取るが由暗君は座り込んで頭を抱えている。
 そして突如教室の中心に大きな穴が出現した。マコマコ達が落ちたのと似ている。
 由暗君を見るが彼が出現させたようには思えなかった。あたしは此処に入ればみんなの所に行けるんじゃないかと直感した。このタイミングで出たんだもん、いけるよ。でも何かの罠で違う所に出たり最悪消滅したりしないか怖い。

 穴を見つめているとみんなの顔がチラついた。よし、此処は勇気を振り絞って賭けてみよう。みんなの所に行けるようにって念じるんだ。
 考えるな感じろ!!よくある台詞!!
 女は度胸!!これはちょっと違うけどいい台詞!!

「由暗君!」

 あたしは風の抵抗を受けながら穴を避けるように教室の端を通って由暗君に近付き、座り込む彼の腕を引いて立たせた。その目は混乱しているように色をなくし始めている。

「あたしはみんな助けるって言った!みんな助けるにはみんなの所に行かなくちゃ駄目な気がするから!カモン!!」

 言うや否や、あたしは由暗君の手を引いて穴に飛び込む。

「I can do it!!」

 言葉に出した方が叶う気がするから言ってみたら発音上手くいってちょっと嬉しくなった。
 そしてあたし達は暗闇に吸い込まれるように落ちていった。










【今吉side】

「じゃあ早速行くか」

 そらさん救出の為にチームを作った。ワシ、根武谷、春日、黄瀬、宮地でまず行く事になったから、ワシらは準備をして出入り口に向かう。

「今吉さん!」

「何や?桃井」

「そらさんを、お願いします…」

 駆け寄ってきた桃井に頭を下げられる。ワシは思わずフッと笑いながら、その桃色の頭に軽く手を乗せた。

「任しときぃ」

 そう答えると安心したように笑った。あの話聞いてもコイツは全く心揺るがんだな。めっちゃそらさん好きなんやろうなァ。

 そう思いながらバットを持って出て行こうとすると、何かが落ちる音が聞こえた。
 ワシら五人とみんなが音のした方に顔を向けると、そこには男女二人の姿。

「いったー…ケツ打った…って、重い由暗君!」

 今から探しに行こうとしとったそらさんやった。しかもまたケツ言うたであの人。
 もう一人男がおってそらさんの上に着地しとるけど、話聞いてないみたいに反応がない。目は開いてんのにブツブツ何か言うとる。
 そらさんは男、由暗って事は創造者の無月を押し退けて立ち上がり、周りに集まってきたみんなを見て表情が固くなる。

「あ、えっと…ごめん、戻ってきた」

 頭を掻きながら苦笑してそう言ったそらさんは、居心地悪そうにしつつも嬉しそうに見えた。

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