SPIRIT WORLD
帰着

 光りが止んで目を開けると、そこには黒い靄は消え去り刀を胸に刺した由暗君。床に座り込みダランと垂れた腕と頭。マコマコとにじむーは両サイドに座り込んでおり、みんなは上がった息を整えている。
 あたしはいつの間にか手を離して立ち尽くしており、ひのちゃんは座り込んで刀を握ったままでゆっくりとそれを抜いた。
 やはり血は出ないが、代わりに金の粒子がそこから溢れ出した。

「…影葉」

「はい」

 ひのちゃんは刀を影君に返す。影君は鞘にしまい直し、ひのちゃんの後方で片膝ついて見守る。

「ぼ、くは…」

「由暗」

 顔を上げた由暗君は元の黒色に戻った瞳から涙を流していた。
 ひのちゃんは向き合っていた体を近付け、ゆっくりとした動作で由暗君を抱き締めた。

「あたしがいるよ?由暗は一人じゃないから…あたしがずっと、一緒にいるから…大好きな由暗と一緒に、いたいから」

 子どもに言い聞かせるように優しくゆっくり言葉を紡ぐひのちゃん。いつの間にか彼女も泣いていて、二人はお互いに涙を流す。
 由暗君は恐る恐るひのちゃんの背中に腕を回し、しっかりと抱き締め返した。

「僕を、許して…」

「うん…大好き、由暗」

「陽葉…!」

 綺麗だと思った。由暗君から溢れる金色の粒子が一層二人の儚さを演出しているみたいで、二人の想い合う心も全部が綺麗だった。

「皆さんも、どうか…どうか由暗を…」

「ごめんなさい…っ」

 顔を上げた二人にみんな文句を言いたいはずなのに言えないみたいだ。もう文句なんてものがないかもしれないけど。さっき散々言ってたし。

「前を向けそうか?」

「うん…!」

「もう間違えんなよ」

「ありがとう…」

 赤君やにじむーの言葉に何度も頷いた由暗君はあたしを見上げた。

「助けてあげるって言ったけど、こんなやり方でしか出来なくてごめん。この世界に縛り付けない事が二人を助ける事かなって思ったんだ。だから、ごめん」

「謝らないで…ありがとうございました。案内人さん…そらさん」

「そらさん、ありがとうございました…っ」

「成仏してね」

「「はい…!」」

 二人は今までで一番の笑顔を浮かべると抱き合い支え合いながら金の粒子となって空中に解けるように消えていった。

「終わった、のか?」

 スーさんがそう呟いた瞬間、地響きが起こる。

「何だ!?」

「空間が崩れる!」

 空間が歪み始めた。創造者の由暗君とひのちゃんが消えたからこの空間が消える。

「脱出方法は!?」

「そらさん!」

「わ、わかんない…何処にもそれっぽいものが視えない!」

 立っていられず座り込むと、近くにいたヨッシーが支えてくれる。
 取り乱しちゃ駄目だってわかってるけど、どうしたらいいかわからない。

「皆さん落ち着いて下さい」

 そこへ凛とした声が聞こえる。その声は影君のもので、彼はまだ此処に残っていた。

「影葉君!何で、」

「言ったでしょう。主人の肉体は仮死状態にあると。主人は彼と成仏しましたが、体は空間を跨いでいるので死んだ事を自覚していないんです。だから今ならまだ力が残っています。先程そらさんが戦ってくれたお陰で、結果として僕は温存出来ました」

 リコぴんの言葉に小さく微笑んだ影君は鞘に収めた刀を抜いて、これまた子どもとは思えない剣術捌きでその場に人一人が通れるくらいの大きさの長方形に空間へ斬り込みを入れる。

「此処にあなた方の世界へ通じる通路を作りました。此処から戻って下さい。何も失うものはなく、ちゃんと帰れます」

 脱出方法を作ってくれた影君。みんなは安堵したように笑ったが、ふとあたしを見て表情を固くする。

「そらさんは、」

「…ごめん、あたしは一緒じゃないんだ」

 コボちゃんの言葉にあたしは苦笑しながらみんなに向き直る。早くしないと空間が崩れるから、なるべく簡潔に。

「ごめんね、ずっと黙ってて。マコマコ達から聞いてるよね?本当はあたしの口から言うべきだったんだけど、あたしなりに考えて事実は言わなかった。気持ち悪かったよね、嫌な気持ちにさせてごめんなさい。でも、あたしはみんなを一人の人間として大好きです。今までは紙や画面越しだったけど、此処にきて君達みんなあたしと同じように一生懸命生きてるんだなって思うと、守りたくなった。あんまり出来なかったけど、守らせてくれてありがとう。守ってくれてありがとう。みんなの事は忘れない。違う世界でもお互いに前を向いて生きてこうね!あたしを仲間に入れてくれてありがとう」

 そこまで一気に話すと、あたしはみんなの背中を押して通路へ促す。

「ま、待って!私達にも言いたい事いっぱいあるんです!!」

「そうですよ!私達だってお礼とか言いたい!!」

「自分だけ言ってサヨナラかよ!?」

 みんなが口々に言いたい事を言う。でもごめん。あたしで時間取っちゃったから意見表明の場は設けられません。

「そらさんとまだ話したい事が、」

「生きて!」

 あたしは一度顔をうつむかせて、再度上げる。今まで堪えていた涙が遂に溢れた。
 それでもいい、脱出出来るんだから今なら泣いていい。少しだけだから。

「生きてればまた会えるって!今みたいに話も出来るし触る事も出来る!だから生きてまた会お!これ以上みんなといると、涙…止まんないから…っ!狡くてごめんだけど、これ以上情けない姿見せたくないから…!あたしの言葉だけで、許して…!」

 ボロボロ溢れる涙は止まらない。みんな瞠目している間に、影君に目配せをして手伝ってもらい、みんなを順に通路へ押し込んだ。

「そら!!」

「そらさん!!」

 通路に入ると溶けるように消えていく。力が強い彼らも地響きが鳴り空間が歪む此処ではバランスが上手く取れず、押されるままに通路へ飛び込んでいった。
 数人あたしの腕を掴んで引きずり込もうとした奴がいたが、全部影君と振り払った。許せ。

「そらさん」

「!!」

 全員押し込んだかと思っていたが、彼を忘れていた。赤君はいつの間にかあたしの背後へ立っていて振り向くと同時に強く抱き締められた。

「あっ、ああああ赤君!?」

「自分だけ言いたい放題言った罰です。約束して下さい。またオレ達と必ず会うと」

 耳元で囁くようにそう言った赤君は、抱き締めていた体を離すとあたしの流れる涙を軽く拭い、小さく笑って離れていった。温もりが離れて更に涙が溢れたのは言うまでもない。

「っ、みんな大好きだバカヤロー!!」

 塞がっていく通路に向かって叫んだ。多分聞こえてないと思うけど、この気持ちをどうにか吐き出したくて叫んだ。
 影君は別の場所にまた通路を作ると、あたしを誘導した。涙を拭って影君を見つめる。

「影君は?」

「僕ももう直ぐ消えます。この空間には取り残されないので安心して下さい」

「そっか…色々ありがとう」

「こちらこそ、皆さんも主人も助けてくれてありがとうございました」

 薄れていく影君に笑い掛けたあたしはそっと頭を撫でた。

「ひのちゃんの所にちゃんと戻れますように」

 そう言ってから手を離すと影君は少し吃驚していたが、嬉しそうに破顔した。年相応の顔だった。

「またね」

「ええ、また」

 そう言葉を残してあたしは通路へ飛び込んだ。ぐらぐら揺れる感覚に目を閉じ、流れに身を任せた。










 目を覚ますと、そこは自分の見慣れた部屋の天井だった。数回瞬きをしてベッドから起き上がる。服は部屋着のスウェット。部屋は朝日に照らされていて、カーテンの開いた窓の外は快晴。まだ朝の六時で、清々しい空気が外に立ち込めているのが見ていてわかる。

 凄く長い夢を見ていた気がする、なんて、よくある風に言ってみた。勿論よく覚えている。あの世界で過ごした時間は忘れたくても忘れられないんだろうなと思った。

 携帯に表示されている日付けだと今日は土曜日で休みなので、仕事がなくてよかった。あの世界に行く前の夜は金曜だったから、一晩寝ていた間に起こった事だと理解した。それにしてもあの世界で過ごした時間は長かったから、空間のズレとか色々あって時間に差があるんだろうなと納得した。

 両腕を見てみると、テーピングの端が少し捲れた状態の湿布。あたしが最初にリコぴんに手当てをしてもらったやつ。
 指には絆創膏。たっちゃんに貼ってもらっておまけにおまじないとやらのキスを頂いた素敵な治療跡である。

 あたしは立ち上がりタンスを開けた。ジャージなど運動スタイル一式が入っている所には、下の長ジャージだけがなかった。やっぱりね、さっちゃんに履かせたまんまだったもんね。
 あたしは小さく笑うと窓に歩み寄り、窓を開け放つ。思った通りの清々しい冷たい空気が部屋に入り込んできて、ゆっくり深呼吸をする。

 すると、冷たい物が頬を伝った。
 触ってみると濡れていて、あたしは知らない内に泣いていたらしい。

「…く、う…っ」

 自覚するとどんどん溢れてきて前が見えなくなった。どれだけ袖で拭っても止まらない涙。寂しい、辛い、会いたい。

 胸を締め付けるこの苦しさから逃れようにも、ただ涙を流すだけでどうする事も出来なかった。

41/45
←|→

BACK/TOP
ALICE+