INFINITY WORLD
あたしと赤君邸

「美味し〜」

「それはよかったです」

 別宅に到着後、二階の客室に通されたがまたその広さに驚いたのは言うまでもない。何でも揃ってるからどっかのホテルかと思った。ちなみに赤君の隣の部屋です。
 荷物を整理していると夕食を使用人さんが作ってくれたようで、通された広いリビングで赤君と二人で食事をする。赤君は制服から部屋着のラフな格好に着替えているが、何を着ても似合うなこのイケメン。

 赤君の学校や部活の話、あたしのバイトや都内のみんなの話を互いにして談笑しながら楽しく食事の時間を過ごす。
 ご飯は勿論美味しい。京野菜使った料理とか湯豆腐もある。今日いる使用人さんは年配の女性で朗らかな笑みを浮かべている優しそうな人だ。違う作業をしていて今はこの場にいない。

「あ、そういえばさ。赤君のご飯っていつも使用人さんが作ってるの?」

「そうですね」

「そっかー。あのさ、泊めてもらったお礼であたしがいる間ご飯作ったり出来ないかなーって思ったんだけど…駄目?」

「え?」

「だって今日とかアポなしに泊まらせてもらってるし。あ、手土産渡すの忘れてた。あとで渡すね。で、何かお礼がしたくて」

 食事がもう少しで終わる頃思い出したようにあたしが話し出すと赤君は目を瞬かせて少し驚いていた。

「別にお礼なんていりませんよ。そらさんにとって折角の旅行ですし」

「あたしがしたいんだ。勝手にキッチン使われるの嫌かなって」

「オレは構いませんが…」

「じゃあ使用人さんは?」

「気にするような方ではないので大丈夫だと思います」

 赤君はあたしに気を遣ってくれているんだけど、あたしとしては何か出来ないかなって思うのね、やっぱり。聞くと大丈夫だとは言うが、キッチンがテリトリーと言う人もいるので丁度戻ってきた使用人さんに直接確認する。

「私は構いませんよ」

「お仕事取っちゃいますけど」

「坊ちゃんがいいなら」

 坊ちゃんって呼ばれてんのね。まあそれは置いといて…。
 ニコニコと笑って気にしないとは言うが、使用人さんは雇われている身なので赤君にそっと視線を向け、あたしも後を追うように見つめると彼は苦笑した。

「そらさんがいいなら」

「やった!ありがとう赤君。使用人さんもありがとうございます」

「いえ。私は寧ろ申し訳ないくらいです」

 いい人だ。赤君は使用さんと土曜と日曜の勤務を調整している。あたしが朝食から作るので勤務の入り時間をずらしているんだと思う。

「我が儘聞いてくれてありがとね」

「いえ。そらさんの手料理は食べたかったので」

 都内の子らはみんな食べに来る事を話していたので、赤君も何だかんだ仲間外れみたいで嫌だったのかな。可愛い奴め。そういやあっちゃんも食べたい食べたい連呼してたな。

「明日の朝は何がいい?」

「お任せします」

「オッケー、楽しみにしてて!普通のご飯しか作れないけど」

 そんな話で食事は終わり、入浴を促される。片付けを申し出るが断られたので、明日からは後片付けもやる事を取り付けて入浴の準備をしに部屋に戻る。

「赤君。ごめんね忘れてて。数日間お世話になりますー」

「ご丁寧にどうも」

 隣の赤君の部屋をノックして、出てきた赤君にあまり甘ったるくないお菓子の詰め合わせを深々頭を下げて渡すと、クスクス笑いながら受け取ってくれた。
 その時丁度使用人さんが定時で仕事を上がると言いに来て、そのまま帰って行った。

「風呂は沸いているのでお先にどうぞ」

「いや、赤君のが疲れてるでしょ。先に入ってきてよ」

「でも、」

「あたし荷物の整理したいんだ。駄目?」

 そこまで言うと赤君は素直に聞き入れてくれて先に入りに行った。気にせずゆっくり入ってきてねと声かけを忘れずに。
 だって部活でヘトヘトなのに可哀想じゃん。あたしだったら直ぐに入りたいもの。大丈夫!覗かないよ。覗いたら報復が待ってるのが目に見えてるもん。

 部屋に戻ると荷物の整理、と見せ掛けて終わっているからふかふかベッドにダイブ。お風呂に入る前で申し訳ないけどやりたかった。
 そこでゴロゴロしながら携帯をいじっていると、何だかんだ疲れていたのか段々睡魔が襲ってきて暫くすると携帯片手に寝てしまっていた。










 ポタッ

 不意に頬に冷たい何かが当たるのに気付いて、ピクリと瞼を震わせいつの間にか閉じていた目を開ける。するとそこには人の顔があった。

「ひっ!?」

「起きましたか?」

 赤髪赤目のイケメンは間違いなく赤君で、仰向けにぐでっと寝ていたあたしに上半身だけ覆い被さるようにして見下ろす赤君に小さな悲鳴が出たのは仕方ない。
 赤君はそんなあたしを見て小さく笑うと体を離した。その際にまた頬に冷たい何かが当たって、赤君の髪から滴った雫だと気付くのに時間は掛からなかった。

「吃驚した…起こすなら普通に起こして欲しかった…」

「フッ…すみません。風呂、先にありがとうございました。入ってきて下さい」

 吃驚したのと至近距離だったので未だ大きく脈打つ心臓を押さえながら起き上がると、赤君は可笑しそうに笑って肩に掛けていたタオルで頭を拭いている。
 あたしはそれを見て赤君の手からタオルを奪うと彼を押してベッドに腰掛けさせた。

「?」

「拭いてやんよ〜」

 あたしは赤君の後ろにベッドに立て膝着き、タオルで優しく拭き取っていく。幼い頃に母親を亡くした彼にはこういった家族からの愛情ある行為が必要だと思うのね。あたしは家族でも母親でもないが。漫画読んでた時から思ってた事。
 シャンプーの香りが鼻を掠める。ドライヤーが欲しかったけど髪質傷めない為にタオルで気長にやる事に決め、軽く首とかもマッサージするように髪を乾かしていると赤君は目を閉じて気持ちよさそうにしていた。猫みたいで可愛い。

「赤君はさ」

「はい」

「もっと周りを頼ってもいいと思うよ?あるあるの話になるけど、人って頑張れって言ったり頑張り過ぎって言ったり矛盾が多いけどさ、その時その時で調節しながらやってくしかないと思うんだ。でね、あたしから見て赤君はいつでも頑張り過ぎだと思うから、もっと我が儘言っていいと思う」

 頭にタオルを被せ頭皮をマッサージするように軽く揉み、ずっと思っていた事を話す。時に人は応援したくても追い詰める言葉を掛けてしまう。人間は色々難しい。
 勿論赤君だけではなく他の子にも言える事だけど、他の子は声を掛けると弱音や本音を吐いてくれるし、こんなあたしでも頼ってくれる。

 でも赤君はそうしない。誰にでもだ。

「あの世界にいた時はあたしにいっぱい頼ってくれたじゃん?あたしが案内人だったからだけど、あれ嬉しかったんだよね。みんなから頼られて必要とされるのが。自分の存在を認めてくれたみたいでさ」

 髪が乾き始めたのを確認し、毛先の水分を摘んでタオルに吸収しながら話を続ける。

「あたしは赤君からもっと我が儘聞きたいなー。撫でて欲しかったら撫でるし、ご飯作って欲しかったら作るし、マッサージして欲しかったらするし。今でもめっちゃ肩とか首凝ってるしね〜」

 赤君は一言も喋らない。寝ているかと思ったがうつらうつらしていないので、寝てはいないみたいだ。

「あたしは今の幸せをくれるみんなに出来る事をしたい。みんなが幸せになれるなら、あたしは何でもしてあげたいと思ってる。峰さんとか灰君が言う下世話な事以外は」

 大事な事なので最後に付け加えた。前に電話で冗談だろうけど何でもするならヤらせろとほざいた灰君に汚い暴言吐いて電話を切った事は記憶に新しい。

「だから赤君も弱音とか本音とかあったら言ってもいいんだよ。全然悪い事じゃないんだよ。あたしとか一応お姉さんなんだから聞いてやろうぞ?例えばさ、弱音吐く事が弱いんじゃなくてそれから目を背けて隠し通す事が自分を追い詰めちゃう事もあるんだからさ」

 あ、何言ってんのかわかんなくなってきた。そう思いながら髪は若干しっとり濡れてはいるが乾いてきたとタオルと持ち替え、再度頭に被せて全体をわしわし拭いていると、赤君からやっと反応があった。

 振り返った彼とタオルの隙間から一瞬目が合った。その目は少し揺らいでいてあたしの動きも一瞬止まる。すると、その隙に赤君は体を半分後ろに向け膝立ちするあたしに抱き着いた。
 貧相な胸元に顔を埋めて背中に回した腕でぎゅうっと抱き着いてくる。…まさかこうくるとは。

「…そらさんの気持ちはよく伝わりました」

「あ、そう?よかった」

「早速ですが、お願いしてもいいですか」

「いいですよ」

 頭に乗ったままのタオル越しに頭をポンポン撫でる。

「少しこのままでいさせて下さい。あわよくば、抱き締め返してもらえると嬉しいです」

 その言葉にあたしは自然と笑みが溢れ、「勿論ですとも」と返すと頭を抱きかかえるように優しく抱き締め返した。よしよし。

「そういう事だよ」

「…そういう事ですね」

 些細な甘えからでいいから、この子にはもっと甘えというものを味わわせてあげたいなと思った。ただごめんね赤君。さっちゃんやアレクさんみたいなたわわな胸元ではなくて心地よさはないだろうに。

 赤君はあたしがやや遠い目をしながら抱き締めていた事を知らない。

 暫く抱き締めた後に体を離されたので、最後に髪の乾き具合を確認して終了。少しだけ表情が緩んでいる様子を見て、少しでもあたしの思いが伝わったのならよかったと思った。

 その後広い浴室で(入浴剤も入れてくれてあったので流石だ)入浴を済ませ、部屋に戻ると赤君がいて次はあたしの髪を乾かしてくれると言う。髪が長いのでドライヤーでお願いすると快く引き受けてくれて、ウフフウフフとのほほんと過ごした。

「そらさん」

「んー?」

「お願いがあるんですけど」

「なにー?」

 髪の毛が乾かし終わり、あまりの心地よさに眠たくて間延びした返事を返していると、赤君からのお願いが。振り返るとふわりと微笑んで赤君が答える。

「一緒に寝てくれませんか」

「え」

「勿論疚しい事は一切しません。一緒に横で寝てくれるだけでいいんです」

「…え」

 ナンデスト?

「そらさんに先程抱き締めてもらって、少し母を思い出しました。いつもは全然気にしないんですが、今は少し寂しいので是非。…甘えてもいいんですよね?」

 あ、そうなっちゃいます?
 あれ、あたしが言い方間違えてたの?あの話の意味ちゃんと伝わってるよね?赤君理解してるよね?
 あれ、あたしが間違えてるの?

「そらさん」

「あ、うん。いいけど、寝相で蹴飛ばしても知らないよ?」

「寝相が悪くない事は前に電話で聞きましたから大丈夫です」

 こうして赤君のベッドにお邪魔して二人並んで寝る事になりました。赤君の隣とか緊張して口から心臓や諸々の臓器が飛び出してきそうだ。
 あたし寝れるのこれ。そう思って反対向いてきつく目を閉じていると(絶対面白がって)後ろから抱き締められてしまい、更に緊張が高まったのは言うまでもなかろう。

 そんな中でも明日赤君は部活なので、ちゃんと起床時間と朝食出来上がり希望時間を聞いて携帯の目覚ましをセットした自分を褒めてやりたい。

 でも図々しいあたしはこんな状況でも眠たくはなるもので、ウトウトし始めた時にクルッと反転させられ正面から抱きすくめられた時には、やっぱりあたしがあんな事を言ったのが間違いだったのだろうかと本気で悩んだ。

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