INFINITY WORLD
あたしの異変

 血ガ 欲シイ





 何?誰か喋ってる?





 血ガ 欲シイ





 あたしの?貧血になるからやだ。





 血ガ 欲シイイイイイィィィイ!!





「っわあ!!?」

 叫ぶような声に飛び上がって上半身を起こす。上がる息を整えながらバクバクと煩い心臓を押さえる。額がスゥッと涼しくなる感覚がして、額に冷や汗をかいている事に気付いた。

「何、今の…」

 落ち着いてきたのもありゆっくりと深呼吸をする。夢、なんだよね、多分。覚えているのは声だけで映像は見ていない。
 時計を見ると5時。昨日ちーちゃんに送ってもらって寝たのが夜中の1時。たったの四時間しか寝ていない。

「何か心なしか体が怠い気が…」

 …あ。下っ腹が痛重い。何か出そう。これは月一のアレだ。ごめん出そうって下品だったね。
 慌ててトイレに行くと丁度生理になったとことろで安堵した。セーフ。

「あー…頭痛い気持ち悪いお腹痛い…」

 生理になったと自覚するや否や段々と症状が悪化していく。早々に薬を水多めで飲んで布団を被り体を冷やさないようにする。
 いつも重いので対処には慣れている。が、落ち着くまでの我慢が苦痛だ。

「今日バイトだ…それまでに治れ〜治れ〜」

 念じながらお腹をサスサスと摩る。一日目辛い。来る予感はあったけど、京都でならなくてよかったよ。

 血ガ 欲シイ

「え!?」

 夢の中で聞いた声が聞こえた気がして慌てて辺りを見渡すが何もいない。
 すると、一気に体の血が引いていき頭から冷えていく感覚がして吐き気を催す。貧血だああああ。
 慌ててトイレに駆け込み胃の中の物を吐き出す。だが薬と水程度しかなく、薬勿体ないなと呑気に思った。

「うー…」

 あまりの辛さに涙が滲む。こういう時に誰かいて欲しいって本当思う。血がドッと出る感覚もして、あたしこのまま死ぬんじゃね、と思った。

 血ガ 欲シイ

 また聞こえた気がしてこれちょっと生理とは違う意味でヤバいかもと思い、首に下げているお守りを握った。










【相田side】

 昨晩京都から帰ってきたとLINKでそらさんから連絡が入った。先日近所の人に新じゃがいもや新玉ねぎなどの野菜をもらいパパにそらさんへお裾分けしてあげたらと言われていた為、その際に今朝の登校前に持って行きたい事を伝え許可を得た。そして7時半の今、彼女の家に向かっている。
 今日は朝からバイトらしく、今の時間ならいつも起きているとの事。マンションの前に着くとインターホンを鳴らす。

「…あれ?」

 出ない。起きているはずだけど、もしかして寝坊かしら。私は首を傾げてもう一度インターホンを押しながら、同時に電話を掛けるがどちらも応答なし。寝坊だとしてこのまま寝ていてはバイトに遅刻するのではと思っていると、背後から声を掛けられた。

「あら、そらちゃんのお友達よね!おはよう」

「あ、管理人さん。おはようございます!」

「よくそらちゃんの家は美男美女のお友達が出入りするから覚えたのよね。そらちゃんに用事?」

「はい。お届け物があって寄ったんですけど、寝てるみたいで応答がないんです」

 話し掛けてきたのはこのマンションの管理人さん。五十代の方だ。美女だなんて…って違う違う。よく出入りするあたし達とも顔見知りでそらさんもよく立ち話するらしく仲がいいのを知っている。
 バイトがあるはずで寝坊するかも、と話を続けるとそれは大変だと言いマンションの中へ入れてくれた。

「そらちゃんの部屋の鍵開けてあげるから起こしてあげて!」

「ありがとうございます!助かります」

 思わぬ展開に安心して管理人さんについて行く。エレベーターに乗って一緒に部屋へ向かうと、まず玄関のチャイムを鳴らす。しかしやはり応答がないので管理人さんは持ってきた鍵で開ける。

「そらちゃーん!勝手に開けちゃってごめんねー!起きてるー?おはよー!」

「お邪魔しまーす」

 管理人さんはドアを開けて自由な感じでその場で呼び掛ける。私は悪いと思いながらも一言掛けてから靴を脱いで上がる。

「そらさーん?まだ寝て、」

 持ってきた野菜の入った袋をキッチンへ置かせてもらい、テレビも電気も点いていないリビングを通り寝室へ声を掛けに行こうとすると、目の端に何かが映り見下ろした先にそらさんが体を丸めてうつ伏せに倒れていた。

「っ!?そらさん!!」

 サァッと血が引いていく感覚がして、青ざめた私は叫ぶようにしてそらさんの元へしゃがみ込む。

「何!?どうかしたの!?」

 私の悲鳴にも似た声を聞いた管理人さんは慌てて中へ入ってきて、そらさんに呼び掛ける私を見て同じように青ざめた。

「な、そらちゃん!しっかりして!きゅ、救急車!!」

 持っていた携帯で震える手を動かし電話をしようとする管理人さんへ、急にそらさんは手を伸ばし腕を掴んだ。

「ひっ!?」

「そらさん!?」

「う…で、電話待って…」

 そらさんは顔を少し上げた。急な事に驚いた管理人さんは小さく声を上げる。
 その顔は真っ青で冷や汗と思われるが額に髪が貼り付き、少しホラーだ。

「せ、生理痛なので救急車はいいです…」

「あ、え、生理?あ、確かいつも重いって言ってたものね」

 管理人さんは納得したのか少し落ち着いて携帯を持つ手を下ろした。生理痛でここまでゾンビみたいな事になる人を初めて見た。何せよ、今日来てよかった。このまま放っておいたら大変だったかもしれない。

「リコぴん…」

「あ、何ですか?そらさん」

「携帯部屋なんだけど持ってきてくんない…?」

「はいっ」

 恐らくバイト先に連絡ね。私は急いで部屋に取りに行くとそらさんの元に戻り手渡す。そらさんは管理人さんによって冷たい床からソファーへ移動してもらい、手近にあったブランケットを掛けられていた。
 そらさんはプルプル震える手で履歴から番号を出すと電話をする。

『そらちゃん?おはよう』

「あ、ひのちゃんパパ?おはよーございます…っ、ちょっとヤバいかも…」

『え?……何か聞こえるねェ』

 バイト先に電話かと思ったが電話の相手は有白さんのお父さん、私は有白パパさんと呼んでいる。そらさん共々私達もお世話になっているが、何故そこに?と私が首を傾げていると、電話口で神妙な声が漏れて聞こえる。

『京都にでも行ってたのかな?』

「イエッサー…」

『はぁ…厄介だね。今から迎えに行くから支度して待っていなさい』

「はぁい…」

 そう言って切ったそらさんに私と管理人さんは話の流れがわからず困惑する。
 そらさんは続いて電話を掛け、次はバイト先の店長さんのようだ。

「すみません…体調不良で。はい…大丈夫です。もし治って行けそうだったら連絡します…ありがとうございます…はい」

 いくつかのやり取りをしてから電話を切ったそらさんは、青い顔を上げて管理人さんを見た。

「高橋さん、お騒がせしてすみません…」

「いいのよ、気にしないで。大丈夫?」

「はい、知り合いの産婦人科のお医者さんが来てくれるそうなので…もう大丈夫です」

「そう、それならよかった。何かあったら言ってね?じゃあ私はこれで」

「ありがとうございました」

 管理人さんは高橋さんと言うらしい。安堵したように微笑んだ管理人さんは立ち上がり帰ろうとする。

「あの、ありがとうございました!」

「いいのよ!タイミングがよかったわね」

 私もお礼を言うとグッと親指を立てて笑顔を向けられた。そのまま帰られるのを見送り、私はそらさんを見る。

「さっきの電話って…」

「うん…もしかしたら京都からナニか連れてきたかもしんない…」

 簡単に言うと生理は本当らしく症状も重い。それに加え姿は視えないがずっと何かの声が聞こえていて、それがどうも宜しくない感じで症状を悪化させているような気がするとの事で、有白家に連絡をした様子。

「ごめんね、リコぴん。朝から騒がせて…来てくれて助かった。気持ち悪くて動けなくてさ…」

「いえ。でも本当に来てよかったです。あ、野菜キッチンに勝手に置いちゃってたんだ。冷蔵庫の物は入れておきますね」

「ありがと…」

 青い顔は治らず言葉の覇気も足りない。そんな彼女を心配しながら冷蔵庫に入れる物は入れて、他は常温野菜専用のケースに入れて整理する。

「薬は飲みましたか?」

「飲んだんだけど吐いちゃって…でもちょっと成分取り込んでると思うからあと四時間経つまで怖くて飲めない…」

「そうですか…あ、お水は?」

「飲むー」

 浄水を蛇口から出してコップに注ぎ渡す。ゆっくり飲む様子を眺めてチラッと時計を確認するともう直ぐ8時だ。そろそろ学校に行かないと間に合わないけど、こんな彼女を放って置けない。

「あ、リコぴん学校、」

「大丈夫です。そらさんの迎えが来るまでいます。ちょっとくらい遅刻しても平気ですよ」

「…ごめんね」

 申し訳なさそうなそらさんに微笑み返す。本当はついて行きたいけど出来る事はないだろうし、下手にそらさんに心配させる事になるから我慢だ。

「…うっ」

 口元を押さえたそらさんに気付き、私は慌てて袋を持ってくるとその口元に宛てがう。先程飲んだ水を吐き出すように嘔吐し苦しさに涙ぐむ彼女の背中を摩った。辛いだろうな、早くよくなってほしい。

 血ガ 欲シイ

「え、」

 何か、聞こえた?私は吃驚して顔を上げ辺りを見渡すが何もいない。
 そらさんを見ると同じように辺りを見渡しているが、目付きは何かを探すかのように鋭い。

「い、今の…」

「え、聞こえた?」

 ずっと持っていたのかタオルで口元を拭いながらそらさんは吃驚したように目を見開く。するとインターホンが鳴り、私が出るとモニターには有白パパさん。服装はいつもの袴ではなく目立たないようにか普通だった。

『そらちゃん、迎えに来たけど降りてこられる?』

「あ、あの、ちょっとそらさん動けないみたいなんですけど」

『おや?この声はリコちゃんかな?わかった。中に入れてくれるかな』

「はい!」

 ロックを解除して開けると急いで中に入る様子が見られ、暫くして玄関のチャイムが鳴る。私がドアを開けると軽く挨拶をして部屋の中に入った。

「おやおや…これはまた」

 ソファーにぐったり横たわるそらさんを一瞥し、その近くに視線を向けた有白パパさんは眉間に皺を寄せて小難しい顔をする。

「あ、あの…」

 ただならぬ様子に大丈夫なのか声を掛けようとするが、有白パパさんはそらさんに近寄ると頭にそっと手を添えて何かをぶつぶつ唱える。すると、少しだけ空気が軽くなったような感覚がして、さっきまで気付かなかっただけで空気が重かった事に気付いた。
 そらさんの顔色もほんの僅かだがよくなっている。

「元凶があるはずだ。探してもいいかな?」

 そらさんはコクリと頷き、リビングに放置されていたキャリーの中を調べる有白パパさん。旅行に持って行っていた物だろう。
 私はその間にそらさんに水で口を濯がせ、嘔吐物を処理しておく。いつまでも気持ち悪いだろうし、少しでも楽になれるように腰や背中を摩った。

「…これだ」

 鞄の中から何かを取り出した有白パパさんは、私達に見えるように持ち上げる。それは黒い歪な形をした普通の石。

「何処で拾った?」

「…拾ってない。もらってもない」

「じゃあ入れられたんだね」

 誰に、と呟くそらさん。表情は明らかに困惑している。

「お友達ではないよきっと。多分見ず知らずの人が悪戯で入れたんだろうね。そらちゃんに霊感あるのを知って」

 有白パパさんの見解によると、そらさんを見て霊能力があるとわかり悪戯を仕掛けた人が勝手に鞄へ忍ばせたとの事。朝まで異変がなかった事を予測するに、帰りに入れられたんだろうって。だから犯人はわからない。そらさんは怪訝な顔をして怒っている。

 その黒い石は呪いがかけられた石で、詳細は調べないとまだわからないがそらさんに悪影響を及ぼしているのはこの石の所為。幽霊の類ではなく妖怪に近いモノで、そらさんに視えないのは免疫が下がっている状態で見慣れないモノだから今は視えていないだけらしい。
 早急にお祓いをしないともっと悪化するとの事で急いで有白家に向かう事となった。

「さっきリコぴんにも聞こえてたみたいでしたよ?」

「そらちゃんに触れてなかったかい?触れていたら共鳴しただけだと思うよ」

 確かにあの時そらさんを摩っていた。霊感が移ったとかではなくただそらさんの体を通じて感じ取っただけらしい。それを聞いて安心したような残念なような複雑な気分になった。
 霊感があるのは大変だろうけど、少しでもそらさんの苦痛が知れたり共感出来たりしたらいいのにと思っているからかしら。

 そんな気持ちを取り払い、有白パパさんはそらさんを部屋着のまま背負うと家を出る。私は携帯と財布と鍵を鞄に入れて部屋からカーディガンを持ち出し、鍵を掛けて後を追う。そらさんにカーディガンを掛けると力なく礼を言われた。

 マンションの側に車が停められていてそこにそらさんを乗り込ませ、荷物を渡してドアを閉めた。有白パパさんは運転席に乗り込む前に私を見ると一緒に乗るよう促し、送ってくれるという。方向的に一緒なので申し訳なく思ったがありがたく乗せてもらう。

「心配しなくても大丈夫。ちゃんとお祓いして元気になってから帰すからね。気にはなるだろうからまたこちらから連絡するよ」

「ありがとうございます。お願いします」

「学校遅刻させてごめんね。多分影響受けてないから大丈夫だと思うけど、何か異変あったらリコちゃんも連絡するんだよ」

「はい、わかりました」

 学校に着くまで会話している間に、そらさんは少しだけまた顔色がよくなっていた。

「元気に行ってらっしゃい」

「リコぴん本当にありがとう。行ってらっしゃい」

「ありがとうございました。行ってきます」

 走り去る車に手を振って見送る。幽霊じゃなくて妖怪の類だって言っていたけど、有白家なら何とかしてくれるとわかっていても心配だ。
 傍にいられない為ムズムズする気持ちを抑えて、私は一限目に間に合うように走って校舎へ入った。

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