INFINITY WORLDあたしと風邪
「へ、へ、へ、」
「「?」」
「へーーーっ!!くちっ」
「でかいくしゃみするかと思ったのにそれかい!」
「可愛いくしゃみだねぇ」
バイト中。むずむずする鼻を両手で押さえ盛大と見せ掛けて小さいくしゃみをした。常連さんとマスターはそれを見てズルッとずっこける。ナイスな反応です。
「これはお出掛け用のというか人前用のくしゃみです。家で誰もいない時は盛大にぶちかまします」
「くしゃみ使い分けてんのかよ。めんどくせぇな」
「それじゃスッキリしないだろう」
「いや、案外普通ですよ。寧ろ大きくする方が喉への負担があります」
「「(どんなくしゃみの仕方だよ)」」
マスターに差し出されたティッシュを受け取り後ろを向いてチーンと鼻をかむ。何か今ので発症した感じに鼻水やばい。風邪かなぁ。
飲食店なのでウイルス系は特に気を付けないと。あたしは石鹸で手を洗った後マスクをもらい予防&拡散を防ぐ。
「六月下旬とはいえ梅雨だからね。梅雨って言えばジメジメしてて無駄に体力奪われるし、雨に濡れて風邪なんて事よくある話だから気を付けるんだよ」
「でもマスター。もうそらの場合遅いんじゃねえ?」
「なに。発症しても直ぐ対応すれば軽い風邪で済むだろう」
マスターの言葉に成る程と納得しながらうんうん頷く。じゃあ今日はご飯いっぱい食べて薬飲んであったかくして寝よう。そうすれば朝にはスッキリさ!
「…って思ってたのに…ゴホッゴホッ」
翌朝7時。昨日思った通りにしたにも関わらず体が酷くだる重く感じ、のそのそとリビングに向かうが頭がふわふわする。というか、クラクラする。
額から目頭にかけてじんわり熱く感じ計らなくてもわかる。発熱しちゃってんじゃん。頭痛あるじゃん。鼻水と咳あるじゃん。解せぬ。
熱計って熱ある自覚するともっとだるくなるとかで計らない人いるよね。凄いよ計らないでいられるの。あたしの場合熱計らないと頓服飲めないし自分の体温めっちゃ気になるから計るんだけど。
薬箱から電子体温計を出して計ると38.9℃。うん、風邪ですね。
お腹空いた。あ、今日バイトじゃん。また休むのかぁ…申し訳ない。
悶々と考えながら電話を入れて休む旨を伝える。昨日から心配してくれていたようで気にしないでと言ってくれるマスター大好き。
取りあえずキッチンへ行き小さい塩おにぎりを一つ作って食べて、頓服を水で飲み流す。
節々痛くなってきたぜ。まだまだ熱上がるんじゃね。でも上がったら後は下がるだけだろうし頑張ろう。
そう思い部屋に戻るとスーさんからLINKが入っていた。内容は今日食事に来てもいいかとの事で風邪引いたので後日の方がありがたい事を伝えると、心配と了解の返事が来た。
何度かやり取りをしてベッドに入り重い瞼を閉じる。何の抵抗もなくスッと眠りに落ちた。
ヒヤッ
「っ…ん…?」
「ああ、スマンなぁ。起こしてしもーたか」
「…翔ちゃん?」
何か冷たい物が額を覆ったのに気付き熱い目を開けるとベッド脇に翔ちゃんがいた。そっと頭を撫でて離れた彼をぼんやり見つめ、寝起きと風邪の所為で掠れた声で名を呼ぶとそうやと返事が来る。
先程の冷たさは冷えピタを貼ってくれたかららしい。あとアイス枕も首元に敷いてくれている。そういえばアイス枕家にあったな、忘れてた。冷えピタは買ってきてくれたのかな。
「諏佐から熱出した聞いてな、看病しに来たんや。部屋は管理人さんに事情説明して開けてもらった。勝手に堪忍な」
「え…あ、そうなの?ありがと。ゴホッ…けど大学は?」
「ワシは朝から1コマ空いとるからまだ時間は大丈夫や。次は岡村が来るで」
何でもスーさんが情報を回したらしく、授業の関係で翔ちゃん→岡さん→スーさん→福君のローテーションで看病しに来てくれるらしい。高校生は当然授業で一日埋まっているので、大学生ならでは出来る事だと翔ちゃんは笑う。にしてもそんな都合よく回るもんなのか。
今は8時半。こんな朝早くに来てくれるなんて…折角遅く起きてもいい日だったろうに。自分ももっと寝たかっただろうに。
「翔ちゃんありがとう」
「気にせんといてや。好きでしとる事やし、いつもそらさんには世話になりっぱなしやでな」
そんな事ないよと言うがそんな事あると返される。可笑しくてふふふと笑っているとまた頭を撫でられた。
「ご飯と薬は?」
「おにぎり一つ食べて頓服飲んだよ。効いてるのか最初より大分楽。ゲホッ」
「まあ頓服は無理に熱冷ますだけやで切れたら上がるやろうし、咳は出とるし…風邪薬は?」
「あるけど飲んでないや」
「あかんでー、飲まな。何か食べてからの方がええやろか。何か食べれる?」
「何でも食べれる。お腹空いた」
「よっしゃ。お粥作ったろ。キッチン借りるで」
「ありがと。何でも勝手に使ってー」
え、作れんの?と思いつつまあ翔ちゃんなら器用そうだし大丈夫かと思い部屋を出て行く翔ちゃんを見送る。
出来る間にLINKで溜まったメッセージを読んで返す。さっちゃんまで情報は回っているらしく(桐皇繋がりで当然と言えば当然)、学校帰りに寄ると言ってくれた。ええ子たちやでホンマ。
そうこうしている間にお粥が出来たようで翔ちゃんが部屋に戻って来る。美味しそうな匂い。ミルク粥らしい。何て上品なお粥なんだ。
あたしは起き上がると器に盛られたお粥を見て手を伸ばすが、翔ちゃんはヒョイとそれを避けるとニヤッと笑う。
「病人は安静にしとき。あーんしたろ」
「え。いいよ恥ずかしい。自分で食べれる…ゴホゴホッ」
「ほらみぃ。ここは甘えときや。はい、あーん」
「……。」
レンゲで掬いフーフーと粗熱を冷まされたミルク粥を口元に持ってこられる。食べるまで引かないな絶対。そう思い諦めて口を開ける。
「あー…」
「ほい。味はどうや?」
「…おいひぃ」
「そらよかった」
優しく微笑んだ翔ちゃんに心がポカポカした。以降も食べさせてもらい、完食すると用意してもらった風邪薬を飲んで寝転ぶ。
「ご馳走様でした。翔ちゃん本当ありがとね。もう帰って休んでいいよ、折角遅く行けるのに」
「ええんや。こっから直接行くつもりで荷物持ってきたし。ワシがおりたいねんけど…そらさんが一人のがええ言うんなら帰るわ」
「…一人は寂しいけど…」
「ならおるよ。安心して眠り」
本当に気にしない感じで話す翔ちゃんに感謝の気持ちでいっぱいになりながら、頭を撫でられ目を閉じる。
「おやすみ」
「…おやすみ翔ちゃん」
大きな手の温もりに癒されながら意識を落とす。
直ぐに寝付いたあたしは、彼が熱で熱くなっている瞼にそっと唇を落とした事には気付かずに。
次に目を覚ますと翔ちゃんは学校に行ったようで岡さんがいて、買ってきてくれたゼリーを食べた。翔ちゃんもドリンクやゼリーなど食べ易い物を買ってきてくれたようで冷蔵庫にあったぞと教えてくれる。
「絵本読んでやろうと思って持ってきたんじゃ」
「いや、あたし子どもじゃないし」
「むかしむかし、あるところに」
「聞けや」
読み聞かせがしたいんだろうなと思い聞く事にした。ら、案外読み方が上手いからか面白かった。流石岡さん。
絵本の読み聞かせや他愛ない話をしているとスーさんが来て、バトンタッチで岡さんが帰る。
「熱は?」
「さっき計ったら38.0℃だったよ」
「起きてて平気なのか?」
「うん。大丈夫」
スーさんは果物を買ってきてくれたようだ。みんな来てくれるってわかってたんなら必要ないよって連絡しとくべきだったな。
丁度お昼時っていう事もあり、スーさんがうどんを作ってくれた。
「美味しー」
「それはよかった」
「大学大丈夫?」
「3時限目は空いてるんだよ」
そういや大学って九十分授業だったね。昼からの1コマが空いているとの事。
大学の事や部活の事を聞く。二人共桐皇時代にレギュラーだった事もあり、他より能力も高くレギュラー入り出来そうだとの事。
大学の潜入もしたいなと思い一人でニヤついているとスーさんは首を傾げた。
薬を飲み寝るように促されたので素直に従う。スーさんも頭を撫でてくれたのでそれが心地よく、直ぐに眠りについた。
そして次に目を覚ますと福君がいて、アイス枕を替えてくれた。
「ありがと…」
「ん?おう、起きたか。悪い」
「んーん」
「体調どうだ?」
「朝より楽」
「そうか。汗かいてんだろ。着替えるか」
テキパキ行動する福君を見ながら、みんな看病上手いなーと思い一人でちょっと笑った。
洗面器に湯を張り持ってきた福君に濡らしたタオルを渡される。あたしは受け取る前に服脱がないとと思い服に手を掛けたが福君が慌てて止める。
「ばっ…オレいるから!!待て!!」
ああ、普通に考えたらそうだ。熱で頭沸いてるな。
赤面する福君にごめんごめんと笑ってタオルを受け取り、彼が出たのを見届けて一度洗面器に戻し服を脱いでから自分でタオルを絞って拭く。
大分すっきりするけどやっぱお風呂入りたいな。一日我慢とか死ぬ。向こうで一人暮らしの時は熱出ても誰にも止められないしお風呂入ってたけど、今此処で入るって言ってもやめとけって言われるだろうし。
と、拭きながら思っていると背中に手が届かない事に気付く。昔はお母さんが背中を拭いてくれたし、自分では体固いから届かないんだよね。
うーんと考えた末、背中くらいならと福君にお願いしてみようと思う。多分怒られるけど。でも気持ち悪いじゃん。
着替え用の服を羽織り部屋からひょっこり顔を出すと、キッチンで何か作っていた福君が気付く。
「終わったか?」
「ううん。背中拭いて欲しいんだけど…」
そう言った瞬間に福君がピシリと固まった。ああ、やっぱり。そもそもさっちゃんが来てから着替えればよかったなと思っていると、いつの間にか近くに福君がいてやや強張った顔であたしを見下ろす。
「…背中だな」
あ、拭いてくれるんだ。
コクリと頷き部屋の中に引き返し、タオルを絞って彼に渡しベッドの上に背を向けて座る。羽織っていた服を脱いで前だけ隠し髪を前に持ってくる。
「ごめんね。お願いしまーす」
「…おう」
普通男の子に頼まないよなと非常識にも取れる自分に自嘲した。あんまり自重はしないけど。
半笑いで遠くを見ながら強くも弱くもない感じで拭いてもらっていると、福君が無言に耐え兼ねたのか口を開く。
「オレが悪かった」
「ん?」
「誰か女子が来た時に着替えさせりゃよかったな」
「あ、あたしもそれ思った。けどあたしも何も考えてなかったし、汗かいて気持ち悪かったのは事実だし福君悪くないよ。寧ろごめんね」
あははと笑っていると福君は「いや…」と口を濁す。そこからまた無言になり同時に手もピタリと止まる。
「…終わった?」
「……」
「福君?」
返事がなく振り向こうとした所で後ろから抱き締められた。前に腕が回ってきて、背中に福君のしっかりした胸板が服越しに伝わる。
え?急にどうした?
「え、福君どうしたの?」
「…何か小せえなって」
そうか?男の子と比べたらそりゃ小さいだろうけど。
「…何か消えそうだなって思って」
ぎゅう、と抱き締める力が強くなって何でそんな風に思ったのかがわからなかった。別にどっか行っちゃうようなフラグ立てた覚えないけど。あれかな、服脱いだらいつも以上に小さく見えて熱出してるって思うと可哀想だなって感じた。みたいな。
そう思ったまま伝えると福君はうーんと悩ましげに唸り、よくわからねえと続けた。
「大丈夫だよ、あたし此処にいるじゃん。どこにも勝手に行かないよ」
「…そっか」
あたしの言葉に相槌打った福君は後ろから肩口に顔を埋める。ぐりぐり頭を押し付けてくるのを感じ擽ったさに身を捩りつつ甘えん坊かと心の中でツッコミよしよしと頭を撫でる。
少しして顔を上げた福君は、肩に軽く唇を寄せ、ふに、と柔らかい感覚が伝わる。
「え!?」
吃驚して肩を僅かに震わせれば福君は慌てて離れた。
「わっ悪い!つい!」
「へ?あ、う、ううん。ごめん」
お互いに謝る光景は少し可笑しいだろうなと思いながら、拭き終わった彼が部屋を出て行くのを見送りあたしは着替え洗面器を持って部屋を出る。
キッチンで頭を抱えていた福君が顔を上げるとこちらに寄ってきて洗面器を取り上げる。
「オレが片付けるから、そらさんは寝てろ。あとこれ、生姜湯」
「おお!ありがとー」
実は抱き締められていたとは言え服を脱いでいたから少し体冷えちゃったんだよね。さっき作ってくれていたであろう生姜湯を受け取り部屋に戻って飲む。あったまりますなぁ。蜂蜜の加減も宜しおす〜。
ほぅ、と和んで飲んでいると福君が部屋に入ってきた。
「生姜湯美味しいよ」
「そうか。よく親が作ってくれてたんだよ」
「この作り方教えて欲しいな」
「また教えてやる」
ベッド脇に座ると福君は少し気まずそうに視線を彷徨わせてあたしを見つめた。
「さっきは悪かった。よくわかんねえけど、なんか焦りを感じて衝動的に、みたいな…」
「んーん。平気だよ。たまに何もない時でも不安になる時あるよね。だから気にしないで」
「…おう」
「それに熱い抱擁は少しトキメクものがあったし」
「っ、もう掘り返さなくていい!!」
少しの意地悪でからかってやろうとしたが、早々に耳まで赤くさせた福君に止められた。ハハハーと笑っていると空になったグラスを取り上げ、寝ろと布団を被せられる。照れ屋さんねぇ。
その後色んな話をしている内に時間は経ち、福君が部活に行く時間になった所でさっちゃんが来てくれてバトンタッチ。部活終了後には峰さん達桐皇の子達が来てくれた。
看病に来てくれたみんなに感謝感謝です本当。
たださっちゃんの破壊的なホットの蜂蜜レモンを飲んだ時に三途の川を渡り掛けたが、それに間に合うように来てくれた峰さん達に救出してもらったのが一番インパクトのある出来事だったように感じました。その後の良君お手製の栄養ドリンクは超美味でした。
みんなの看病の甲斐あって、二日後には無事復活しました。愛ある看病は風邪から救う!
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