INFINITY WORLDあたしと廃病院
「うわぁ…」
あたしは目の前にある建物を見て顔を歪めながら思わず声を漏らす。
あたしとマコマコとかずやん、一〜三郎君で廃病院に来ているのだが、予想以上の雰囲気の悪さにマコマコも口を閉ざす。かずやんはガムを膨らませているが、他三人は神妙な面持ちで各々持ってきた供物を抱え直す。
花やお菓子といったものばかりだが、直ぐに用意出来るのはこれくらいだった。本来自分と無関係の人にお供えしたり手を合わせるのは狐などそういった類が近寄り易くなっているので憑かれるからよくないとひのちゃんママに聞いた事があるけど、今回は致し方ない。
先頭にかずやんと三郎君が歩いてあたしはマコマコと最後に足を踏み入れる。だが敷地内に足を一歩踏み入れた瞬間に冷気を感じた。感じ方によっては悪寒や寒気とも言える。
あたしは首元に下げているお守りを握り直せば昼間なのに薄暗くどんより暗く見える廃病院を見上げて徐々に近付いていく。ふと一〜三郎君達を後ろから見つめると取り憑いている霊達がそわそわし出していた。何怖い。
エントランスへ続くであろう正面入り口の前まで来ると暗い廃病院内を見据えてから四人が供物を捧げる。そして手を合わせて祈っているのをマコマコに並んで見つめた後あたし達も手を合わせる。どうかいつか浮かばれますように。
嫌な雰囲気はあるしチラチラ窓やドアから見え隠れする影もいくつか視えるが気にしないようにした。すると三人に憑いていた霊三体が浮き上がり開きっぱなしのドアから中へと入っていった。
本当はこんな所に帰るより除霊してあげた方が霊の為にもなるんだろうけど、その力がないしな。ごめんよ霊達。
「…どう?」
「三人からは離れた」
「よかった…」
かずやんが振り返り霊はどうなったか聞くので廃病院内に戻った事を伝えると三人は安堵の息を漏らす。
「ただかずやんの靄が離れないし何なのか全然わかんないんだよね」
「ええ…」
あたしはかずやんに近付くとお札を取り出して背中に押し付けポンポン叩いてみる。しかし離れる傾向はない。
「まいったな」
「オレどうなんの?」
「もうかずやんは有白家に行こ」
これ以上はあたしには無理だというとお金が…と肩を落とすので、あたしが立て替えるからいつか返してくれればいいと伝える。
「早く此処から出よう」
頭痛はするし吐き気はするし、此処最悪だよもう。あたしがそう声を掛け何もなくてよかったと肩をなで下ろす一〜三郎君が歩き出しあたし達も一歩踏み込んだ瞬間。
モウ 帰ルンデスカ?
耳元で聞こえた声に思わず振り返れば正面入り口のそこには看護婦の服を着たショートヘアの女の人が佇んでいて口を開いて笑っていた。
「うわ!?」
それを認識したと同時に一番後ろにいたかずやんがその場に転び引きずられるように中に向かっていく。視れば背中にあった靄が足元に移動しそれが引っ張っている。
「原!!」
マコマコが逸早く気付きかずやんの両手を掴み引っ張るが力が強いのかマコマコも引きずられていく。
「ストップ!この子達にはちゃんと話しをするから!もう来ないから!!」
異常現象に一〜三郎君達は呆然とし動けないでいたが、あたしもかずやん達に近寄るとかずやんの体を支えながら佇む看護婦の霊に叫ぶように訴える。
イイエ モット来テ欲シイ
「え?」
仲間ガ増エル事ハ イイ事
そう言った瞬間に看護婦の霊はあたしの目の前にいて、中腰になっていたあたしの体がふわりと宙に浮き正面入り口の方に飛ばされた。
「わあ!?」
「そら!!」
投げ飛ばされたと言った方が正しかった。体を埃っぽい床に打ち付けゴロゴロ転がるあたしに一瞬気を取られたマコマコの力が抜けた瞬間を見逃さず、看護婦の霊は同じようにマコマコとかずやんを正面入り口の方に投げ込んだ。
「ぐっ!」
「いっ!?」
あたしの近くに倒れた二人を見て外を見ると恐らく何も視えないのに飛ばされたあたし達に驚いて腰を抜かし震える三人。
「っ逃げて!」
必要ナイ 力ノナイ者ハ
そう霊が呟いた瞬間にバンッ!!と激しい音を立ててドアが閉まる。三人がその音に飛び上がった後ハッと意識を覚醒させたのか慌てて近寄ってきてドアを開けようとする。しかし全然開く気配がなくドンドン叩いてこちらに声を掛けてくるが何故か全然声が聞こえない。
ああ、ホラゲフラグ。勘弁して。
歓迎シマス
ニタァと笑った看護婦の霊が近付いてくる。あの世界じゃないから二人は視えないはず。あたし守らないと。
「ドントタッチミー!!」
痛む体を起こしさっきかずやんに使った札を霊に押し付ける。すると悲鳴を上げてその場から退く。ちなみに今更だけどお札は種類が増えている。有白家に転送する札と悪意を無にする札、更に引き離す札と結界を張れるなど諸々だ。今使ったのは引き離すお札ね。
あたしはその隙に座り込む二人の腕を引き立ち上がらせて走り出す。
待テェェェエエ!!
「待ちまっせぇぇぇぇん!!」
後ろから聞こえる声に返しながら取りあえず出口を探そうと一階部分を駆け巡る事にした。
【花宮side】
オレ達が廃病院内に入ってから数時間が経った。窓から見える景色からしてまだ夕暮れの時間ではないが、日が沈むのも時間の問題だ。そら曰く夕暮れから霊達は活動し易くなると書物で読んだ事があるらしい。
オレ達はあれから二階へ移動し、比較的綺麗そうな部屋で霊がいないのを確認してそらの札で結界とやらを張って息を潜めている。携帯を取り出すが三人共圏外だった。
一階から脱出場所を探すつもりだったがそらにしか視えない霊達が至る所から襲ってきて逃げ場を失い二階に逃げてきた。色んなモノを視ているそらは疲労からか顔色が悪く、走り続けて息も上がっている。それを背中を摩って落ち着かせる原。
「大丈夫?そらさん」
「ハァ…うん、大丈夫…っ」
「ごめんね、巻き込んで」
「本当にね!」
笑いながら迷惑だとはっきり言う辺りがコイツらしい。まあ断らなかったのはコイツだし責める気は毛頭ないんだろう。
「でも此処に来たのはあたしの意思だし、こうなるとは予測してなかったからあたしの落ち度だよ。此処ナメてたわ…あれだけで済むはずないもんね」
そらは苦笑して汗をかいた額を拭う。だがコイツは本当はこうなる事も何となくわかっていたと思う。霊能力が付いてから有白家の人間に色々と聞いたり独学で本など読み漁って学んだり、霊能力や霊について積極的に調べている。だからこういった所に来たら遊びでも謝罪でも祈りでも、どんな理由でもただでは済まずに簡単には帰れないとわかっていたはずだ。
コイツは本当にお人好しだ。オレ達に何故ここまでしてくれるのかはわかる。一人になるのが怖いからだ。だからオレ達に尽くして離れないようにする。それに気付いているのは当然オレだけじゃない。
普通ならこういう奴は不愉快だし近寄りたくない。偽善者に見える奴が嫌いだ。でもオレがコイツから離れる気にならないのは“一人になりたくない”と思っているだけじゃなくて、ちゃんと周りの人間が好きで関わっている事がわかるからだ。
周りで馬鹿やっている時を見守る目だったり可愛がる姿だったりをあの世界から見てきた。状況が悪くなるとわかっていて首突っ込む馬鹿だし、今回でも自分に害があるってわかっていて協力する事を承諾した馬鹿だ。そんな馬鹿な行動を見ていて当然不快だ。
だがそれを覆すくらいにそらの傍は馬鹿な事やらかすから退屈しねえし、何より落ち着く事もなくはないという気持ちがあるからそらと関わりを持ち続けているのが正直なところ…って、こんな事言うのはオレらしくねえな自分でも気持ち悪い。
だが一緒に過ごす中で嫌な所も少なくないがいい所も見えて、自然と惹かれていっているのは気の所為ではない。きっかけはあの世界で会っただけ。案内人として動くそらの行動や言動を馬鹿にする時が多かったが、何でも真っ直ぐに突っ込んでいくコイツをほっといたら死ぬかもとか、近くで見ていたら面白そうとか思っている内に居心地がよくなってしまった。
それに、円堂の件で気にしないように取り繕っていたが震えているのも怖がっているのもわかって、正直に言えばいいのにそれを言わない意固地な所や周りを心配させないようにする様子を見て守ってやらねえと、と思った事が大きい。結局隠せてなくて周りに心配させてるんだけどな。
「だからオレが止めたんだろーが」
だからオレはそらの近くにいてこうやって馬鹿にする。
「あはは!そだね、流石マコマコ。よっ!天才麻呂眉!」
「テメェは相変わらず減らず口だな。ああ?」
「いひゃいれす」
びよーんとよく伸びる頬を引っ張ってやれば涙目で痛い痛いとオレの手を叩く。手を離してやるとヒリヒリする頬を摩りながら原に笑われるそら。それにふはっと吹き出して笑うとそらは目を丸くさせてから少しムッとして怒った。
「折角の可愛い顔になんて事すんの」
「「は?」」
「ちょ、お願いマジでそんな真剣な顔と声で聞き返すのやめて辛い」
冗談で言うのはわかるが素で反応すると両手で顔を覆う。馬鹿じゃねえのコイツ。そう思いながらその馬鹿さを見て笑った。
すると急にドンッ!!と部屋のドアが大きく叩かれた。そらは肩を飛び上がらせる原の影に隠れる。
「ひ、い!怖っ!!」
「何が視える」
「視えないけど声がああああああ!?」
ドアを見つめるそらに尋ねるがちゃんとした答えが得られず舌打ちする。
「何て言ってんだよ!?」
「イケメンに囲まれて狡いって…ひゃあああああ!!」
「テメェも霊も一話で必ずふざけねえといけない規則でもあんのか?」
しらっとした目を向けると断じてそんな事は!と言いながら涙目のそらを見据えて息を吐く。
「幸せ逃げるよイケメン麻呂眉」
「よし。コイツを差し出すか」
「冗談に聞こえない」
原の言葉を軽くあしらっているとドアに貼ったはずの札が真っ二つに破れた。
その瞬間ドアが開き風が吹いたかと思えば原の後ろにいたそらが窓際まで飛ばされ窓ガラスを割って上半身を外に投げ出す。
「そらさん!」
オレ達が駆け寄ろうとしたが体が動かなくなった。金縛りってやつだ。
「そら!」
「ん、ぐぅ…はぁ…ッ」
ナニかに首を絞められているのか苦しそうに声を漏らすそら。視えないが首を絞める腕を押さえるようにそらの手がナニかを握り、そして胸元にあるお守りを掴もうとするが服の中にあり掴めないでいた。
死ンデ 仲間二
「!?」
「そらさん!」
何かが聞こえた。原にも聞こえたらしく叫ぶように名前を言った瞬間、そらの目の前で火花が散った。
そしてそらの体が下に落ちるように傾いていくのを見て駆け出すと、金縛りにあっていたはずの体はすんなり動き落ちそうなそらの腕を掴んだ。原も駆け寄ってきてそらの体を引っ張り部屋の中へ戻す。
「うぇ…ゲホッ!」
「そらさん!」
「オイ!しっかりしろ!」
「ふぐ…死ぬかと思ったし…!」
涙ぐみながらもはっきり返事を返すそらに二人で安堵の息を吐く。
「危なかったわね〜。よかった間に合って!」
「ひっ…ひのちゃんママぁ〜!!」
背後で声がし振り返るとドアの前に立っているのは何度か目にしたことのある有白陽葉の母親。見慣れた巫女の格好ではなく私服姿に買い物袋を下げている。
「一哉大丈夫か!?」
「あれ、タイゾー。他の二人もいたの?」
入り口で(強制的に)別れたはずのあいつら三人もいて、原が目を丸くさせる。いや、見えてねえけど雰囲気的に。
「説明は後でするから此処を出ましょうか」
有白母の言葉に頷きオレ達は早急に廃病院を後にした。無事に出られたのも現役の巫女がいるからだな。
【そらside】
あれから有白家の居間に連れてこられたあたし達一行は軽いお祓いを済ませてもらい、心身共に無事だ。
そこで話を聞くと、一〜三郎君達があたし達が閉じ込められたのを見てそのまま何もせず帰る事は出来ず、助けを求めに行こうとなったらしい。だが誰に助けを求めるの?ってなって、あたしが言っていた“有白家”というのを頼りに“有白 お祓い”で検索したところ有白家の神社のホームページが引っ掛かったとの事。
都内にあるのはそこだけであたしが言っていたのが此処ではないかと思い、三人でぎゃいぎゃい言い争いながら“有白”っていうワードとあたしやかずやんの名前を連呼して神社に向かい走っていた時に、たまたま買い物帰りだったひのちゃんママが通り掛かって不審に思って声を掛けたらビンゴ。
ざっと説明をしてひのちゃんママは直接此処にきて助けに来てくれたらしい。なんたる奇跡。そしてあそこからまた廃病院で脱出ゲームみたいなの始まると思ったけど早々に解決するという終わり方。なんという事でしょう。
「ひのちゃんママありがとうございますー!!本当助かったぁぁぁ!!」
「いいのよー。よかったわね本当、私が通り掛かって」
本当本当。神と呼んでいいですか。いや女神かな。
「ところでそらちゃん」
「うい」
「危険な事だってわかって首突っ込んじゃ駄目でしょう?」
「はい」
あ、この目はあかんやつや。あたしだけでなく後ろ五人も座り直したのが音でわかった。
「一人ずつお話ししましょうか。じゃあまずそらちゃんからね」
そういって居間の隣にある部屋に引きずられるように連れて行かれる。
「後の五人も順番でお話ししたいから待っててね。逃げんなよ」
「「はいぃぃぃ!!」」
マコマコとかずやんは顔を歪めているだけだが他三人は正座しながらピシィッと姿勢を正した。ひのちゃんママ普段温厚なだけあって怒ると怖いからな。
そこからみんなありがた〜いお話しを聞かせてもらい各々反省するのであった。あたしは無理するなって話だけど。
マコマコは大して長くなかったのは納得。心配でついてきただけだしね。
「心配してねぇよ、バァカ」
心の中を読まないで下さい。
一〜三郎君は二度と遊びで行かない事を約束し、ややゲッソリしながら帰っていった。かずやんは飄々としているので反省しているかわからないけど、別れ際にまた巻き込んでごめんねと謝ってきたのでそれなりに反省しているんだろうと思います。
こんな事で土曜日の貴重な休みが潰れるなんて…。
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