INFINITY WORLD
あたしの出会い

「ふあぁぁぁ〜…」

 最寄駅のホームにて盛大な欠伸をする。昨日は遅くまで壁面のキャラクターを作っていたので寝不足気味だ。
 仕事が始まってからもう直ぐひと月になる。早くも仕事には慣れてきたがいかんせん子ども相手の仕事である故毎日体力勝負なわけで、日々の疲れは蓄積され体がやや重い。
 ここは温泉旅行にでも行って疲れを癒したいところである。

 電車が来て乗り込むが通学通勤ラッシュのこの時間帯、人が多い多い。まるでゴミのよう…ゲフンゲフン。またジブリネタ引っ張り出すところだった。
 といっても、あたしは数駅しか乗らないので立ったままでも然程苦痛感はない。そりゃ疲れてるから座りたい気持ちはなくはないが、入り口付近で立つのが日課になっていた。毎日大体同じ場所で最早此処があたしの定位置となっている。

 流れる景色を眺めながらボーッとしていると不意に隣の女子学生がビクッと肩を上がらせたのが視界に入る。何だ?とチラリと視線を向ければ手すりに掴まり俯きながら微かに震えている。この子は毎朝よく見掛ける黒髪の可愛い女の子で、あたしより前に乗っていて後に降りる子。つまり面識など一切ない。
 その子は俯いて震えながら何かに耐えているように見える。トイレか?漏らしそうなら次で降りた方がいいよ。なんて毎日見ているとは言え初対面の人に言われたら何コイツってなるよね。冗談冗談。

 しかし可笑しい。いつも音楽など聴かずに辞書や参考書とにらめっこをしているのをよく見るが、今日も持っている辞書は片手で抱くように持ったままで見ておらず、ずっと俯いたまま。気分が悪いのかな?そう思い少し体を彼女の方に向けてズラした瞬間、あたしはわかった。
 いや普通もっと早く気付くべきだった。痴漢である。

 チラッと横目で彼女の後ろを見てみるとぽっちゃり系のサラリーマンのおじさんで、鼻息荒く女の子のスカートの中に手を入れている。あたし自身間近で痴漢なんて見た事なかったからちょっとパニクった。けど同性でしかもあたしより幼い子が魔の手に掛かっているのを見て、当然あたしはほっとけなかった。

「ちょっとおじさん何してんの?」

「!?は!?」

「は!?じゃないよ、痴漢でしょ痴漢。次の駅で降りてもらえますか?」

 自分で言うけどあたしは勇敢にもおじさんの手首を掴んでスカートの中から引っこ抜くとそれをグイと上に持ち上げる。何事だと周りの視線を集め、女の子は驚いたように顔を上げておじさんは冷や汗をかきながら憤慨したように顔を赤らめた。

「なっ何を言うんだ君は!私は何もしていない!!」

「見てましたぁ〜あたしちゃんとこの目で見てましたぁ〜」

「っふざけるな!!私は何もっ」

「言い逃れすんの?逃すと思うなよクソジジイ」

 やべ、口滑った。

「誰がクソジジイだ!!失礼なっ!!」

「つい本音が…すんまっそん」

「謝る気があるのかね!?」

 テメェに言われたくねえよバッキャロー。
 そうこうしていると駅に着いたので申し訳ないけど女の子にも降りてもらえるよう目配せするとコクコクと涙目で頷く。可哀想に。抱き締めてあげたい。
 あたしはおじさんを引っ張ってホームに降りると女の子も続いて降りてきた。

「っ!!」

「あっ」

 あたしが何駅かなと見上げた隙におじさんが腕を振り解き走り出して逃走を図る。女の子が声を上げあたしは慌てて叫んだ。

「その人痴漢ですううううう!!捕まえてええええ!!」

 その声に反応した周りの人が急いでおじさんを捕まえ地に伏せさせる。あたしも駆け寄って更におじさんの上にドォーンと勢いつけて乗り掛かるとおじさんが呻いた。重かったかな。
 騒ぎを聞き付けた駅員さんも近付いてきて、見事なファインプレーにあたしは拍手を送りたくなった。

「ありがとうございまーす!」

「!い、いえ…」

 お礼の声を掛けるとおじさんを押さえていた人達の中の一人の青年があたしを見上げた後慌てて顔を伏せ立ち上がる。知り合い?いや、知らないわ。
 そこで取り押さえるのを手伝ってくれた人達と別れ、駅員さんに捕まったおじさんとあたしと女の子は連れられて駅長室に向かう。そして事情聴取。

 最初は悪足掻きしていたおじさんもあたしと駅員さんの追求により最終的には認め、警察が来て再度事情聴取。色々ありつつあたしは感謝され、女の子は警察に送ってもらって帰宅するとの事で解散となった。ちなみにあたしの職場と女の子の学校には連絡済みです。あたしはこの後遅刻して出勤予定。

 そうそう。何より驚いたのがこの女の子、名字が高尾で、なんとタカ君の妹である事が判明。道理で可愛いわけだと思った。目がパチクリしているので一見わかんなかったけど言われてみれば鼻立ちとか似てるかもと思う。
 タカ君妹は最初泣くのを我慢していたが我慢する事ないよと肩を抱いてあげるとボロボロ泣いた。怖いよねえ、気持ち悪いよねえ、しかもこんなオッサン。マジぶっ潰し隊。頭を撫でながらもう大丈夫だと優しく伝えて宥めた。
 泣いて少し落ち着いたのかあたしに柔らかい笑みを向けて謝罪とお礼を言われた時はお持ち帰りしたいと思ったよね。危ない危ない。

 落ち着いてから改めて自己紹介とタカ君知り合いだと伝えると吃驚していたが、よく話に出ていると嬉しそうに笑っていた。どうせまた真ちゃん宅みたいに変な人って紹介されてるんだろうさ。いいさ別にふんだ。

「あの、ありがとうございました!」

「いいえー。無理しちゃ駄目だよ?辛かったらお母さんやお兄ちゃんに頼るんだよ」

「はいっ。あの、そらさん…」

「ん?」

「あの、ま、また…!」

「うん、またね」

 緊張したように名前呼びと「また」と言った彼女にキュン死にするかと思った。本当は連絡先交換したいけどタカ君の妹ならいつでも連絡取れると思うし、今は何も考えたくないだろうしあえて聞かなかった。

 そしてあたしは急いで次の電車に乗ると保育園に向かってダッシュした。朝から色々あり過ぎ。









 その日の夜。かがみんとテッちゃんが家に来ていて、アレクさん宛てに手紙を書くのをかがみんに手伝ってもらう。あたしが書いて欲しい事を伝えてかがみんが書く流れで、勿論代筆してもらった旨は忘れずに書いた。
 それをテッちゃんが見ながら食後のデザートにバニラアイスを食べている。ちなみに今日の夕食は炒飯だった。あたしお手製のね。

「よし。これでいいだろ」

「わー!ありがとかがみん!マジで助かった」

「後は送るだけですね」

「うん。切手貼ったし明日出してくる」

 そう言って封筒に住所など書いて封を閉じているとピンポーンとインターホンが鳴る。

「ごめんテッちゃん出てー」

「はい」

 アイスを置いてインターホンを出たテッちゃんはあたしを振り返る。

「高尾君が来ました」

「ほ?タカ君一人?」

「はい。ずぶ濡れです」

「マジかよ。やっぱ降ってきたのか」

 ずぶ濡れのタカ君と聞いて急いで上げてあげるよう伝える。かがみんが立ち上がって閉まっているカーテンを少し開けて確認すると雨が降っているらしい。今日の夜雨だって言ってもんね。

 暫くして家のチャイムが鳴ったのでタオルを持って出に行く。

「ごめんそらさん急に来て」

「仕方ないから許してやろう。はいタオル」

「さんきゅ」

「お風呂入りな」

 びしょ濡れのタカ君を家に上げると、彼はテッちゃんとかがみんに軽く挨拶をして浴室に直行した。あたしはタオルや着替えなどを用意して脱衣所に置いておき、濡れた鞄などを預かり拭いて水気を切る。
 ちなみに着替えはそれぞれみんな一着ずつ置いていたりする。男性陣は泊まった事ないけど今までにも雨に濡れてくる機会は何度かあったからね。てかみんなの私物があるってちょっと可笑しいよね。あたしもいつも思う。

「すみません。この後用事があって帰らないと…」

「オレもやる事あっから帰るわ」

 テッちゃんは濡れた床を拭いた後帰る旨を伝えて荷物を持った。それに倣ってかがみんも帰ると言う。

「ほーい。色々手伝ってくれてありがとね。傘ある?」

「折り畳みを持ってきたので」

「オレも」

 用意がいい二人に流石だと笑いながら玄関まで送る。

「気を付けて帰ってね。おやすみ」

「はい、ありがとうございます。おやすみなさい」

「おやすみー」

 ヒラヒラ手を振ってエレベーターに向かっていく二人を見送り、あたしは部屋に引き返してやる事は終わったのでソファーに座る。タカ君上がったら温かい飲み物でも入れてやろう。

 暫くテレビを見てのんびりしているとタカ君が上がったようで、着替えに身を包みリビングに戻ってきた。

「お風呂あんがとねー」

「うん。体温まった?」

「ぽっかぽか〜」

 無邪気に笑うタカ君にそりゃよかったと相槌を打ちキッチンへ向かうと、頭をタオルで拭きながらタカ君がカウンター越しに座ったので話し掛ける。

「今日は一人でどうしたの?あ、ご飯食べる?」

「あるなら食べたーい。いや、ちょっとお話があってね」

「話?」

「妹の事、電話掛かってきて聞いた。痴漢から助けてくれたんだってね」

 材料はあるので炒飯を作る事にした。温かい飲み物をと思ったけどスープあるからそれを飲まそう。スープを温め始めそう思いながらも話を聞いて妹、と一瞬考えるが今朝の事を思い出しああ!と声を出す。

「そうそう。朝の電車でよく見る子がタカ君の妹でね、今日痴漢に遭っててたまたま近くにいたから助けたの」

「うん、妹もそうだって言ってた。本当にありがと!」

「いいえ〜。あの後学校休んだんだよね?」

「うん、親が今日は休ませるって。でもそらさんに励ましてもらったから大丈夫っつって明日から普通に学校行くってさ」

「そっかそっか。よかった」

 材料を切り炒め合わせて炒飯を作りながらタカ君と会話し、どうやらわざわざそれを直接伝える為に来てくれたようで律儀だなと思いながら大丈夫そうだと聞いて安心した。心の傷は簡単に癒えないしトラウマにだってなるだろうし、心配だったけどタカ君同様心が強いのかなと思った。

「そらさんってスーパーマンみたいだよな」

「あたし女ですけどね。言うならスーパーウーマンにしてもらえます?」

「ブフッ!そっか!」

 もう直ぐ出来るというところでタカ君は頬杖をつきながらあたしを見つめてそう言う。何でだと笑いながら訂正を促すと素直に訂正してくれた。

「いつだって誰にでも優しいし、たまにだけど勇気あるし、何でも助けてくれるし。その優しさで包んでくれる…母性っての?そんなのがあるよな」

「たまにって…まあそうだけど。そんな事ないよ。優しいのは知り合いにだけだし基本捻くれだし、妹ちゃんは同性としてほっとけなかったからだよ」

「それでも、オレはそんなそらさんが好きだよ」

 タカ君のその言葉に不覚にもドキリとした。出来た炒飯をフライパンから食器に移している時に言われ、目を見開き固まってタカ君を見つめると優しげな表情をしていた。
 フリーズしそうになるが、あたしは溢れないように皿に盛り付けると苦笑してお礼を言った。

「ありがとう。あたしもみんな大好きだよ」

「ん。妹もまた会いたいって。だから家にまた遊びに来てよ」

「あ、うん。是非行かせてもらいます」

「妹もそらさんの事気に入ったみたいだしさ。どう?本気でオレのとこ将来的に嫁ぐっていうのは」

 狡いし逃げだとわかっていながら「みんな大好き」と言うと、タカ君は小さく笑って頷いた。そして何事もなく話を続けたかと思いきや、最終的にまた振り出しに戻る。同じような内容にあたしは答えに迷って、スープと炒飯をカウンターに座るタカ君にカウンター越しに提供し、正面に立ったまま冷蔵庫に背を預けて話を続ける。

「…それは本気で言ってる?ライク?ラヴ?」

「わかってるくせに〜」

「何だよ〜言えよ〜」

「え〜和成困っちゃう〜」

 いつもの変な流れでじゃれ合いのようなやり取りになり雰囲気が崩れ掛けるが、タカ君は両手を合わせて挨拶をして食べ始める。そして美味しいと味の感想を言ってから顔を上げて少し妖艶な笑みを浮かべた。

「ラ・ヴ」

 語尾にハートが付きそうな物言いで言い切ったタカ君にあたしはクスクスと笑った後、目を伏せる。

「そろそろ、ちゃんと見てよ。オレの事。オレだけじゃなくて、みんなの事」

 また峰さんプールで言われた時の事を思い出した。そっと伏せた視線を上げるといつの間にかタカ君が目の前にいて、あたしの額に自分のそれを合わせる。

「…わかってるんだけど、ね。でもまだ時間が欲しい」

「そう言うと思った」

「…ご飯冷めちゃうよ」

「もうちょいこのままで」

 人の気持ちが変わるきっかけは人それぞれだと思う。最初はどうとも思ってなくても、何かのきっかけで大きく変わる事もあれば、徐々に変わる事もある。
 彼らがあたしに抱く感情は、何処で変わっているんだろうか。当然自分気持ちではなく他人の気持ちなので簡単にはわからないし、あたし自身の気持ちが何処で変わっているのか、どう変わっているのかがわからなかった。

 目に前にいるタカ君は何がどう前と変わったのかなと思いながら近過ぎてぼやける端正な顔を見つめていると、唇に温かく柔らかい感覚が伝わり、ああまた気持ちの整理が付かないままでやってしまったと頭の隅で思った。
 てかタカ君股ドンの一件でツボちゃん含めたみんなからボカスカやられてたのにまた手出しちゃうのね。そんなにあたしが好きか。なんちゃって。

 タカ君からは美味しそうな香りがして、炒飯の味付けはバッチリだと思ったあたしはこの状況で失礼な人間だなと他人事のように思った。

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