INFINITY WORLDあたしと忍び寄る者
あれから数日後、十月に入った。
あと一ヶ月で先輩が産休に入るので、業務移行の為あたしが表立って子ども達の保育をするようになり、担任らしい仕事を任されるようになった。勿論ピアノもあるが、あれから弾くピアノは最初のより簡単な為真ちゃんの手を借りる事はあまりない。
タカ君ともあれから顔を合わせていない。といっても、毎日顔を合わせていたわけではなかったので違和感はないが、次に顔を合わせた時どうすればいいんだと悩んでいる。勿論それはあっちゃんや赤君もそうだ。人工呼吸だって割り切ったけど接吻は接吻だし…あ、言い方まずかったかな。口吸いでいい?あ、駄目?
最近溜め息増えたと思う。別にみんなが嫌になったとか考えるのが負担だとは思わないけど、自分がどうしたいのかどうすればいいのかがわからず、普段働かせていない脳をフル活動させているので知恵熱が出そうだ。
段々寒くなってくるこの季節。あたしは更に悩まされる事になる。
「…誰からだろ」
仕事から帰宅後。ポストに薄い箱の荷物が入っている事に気付く。メール便?差し出し人が書いておらず、こういうのって書かなくても出せるのかと思いながら部屋に持ち帰る。
荷物を置きうがい手洗いを済ませた後、早速封を切ると中からキャラクター物のミニタオルが出てきた。おお、可愛い。使える。
それに「使って下さい」と綺麗な字で書かれたメッセージカードが添えられていて、見た事のない筆跡だなと思いつつ間違いなくあたし宛なのでありがたくちょうだいはするが誰かが謎だった。
気になったので写真に撮りみんなに[これ誰からのプレゼント?]ってLINKで送るが全員から知らないと言われた。有白家なわけないし…じゃあ誰だ。
あ、もしかして喫茶店の人の誰かかな?そう思いそれ以上考えるのが面倒になったので取りあえず包装し直し保管する事にした。誰からかわかったら使おう。
そう思っていたが、翌日もそのまた翌日も荷物が届き、数日連続でプレゼントをもらいただただ疑問が浮かぶばかり。
全てあたしの趣味を把握した上での代物で、嬉しいけど誰からかがわからず不気味だった。あたしは仕事帰りに喫茶店に寄り喫茶店で関わってきた人達にも確認したが全員から否定され、その瞬間“差し出し人謎の荷物届きます事件”となった。名前のセンスについては問わないで欲しい。
そしてその不気味さは更に募る事になる。
『宅配便でーす』
「また…はぁーい」
日曜日。九月中頃に夏休みを終えて大学生活真っしぐらなゆっきー、森りん、コボちゃんの三人が授業で出された課題をしにあたしの家に来ていた。あたしものんびりゴロゴロしたり誕生月の子どもの為に画用紙で色々作ったりしていると、インターホンが鳴りまた荷物が届いた。
あれから毎日届く荷物にあたしはいよいよ本気で恐怖していた。全部仕事や生活で使えそうな便利グッズばかりだからありがたいと言えばありがたいんだけど。差し出し人謎なんだよ?怖いじゃん。
今日の荷物は大きめの箱一つ。大きいサイズにしては然程重くないが気は重い。上手い事言ったな。座布団一枚ちょうだい。
「…またか?」
「うんー」
その話は此処にいる三人も他のみんなも知っており、危ない物じゃないならもう少し様子見でもいいのではと周りから言われたので様子見の段階だが、三人の顔がやや険しかった。
あたしはリビングに荷物を持ってきてドンとソファーに置き封を切る。机に向かっていた三人もあたしの方を見ている中で、中身を引っ張り出すとそれは服だった。
「「「「………」」」」
それはもうビラッビラのフリルが付いた所謂ゴスロリ系で、あたしが到底着るような服ではないのは一目瞭然。普段カジュアルなのを着るからね。絶対着ないこんな感じの服。
あたしは勿論、森りんでさえも黙った。
「…これ…何でこれ?」
「手紙が付いてるぞ」
コボちゃんが服に引っ付いていた封筒に入った手紙を見付けそれを取る。あたしは服を置いて手紙を開けると、内容に目を走らせた。
「…【山口そらさんへ。今までお送りした数々の品はいかがでしたか?お気に召されましたか?そらさんが好きそうな物を選びました。でも今回は僕がそらさんに来て欲しいと思う服を用意しました。是非この服を着て、僕と一緒に出掛けてくれませんか?是非これからそらさんともっとお近付きになりたいと思っています。宜しくお願いします。いつもあなたを見守っています。返事はそれを着て出てきてもらえるだけでわかります。それでは。ナイトより。】…どゆこと?」
ナイトって誰だよ。お呼びでねえよナイト。
あたしは唖然とした顔で顔を上げると三人も似たような顔をしていた。そしてゆっきーが顔を歪め結論を出す。
「ストーカーじゃねえか」
やっぱりそうなっちゃいます?
その後今まで届いた物全て集めて四人でそれを囲む。不気味で恐怖心さえ抱いていたがストーカーだとわかると納得して逆に落ち着いてしまった。てかあたしにストーカーって…凄いな。
難しい顔をする三人とは対照的にあたしは品の数々を見下ろして呆れにも似た溜め息を溢す。
「これどうしろっていうの。他に被害っていう被害があるわけでもなしに。警察とか動いてくれなさそうなんだけど」
「そらさん」
「ん?何?」
「…オレが付いていますから、大丈夫ですよ」
不意に呼び掛けてきた森りんを見るといつも以上に真剣で、ふざけたり格好付けたりする感じではなく本気で心配して励ましてくれたので少し吃驚した。イケメンだ。ここにきて普通のイケメンだ。
「ありがと。大丈夫だよ。取りあえずこれをどうしようかな」
「そのナイトとかいう奴を引っ張り出すか」
「でもやり方に気を付けねえとそらさんが危ねえ」
コボちゃんとゆっきーの会話を聞きながら、取りあえず一人で帰る時は明るい時間帯に。夜はなるべく出歩かず必要なら誰かと一緒に行動する。これ以上被害が拡大するようなら警察に相談するという事で話がまとまった。
相手は家を知っているわけだし警戒を強める事にした。テレビとかでよくストーカーの特集とかやってて、撃退法とかストーカー被害に遭っている時のやっちゃいけない事とか見るからそれを参考にしようと思う。
しかし相手は、あたし達が想像していたストーカーとは一味違った。
「……」
平日の夕方。日が落ちるのが段々早くなってくる今日この頃、今にも降り出しそうな雨雲が空を覆っていて更に暗く感じる中で家までの道を歩いていると、人気は多い所だが背後に明らかな付いてきている人の気配を感じる。そう思い振り向くとバッと電柱の陰に隠れる人。わかり易いな。
あたしは携帯を握り締めその人影に少し近付くと、ひょっこり覗いた顔と目が合った。
「……あ!」
この人こないだタカ君妹を助けた時に会った人の中にいた、あたしの顔見て直ぐ顔を逸らした青年ではないか!
青年はあたしと目が合うとどんどん赤面していき、ズンズンあたしの前まで来ると勢いよくあたしの手を握った。
「ぼっ僕と!!結婚を!!前提に!!付き合って下さい!!そらさん!!」
「ええ!!?」
急に何ぞ!?
「嗚呼…このスベスベな手、美しい足!そして愛らしいその表情!嗚呼、全てが愛おしいです!!」
「何この人ヤヴァイ」
「あの時僕はあなたに一目惚れをしました!そう…正に運命だと思ったのです!!勇敢に痴漢に立ち向かう姿、素敵な愛らしい笑みを僕に向けられその日からあなたを忘れられず、気付けばあなたは毎日僕の視界にいた」
「今日みたいに尾行して盗み見てたわけね」
恍惚とした表情であたしの手を撫で回す青年。あたしは喫驚のあまり体の動きが止まり口だけはよく動く。まさか顔を見られて逃げずに寧ろ攻めてくるとは誰が思うよ。
どうやらあの日から余程あたしに夢中なようであたしを熱っぽく見つめてくる。…よく見ると可愛い顔立ちをしてらっしゃる。
「気持ちは嬉しいんだけど…悪いけど、ストーカーはやめてくれない?」
「ストーカーじゃないです。恋のスナイパーです」
「それがストーカーだっつってんだろ」
また話聞かない系男子ですか?
「早くあの服を着て下さい!そして僕の目に焼き付けさせて下さい!」
「やだよ!あたしの趣味じゃないもん!」
「僕の趣味です!!」
「知ってるわ!!」
ギリギリと段々と手を握る力が強くなってくる。痛い痛い。離せ恋多きスナイパー=ストーカーめ。
「あの服を着てデートしましょう!!自宅デート!!」
「危機感しか感じない!」
「そう言わずに、」
相手が一歩踏み込んだところで、不意に彼の体が真後ろに吹っ飛ぶ。
「どわあぁぁぁああ!?」
「!!?」
「何やってんだ、テメェ」
そこにはなんと清ちゃん。不機嫌そうに可愛い顔を歪めながらさり気なくあたしの前に立って青年と向かい合う。
どうやら首根っこを掴んで後ろに投げ飛ばしたようで、尻餅ついた青年だが直ぐに立ち上がると清ちゃんの前まで戻ってくる。
「何をするんですか!」
「お前、年と名前は?」
「
内藤騎士18歳大学生!騎士はナイトの騎士って漢字です!それにちなんでニックネームはナイトです!」
「あ、言っちゃうんだ」
名前を弄ってのナイトだったのね。つか詳細まで教えてくれたよ。素直な子だな。いや、馬鹿正直?
「じゃあ内藤。お前だろ荷物送り付けてるって奴は。ストーカーみたいな事すんな」
「あなたには関係ない」
「ある」
「じゃあどう関係があるんですか?」
その問いに清ちゃんはハッキリと言い切った。
「オレの大事な人だよ、この人は。だから下手な真似すんな。轢くぞ」
そう言った清ちゃんはあたしを見る事なく前の青年もとい内藤さんを静かに見据えていた。その大きな頼れる背中と言葉に、誰もがトキメクと思う。しかも大事な人って言ってくれた。心臓口から飛び出そう。
「…僕は諦めませんから。あなたからそらさんを奪ってやる!!」
フン!と鼻息荒くそう吐き捨てるように言った内藤さんは踵を返して走り去ってしまった。まるで嵐が去った後のようだ。
「…大丈夫か?」
「うん、平気。ありがとう清ちゃん」
振り向いた清ちゃんは心配そうに眉を寄せて問い掛けてきた。怪我も何もないので頷くと安心したように息を吐く。
「何で清ちゃんが此処に?」
「…荷物の話聞いててちょっと心配だったから寄ってみようと思ったんだよ。そしたらあの場面に出くわして」
成る程。本当いい子だ、わざわざ心配して来てくれるなんて。涙出る。
「そっか、お陰で助かったよ。でもあの人思ってたよりヤバそうな目とか格好してなくてよかった」
違う意味でヤバくて引いたけどね。
「見た目よくても油断すんなよ。男なんて何考えてるかわかんねえんだからな」
「うん。わかっ」
ザーッ
わかったと言い掛けて急に土砂降りの雨が降ってきて二人で固まった。降り出しそうな空だと思っていたらやっぱり降ってきた。生憎傘は持っておらず清ちゃんも持ってなさそうだったので、このまま家に走って帰る方が早いと思い二人であたしのマンションまでダッシュした。
直ぐにマンションに着くとポタポタ滴る服の水気を切り、風呂に入って体を温めようと急いで部屋へと向かう。
家の中に入ると早速タオルを持ちに行き清ちゃんに濡れた体を拭かせ、あたしも拭きながらバスタオルや着替えなどを用意する。
「風邪引くからお風呂入っておいで」
「あー、さんきゅ。そらさん先に入れよ」
「いいから。お客さんが先」
そう言ってグイグイ脱衣所に押し込みドアを閉めた。諦めたのか出てこない様子を見てあたしは彼とあたしの濡れた鞄を拭いた。最近よく雨に降られてよく鞄拭いてる気がするぞ。
清ちゃんが入っている間にお湯を沸かして珈琲の下準備を作っておく。あたしの着替えも用意して上がったら直ぐに入れるように準備万端だ。
テレビをつけて見ていると、どうやら雨は夜中には止むらしい。清ちゃん帰る頃に少しでも雨脚弱まってるといいけど。
「そらさん、風呂空いた。サンキューな」
「はいはーい」
暫くして上がってきた清ちゃんを見てあたしは珈琲にお湯を注いで渡すと微笑んで受け取ってくれてソファーに座った。髪の毛ちゃんと乾いてなくて首にタオルを掛けた様子に色っぽさを感じてガン見してしまった。いかんな、これだからイケメンは。
「じゃああたし入ってくるね」
「おー」
返事を背中に受けて脱衣所に入る。清ちゃんの濡れた服がカゴに入っていて洗えってかと心の中で突っ込んだ後、ちゃっかりしてんなーと思わず笑った。タカ君の時は制服だったから持ち帰ってたけど、清ちゃんは私服だからあの着替えのまま帰るんだろうしこの服が次の着替えになるんだろうなと思った。
水分を吸って重くなった服を脱ぐ。下着まで濡れているのに気付きベタつく肌に眉を寄せた。するとノックが聞こえた。
「悪い。そっちに携帯置いてねえ?」
「え?あ、あった」
ポケットに入れっ放しで入浴前に気付いて取り出したものの、置きっ放しにしていたようだ。上下下着のみなので見えたら申し訳ないと思いバスタオルを軽く巻いて、ドアの隙間を少し開けてそこから手渡す。
「はい」
「ありがと…っと!」
ちゃんと受け取るのを見ずに手離してしまい、スルリと二人の手を抜けて落ちそうになった携帯を清ちゃんが見事キャッチした。
「ご、ごめん!危なっ」
「いや、大丈…」
人の携帯でしかも精密機械だ。落ちなくてよかったと胸を撫で下ろすと清ちゃんが途中で言葉を切った。あたしが視線を上げると、キャッチするのに開いたドアの隙間が更に広がり清ちゃんからこちらの様子が結構見えてしまっている事に気付く。
うおおお!危ねえ!!よかったタオル巻いてて!危うく下着姿というお目汚しをするところだったわ。
「……」
「…清ちゃん?大丈夫?携帯は無事でしたよ。ご安心を」
目を瞠目して固まる清ちゃんにあたしは疑問符を浮かべた。落としそうになって怒ってんの?それともこれだけでもお目汚しってか?
いつまで経っても閉まらないドアに流石にちょっと恥ずかしくなってあたしがドアを閉める。
「うっ、わ!?」
無言でグイグイとドアを閉めようとすると、清ちゃんはハッとしたように動き出すが何を思ったのかあたしの左手首を掴んでそのまま脱衣所の中に入ってきた。
そしてあたしを奥へ追い込むように迫ってくるのであたしは当然後退るが、足拭きマットで足を滑らせて尻餅をつく。
「ぎゃあ!!」
後ろの壁に頭をぶつけそうになるが、その衝撃はなく代わりに何かが頭と壁の間に挟まった。
「っ、え?き、清ちゃんごめん!大丈夫!?」
目の前に覆い被さるような形で清ちゃんがいる。右手はあたしの左手首を掴んでいるが左手はあたしの頭に添えられていてカバーしてくれた事に気付き、バスケの選手として手を痛めさせるなんて言語道断とあたしは青ざめた。
「…あのー…?」
だがいくら声を掛けても無言のままで反応しない清ちゃんに不安を覚えた。痛かったのかな?上体を起こそうにも目の前に清ちゃんが覆い被さっているので動けない。
髪の毛で表情が見えにくい清ちゃんの顔を覗き込むと、大きな目と目が合った。
「…そらさん」
「き、清ちゃん」
その目は最近見た事がある目だ。瞳の奥に見える熱に気付くと、あたしは思考が停止しそうになった。
この状況、何でこうなった?
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