INFINITY WORLD
あたしの気持ち整理

【宮地side】

 覆い被さるオレの下でそらさんの目が見開かれる。オレはそれをじっと見据え、脳を働かせた。

 今更ながらオレ何してんだって、ちょっとヤバい事したって後悔してる。つい勢いで押し倒したものの、そらさんからすれば平気そうな顔してても今日で二度も男に襲われたようなもんだから恐怖心が全くないわけじゃねえだろうし、やっちまったって思って内心冷や汗ダラダラだ。

 今までオレのタイプはみゆみゆ一筋だし他なんてあり得ねえって思ってたけど、今のそらさんはオレらと同年代でも中身は大人。大人の女性としての魅力を最近特に感じるようになった。
 馬鹿な事やるし言うし、無鉄砲で後先考えないで行動する時もあるし、たまに本当にオレ達より年上なのかって思う時もある。

 でも様子を見ていて、一緒にいて飽きない。料理が上手くていい意味でお節介焼きで、頼りない時はあるが「ドンと来い!」といつでも受け止めてくれる姉御肌を持っている。だからこそ女子は特に懐いているんだろうし、あの赤司でさえも信頼している。オレより断然馬鹿だけど。

 欠点と言えば、弱音を吐かない事と周りと向き合っているようで向き合っていないところだと思う。そりゃ何かあって怖かったとか、「つらたん」とかふざけて言ってショックを隠さない時はあるが本質的な部分では弱音を吐かない。本当は誰よりも一人が怖くて、誰かにいて欲しいのに一人でも大丈夫だって強がる素振りを見せる。
 赤司とか紫原とか、自分を見る目が他と違う事に気付いているのに気付かないフリをして前進しない、“捨てる”覚悟がない奴だとも思う。捨てると言っても見捨てるとかじゃなくて、割り切れないって意味でだ。

 最初は案内人ってとんでもない役を嫌だと言わず引き受け、何でもしてくれたからいい人くらいにしか思わなかった。
 此処で正直に言うが、あの世界のトイレでの一件はそらさんが危ない目に遭っても尚平気な顔してたから怖かったって言えばいいのにって思ってモヤモヤしたのと、赤面してたのが可愛かったからその場の雰囲気と出来心でだ。言われなくてもわかってるよ最低って事くらい。でもオレだって…男だ。(連載番外編:護衛する…参照)
 だから懐く以上の感情を持つ奴らの気持ちがあまりわからなかったし、そんな奴らを応援するように頑張れ程度にしか思わなかった。

 だが今は違う。
 そらさんがこの世界に来て、暇があればみんなで家に押し掛けてご飯食べたり勉強したりダラダラしたり自由にしてんのにこの人は嫌な顔一つしない。寧ろいつもノリノリだ。
 そうやって交流を持っていく上で気持ちが変わってきた。欠点がいくつあってもいいところも沢山あるし、何かあったらそらさんに話してみようとか、これ持ってったら喜ぶかなとかみゆみゆと同じくらい頭に浮かぶ。

 そらさんの世界ではオレ達は漫画のキャラクターだったのを思い出す。あの世界にいる時はオレ達をキャラとして見ているんだろうと思っていたが、この世界に来てからはちゃんとオレ達を同じ空気で、同じ環境で過ごし“生きている者”として見てくれていると思う。

 それらを経て、オレの中でそらさんの存在が段々と変化していった。
 だから今日も荷物が届く件で心配で、煩い奴らは誘わずにゆっくり話をしたいと思い一人で来た。そしたら丁度内藤とかいう奴と顔合わせている時で、話の内容を聞いて苛ついた。
 大事な人と言った事には変わりない。本当にそう思っているから言ったんだ。けど後々考えて大分恥ずかしい事言っちまったと後悔したのも記憶に新しい。

 手を握られて迫られていたのに怯える様子が全くないのを見て、鈍感なのか取り繕っているのかわからなかったが、ドアの隙間から見たそらさんが思っていた以上に細くて小せえなって思ったら、衝動的に触れたくなった。気付いたらそらさんを押し倒していて、冒頭に至るわけだ。

「そらさん」

「…清ちゃん、あの、」

 名前を呼べば名前を呼び返してくれる。それだけの事が嬉しくて、自然と頬が緩む。いつもは他の奴らもいてじっくり見つめ合うなんて機会が少ないから、今そらさんがオレだけを見ていると思うと充足感を感じた。

 もっとオレだけを見ていれば、オレに頼ればって思う。どうしようもない性格をしているこの人をオレが守れたら、これからもいつもの笑顔をオレだけに向けてくれるんだろうか。

 触れたい。そらさんが困っているのをわかっていて、ヤバい事してるって自覚あっても抑えられない気持ちをそのままに、少しずつ顔を近付けていくとそらさんは一層目を見開く。

 しかし、不意にそらさんの瞳が揺らいだのを見て理性が戻ったようにハッとした。
 そらさんは今にも泣きそうだった。

「……悪い」

「っ…、え?」

「…泣くなよ。切るぞ」

「えええ…」

 オレの横暴な言いっぷりにそらさんは目を丸くさせた後そんな馬鹿なと言いたげな顔で動揺していた。オレも動揺してる。何無理矢理襲おうとしてんだって、自分を殴りたくなった。

「怪我ねえか?」

「う、ん…大丈夫。清ちゃん、手平気?」

「問題ねえよ。オレがやった事だ」

 下着姿にタオルを巻いただけの無防備なそらさんから体を離す。そらさんはぎこちなく、でもオレの庇った手を気にしていた。迫ってこの体勢にしたのはオレなのに、どんだけお人好しだよこの人。つか、何で責めねえんだよ。

「悪かった。もっと冷えたよな。ちゃんと体温めて出てこいよ」

「…ん」

 そらさんの手を引いて体を起こさせ肩を支えてやると、雨に濡れて冷えた体に更にタオルを巻いただけの姿だったのもありすっかり冷えてしまっている事に気付いて申し訳なくなった。同時に肌の柔らかさを感じ男と女でこんなにも違うのかって思うとまた理性が揺らぐが、それをぐっと堪える。
 泣かせてまでそらさんに触れたいとは思わない。泣かせるくらいなら笑顔が見たい。

 そらさんを立たせてからオレは脱衣所を後にし、ドアを閉めた後ドアに体を預けてまだ濡れている頭を抱えた。これで愛想尽かされたら元も子もねえよ。










【そらside】

 頭から熱めのシャワーを浴びながら先程の事を考える。
 タカ君と同じような熱っぽい目。正直あのままキスされるんだと思っていたけど、清ちゃんは一瞬目を見張ってから離れた。それにホッとした反面モヤモヤする気持ちがあって、更に自分がわからなくなってタイルに軽く頭を打ち付ける。

「…あたしがちゃんとしないからだよね。でも…」

 怖い。拒否をした時に離れてしまうのが、凄く怖い。離れたらもう戻って来ないんじゃないかって思うと、段々一人になっていきそうで怖い。
 元々この世界の住人じゃないあたしを受け入れてくれたみんなと折角仲良くなれたのに。最初はキャラが目の前にいるって感じていたけど、みんなが今を生きているのを見て彼らも一人の人間なんだって思えるようになった。そして優しさや厳しさに触れる度にかけがえのない存在になっている。
 そんなみんながいなくなるのが怖い。

「もー…どうしたらいいんだろ」

 顔を上げると熱いお湯が顔にぶつかる。あ、鼻に入った。ヤバいツンってする。
 この鼻ツンは決して泣きたくなったからではなく、お湯が入ったからだと思いたい。










 お風呂から出ると清ちゃんはソファーに座ってテレビを見ていた。あたしに気付くと一瞥して少しバツの悪そうな顔をして逸らす。

「清ちゃん、髪の毛乾かしてないでしょ。折角お風呂入ったのに風邪ひいちゃうじゃん」

「あー…もう半分乾いてるし、いいよ」

「ハゲるよ?」

「刺すぞ」

 清ちゃんの返しが面白くてぷくくっと笑いながら脱衣所へ行くとドライヤーを持ってきて、座っている清ちゃんの背後に回り有無言わさずドライヤーで髪の毛を乾かし始めると清ちゃんが固まった。

「何勝手にしてんだよ」

「いいからいいから。折角の綺麗な髪が勿体ないじゃん」

 文句を言ってくるがわしゃわしゃ乾かしていると黙ってされるがままの状態になった。殆ど乾いているのでそう時間は掛からず乾かし終える。
 熱くなったドライヤーを冷ますようにソファーの前の机に置くと、グイと右手首を掴まれて後ろに引かれストンとソファーに座った。勿論引いたのは清ちゃんで、テレビを消してあたしと向き直ると言いにくそうに口を開いた。

「…さっきは本当に悪かった」

「あ、うん大丈夫。吃驚したけど。もー、急に何かと思ったじゃん。流石にあたしといえどセクシーな姿に気持ち揺らいじゃった?」

 重い空気が嫌でいつものように笑って冗談を投げ掛けるが、清ちゃんは真っ直ぐあたしを見つめるので思わず口を噤む。

「…そらさんだからだよ」

「え、」

「そらさんだから、余裕なくなったんだよ。わかってんだろ。目ェ逸らすなよ」

 ハッキリとした口調でそう言われ、あたしは視線に耐えられず清ちゃんのあたしの手首を握る手元に視線を落とす。

「…最近ね」

「…おう」

「あたし自身も、みんなも考えている事がわかんなくなる時がある。清ちゃんにこんな事言うの間違ってると思うけど、他の子も清ちゃんみたいにあたしを想ってそういう…迫ったりって事があるんだ。応えたいのに応えられなくて、結局あやふやなままで申し訳なくて」

 本当に間違ってると思う。清ちゃんから少なからず好意を寄せてくれているのを確信して、他の人からも好意寄せられてますって他の人の話題出すの可笑しいよね。でも吐露せずにはいられなかった。今話を誰かに聞いて欲しかったから、口からどんどん気持ちが溢れてくる。

「あたし自身好きの違いがまだハッキリわかんないから、じっくり考えて向き合いたい。だけどその間に求められた時に、拒否したら離れていっちゃうのが怖い…今の関係が総崩れになるのが怖いんだよ。でもこのままじゃ優柔不断なあたしに愛想尽かされるかもしれないっていうのもわかってるから…どうしたらいいか、わかんない」

 右手をぎゅっと握り締めると手首を掴んでいた手が離れ、あたしのその手をそっと握った。

「じゃあ、それで誰かが離れてったか?」

 清ちゃんの言葉にあたしは視線を上げる。

「…拒否してないからわかんない」

「…人と人との関係で、絶対に崩れねえって言い切れるものはないと思う」

「…ん、そうだね。あたしは臆病なだけだよね」

「けど、そらさんが誰か一人を選んだところで簡単には離れねえよ。寧ろ自分のモノに出来なかった悔しさで諦めない奴とか、恋人とかそんなんじゃなくてもそらさんと関わっていたいって奴らばっかだろ」

 確かに、そうかも。そんなハートの弱い子達ではない、かも。諦め悪い子もいる…かも。

「みんな一人の奴に取られたくらいで、簡単に離れるような奴らじゃねえよ。そこを信じてねえから一歩が踏み出せないんだろ」

「信じれてない、か…」

「ん。…オレは、もしそらさんに選ばれなくても離れない。体目当てとか恋人にする為だけに今まで一緒にいたわけじゃねえし、そんな単純な理屈で関わってねえ。だから求められた時に無理なら無理って言えよ、断っていいんだよ」

 確かに信じれてなかったのかもしれない。あの世界で出会ったのがきっかけでこうしてみんなと関わっているけど、峰さんとかタカ君とか最初から恋愛としての好意があったわけじゃなく気持ちが変化しての今だったとしたらフられたくらいで離れるとは思えない。こんな事言ったら自意識過剰に聞こえるし、人の気持ちは聞かないとわからない事が多いから彼らの気持ちの本質的な部分は直接聞かないとわからないけど。

 清ちゃんはハッキリと離れないと言ってくれた。あたしはそれが嬉しくて思わず涙腺が緩む。

「それに離れたらそれまでって事だろ。そこは割り切ってくしかないんじゃねえの?…単純に考えろよ。誰か一人と恋人とか結婚とかで寄り添っていくってのは誰と一緒に過ごしたいか、生きたいかって気持ちが大事なだけだ」

「…う、ん」

「だから、ゆっくりでいい。お前の事が好きだって思ってる奴らがこの先増えたとしてもだ。一人ひとりと向き合って答えを出せばいい。勿論オレを含めてな」

 増えるかどうかはさておき、清ちゃんの言葉一つひとつがストンと胸に落ちていく感覚がした。

「ただ男は男だ。我慢出来なくて手出す事があると思う。キスとか抱き締められるとかに反応出来なくてこれからあったとしても後ろめたく思う必要はねえ。強引にやる方が悪い」

「それ清ちゃんが言っちゃうんだ…」

「……うるせ。悪かったって言ってんだろ。…とにかくだ。そらさんは無駄に考え過ぎだって。もっと肩の力抜いて直感とかで感じてもいいと思う」

 そう言うと清ちゃんは空いている手でポンポンと頭を撫でてきた。
 清ちゃんのお陰で、あたしが臆病過ぎて何も割り切れず無駄な考えをしていたって事がわかった。
 よくよく考えれば、前の世界では来るもの拒まず去るもの追わず精神で平気で過ごしてたじゃん。この世界に来てみんなが側にいるのが当たり前だったから、あたしが依存してたんだ。だから知ってる人がみんな以外いないこの世界で、みんなが離れて一人になるのが怖かった。けど出会いもあれば別れもあるって事を思い出して、割り切っていく覚悟が必要だとわかり何だか心が晴れた気がした。

 だからこれから無遠慮というわけではないにしろ無理なら無理と断って、一人ひとりの気持ちを汲み取って考えて自分の答えを出していきたいって思えた。

「…清ちゃん」

「ん?」

「ありがとう」

 真剣に聞いてくれた事が嬉しくてお礼を言うと清ちゃんは少し目を見開いた後少し恥ずかしそうに目を逸らした。

「…一つ言い忘れたけど」

「何?」

「オレはアドバイスするだけの奴じゃねえから。…これから遠慮しねえ事にしたから覚悟しとけよ」

 そう言われてグイッと手を引かれ前のめりになるとほっぺに柔らかいものが押し付けられた。
 え、早速ですか?

「珈琲お代わりあるか?」

 フンとしてやったり顔であたしを解放した清ちゃんは何食わぬ顔でキッチンへと向かい、お代わりをもらうと言って作り出す。いつもの事だからいいんだけど…ねえちょっと。
 そして何が解決したかわからなくなってあたしがソファーに崩れ落ちたのを見て、清ちゃんが笑っていたのをあたしは知らない。

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