INFINITY WORLD
あたしが酔っ払い

【赤司side】

 オレが近付くと途端に動きを止め、逃亡を図ろうとしたそらさんの腕を掴んで捕まえる。

「何故逃げるんですか?」

「本能!!」

「言い切った!」

 勢いはそのままで強く言い切るそらさんに羽交い締めしていた福井さんが解放しながら呆れており、潔さを感じながらも苦笑するとその頭からすっぽりセーターを着させる。

「んぶ!」

「風邪引きますよ」

「だって暑いー!!」

「では外に涼みに行きましょうか」

 オレは返事を聞く事なくオレとそらさんの上着を手に取ると腕を引いて歩き出す。そらさんは行きたくないのか踏ん張っているが、力の差は歴然でズルズルと引きずられていく。

 そのやり取りを見ていた全員に振り返ると笑みを浮かべて声を掛けた。

「そらさんはオレに任せて皆さんは食事を続けて下さい。落ち着いたら戻ります」

「「(目が絶対来るなと物語っている…)」」










「ん〜」

「そらさんしっかりして下さい」

「うい〜っす」

 一応上着を持ったものの外は寒いので店内の何処か座れるスペースで休もうと思ったのだが、あいにくそんなスペースが見当たらずそらさんの顔色が真っ赤な状態から少し青ざめていたのでお手洗いを促した。しかし彼女は戻したくないと頑なに拒むので仕方なく一度店の外に出て人通りの少ない所に座らせる。

 外は寒く上着なしではキツいはずだがオレは着たもののそらさんは暑いと連呼して上着を着ない。
 外の冷たい風に当てられて少し落ち着いたのか先程の勢いはなくなったが虚ろな目はそのままでボーッと宙を見つめている。

 右隣に座りながら彼女の火照った背中に手を添えた。

「赤君よ」

「はい」

「あたしは今モテ期なのだよ」

 唐突に話し始めたそらさんの言葉に彼女からその話題が出るとは思わず微かに目を見開く。

「赤君なら誰がどうとかわかってるんだろーね」

「…どうでしょう」

「はーぐーらーかーさーなーいーでー」

 ズイと顔を近付けてきた事で微かに酒の匂いがし、そらさんは眉根を寄せて少し不機嫌な顔をしている。

「…察しは付いています」

「ほらねー。でもあたしもね、前からもしかしてこの子あたしの事好きなんじゃないのかなーって思う時がある事はあるのよ。でもね、あたしが勝手にそう思ってるだけで実際恋愛感情とかじゃなかったら恥ずかしいしアレだから、あたしから突っ込む事はなかったのね。それに今の関係崩したくなくて、告白や求められたとしても拒否したら離れてっちゃうかもしれないのが怖くて拒否する事がなかった。それでずっと目を逸らしてたらさ、タカ君とか清ちゃんに求めてくるのをグダグダに受け入れてないで、拒否してもいいからちゃんとみんなを見て一人を決めて欲しいって言われちゃってさ」

 そらさんは顔を離すと正面を向き頭を左右に緩く揺らしながらいつも以上に饒舌に言葉を紡いでいく。オレはそれに静かに耳を傾けた。

「清ちゃんに話聞いてもらってから逃げるのは止めてみんなとちゃんと向き合おうって決めたの。で、断る力も付けようと思ったの。でも求められた時に嫌じゃなかった場合、どうしようって考えてる間にキスとかね、ハグとかやっちゃうの。結局前とあんまり変わってない気がして、あたしって嫌な女だなってつくづく思うよ全く」

 他人事のような口振りで言うそらさんは自嘲するように鼻で笑った。そんな事はない、と否定しようものの彼女は頭を振り否定する事は目に見えているので何も言わなかった。
 前とみんなを見る目が少し変わったと思ったらそんな心情の変化があったのか。それが宮地さんによるものだと思うと、少し悔しいような複雑な気持ちになった。

「そんなあたしだけどね、ちゃんと前に進む為に考えた事があるんだー。あたしの事どう思ってんのかなって気になる人からのはっきりしたアプローチがない場合は、勇気出して自分から聞いていくのも一つかと思ってね。空回りしたら恥ずかしいけど」

 そこまで言うとそらさんは顔を再度こちらに向けてきて暗がりでもよくわかるくらいに酒で赤らんだ顔をしつつも真剣な目で見つめてくる。

「赤君とは前の世界で目を覚ます為にキスしてるじゃん」

「そうですね」

「夏合宿でも人工呼吸だってしてくれたじゃん」

「はい」

「赤君はあたしの事どう思ってる?どうしてあたしの為に自分の犠牲払ってまでよくしてくれるの?」

 オレはそらさんの質問に一度視線を下へ落とし思案する。そして自分の気持ちに正直に話す。

「オレは犠牲だなんて思った事はありません。あの時も言いましたが、そらさんとキスが嫌ではなく本当にチャンスだと思いました。意識してもらえるようにって」

 そらさんに視線を向けると彼女は真っ直ぐ見つめ返してくる。

「毎回そらさんを助ける為にそういう事があるから、自分を犠牲によくしてくれていると勘違いされているようですがそれは違います。オレは何もない時でもそらさんに触れたいと思う普通の男ですよ」

 そこまで言うとそらさんは目を丸くさせた後「健全な男子高校生か…」と意味深長な声色で呟いた。下世話な意味を含んでいる気がする。まあオレ自身の発言が下心ありますと言っているようなものだが。

「確かにそらさんを見て思う事が度々ありました、周りからの欲求に対して自分の出した答えの結果で一人になるのが怖いから拒否をしないと。あやふやなままでズルズルと引きずっていってしまっているのもわかっていました。…それでも、そらさんが一人ひとりを大事にしてくれている気持ちに嘘がない事もわかります。普段の接し方や言葉端々から感じます。だから不快感はありませんでした」

 オレは彼女の膝上に置かれたオレよりも小さなそらさんの手に己の右のそれを重ねる。火照った体とは対照的冷えており持ってきていた彼女の上着を肩に掛け、再度その手を温めるように重ねた。

「あの世界ではオレ達と脱出する為、自分が人一倍危険なのに必死に頑張ってくれている姿が好印象でした。あなたは飽きない。いつでもオレ達を楽しませてくれるし、優しさで包み込んだり支えてくれたり…かけがえのない存在です。京都に来た時にそらさんが言ってくれた言葉も嬉しかった。オレ自身を見つめてくれて、真っ直ぐな言葉を掛けてくれて甘えていいと母のような優しさで受け入れてくれた。でもそらさんに母と同じではなく一人の女性としての魅力を感じ、支えたいと思い支えてもらいたいとも思うようになりました」

 そらさんは段々と視線を下げていく。酒の所為で赤らんだ顔が少し冷めたように感じていたが、次は別の何かで赤らんでいるように窺える。

「京都に来てくれた時ははっきりとわかりませんでしたが、それからそらさんが危険な目に遭ったり誰かから言い寄られたりする様子を感じ取って気付きました」

 そこまで言うとオレは背中に添えていた左手を離しそらさんの頬にそっと添えた。肌の外側は微かに冷気で冷えていたが、直ぐに手の平にジンと熱を感じる。

「好きです、そらさん。あなたを一人の女性として。オレの隣にいて欲しい」

 そらさんの視線が上がった。少し見開かれた瞳の奥が、微かに揺れている。

「下品な部分はあるし青峰や黄瀬と同じように馬鹿をする場面もありますが」

「うぐ…っ」

「それも含めて、全てが好きです。悪い所もいい所も」

 言い返せないそらさんがやっと表情をいつものように変えた。言葉を飲み込む様子にオレは小さく笑った。

「オレも同じ気持ちを持つ者として、紫原や他の人がそらさんを求める理由がわかります。あなたは魅力的です。だからこうやって触れていたいし、自分を見て欲しいと思う。無理にする事を避けたい気持ちは勿論あります。けどそらさんの前では理性に歯止めが利かないくらい触れたくなる」

 ぐ、と顔の距離を縮めるとそらさんの体が少し後ろに引く。それでも気にせずコツンと額同士を合わせ目を閉じた。
 そらさんは何もないとわかり少しだけ力を抜く。

「一つ教えておきましょう。そらさんに本当は断る力があるのはわかっています。でも迷っている時に隙が出来る。だからそらさんが断る力がないのではなく、その隙を突いて男が迫るんです」

 オレはそこまで言い切ると然程空いていなかった距離を一気に縮め、頬に添えていた左手を後頭部に移動させると引き寄せそらさんの唇に己のそれを重ねる。柔らかい感触と共に熱を感じた。

「!んっ…、っ」

 薄く目を開くとぎゅっと目を閉じていた。それに薄く笑うと何度か角度を変え啄むようなキスを送り、リップ音を立てて離れるとそらさんが重ねていた手を引き抜き口元を押さえる。

「な、何してんの!」

「キスです」

「知ってる!」

 大分意識が通常通りになってきているのを感じる。それにクスクスと小さく笑うとそっと髪を整えるように撫でた。

「先程言った隙がこういう事です。嫌ならこれから防げるように頑張って下さい。あと返事は気持ちの整理が付いてからで大丈夫です。気長に待ちますから。これからは遠慮せずに振り向いてもらえるよう努力しますので覚悟していて下さいね」

「く、う…っ!本当に狡い赤君!」

「何がですか?」

「イケメン過ぎて狡い」

「よくわかりません」

 そう言い返すとそらさんはガクッと項垂れて膝を抱え込んだ。酒は当然完全には抜けきっていないがいつもの様子を取り戻したようなのでそろそろ戻るか声を掛けると無視をされた。いじめ過ぎたようだ。

「ずっと此処にいてもいいですけど、さっきのよりもっと凄い事をしますがいいですか?」

「凄い事!?よよよよくないこんな所で!!」

「場所を変えればいいですか?」

「違う!!ああああ赤君破廉恥だよ何か卑猥だよ!!」

 まるで緑間のような事を言うそらさんにくつくつと喉を鳴らして笑う。本当に飽きない人だな。
 結局顔は真っ赤のままでみんなの所に戻る事になり、赤面しながらも落ち着きを取り戻したそらさんに安堵して楽しく食事を再開する者もいれば何もしなかっただろうなと凄い剣幕で詰め寄る者もいて、結局賑やかな状態のままの食事会になった。

 何はともあれ、酒の所為で色々あったがそらさんとゆっくり本音が言い合えたので酒の力に少しは感謝しよう。










【そらside】

 あれから暫くして食事会は終わり、明日からまた学校なので県外組は電車で帰る為に駅に向かって歩いて行った。みんなに会えなくなる寂しさがありつつ、赤君とあっちゃんとたっちゃんそれぞれとの出来事が思い浮かびちょっと安心するといった複雑な心持ちで見送った。
 そしてそれぞれが意味深な笑みを浮かべて視線寄越してきたので白目剥きそうになった。

 あたしは解散になると途端に眠たくなり、フラフラウトウトしているのを見兼ねて峰さんが背負って送ってくれた。勿論さっちゃん付きで。
 家に着くまでの間、目を閉じ眠りにつこうとしながらも先程の事を思い返す。

 酒を飲んだ後の事はちゃんと覚えている。タガが外れたようにはしゃいでしまうのは前からの悪い癖だった。酒を飲むと笑い上戸になるかどこぞの大御所OLのように貫禄が出るか今日みたいに煩いかのどれかだ。

 体は未成年だと自覚はあるのでまさか今のタイミングで酒を飲む事になるとは思わず、不意を突かれたのもあって意識はあるが歯止めが利かない自分の行動に心中は冷静に他人事のように感じていたが行動はめちゃくちゃだったなと今更ながらに思う。

 何より赤君。あたしは最近の事を赤君に話したくなり、そして赤君の気持ちも聞きたくなった。以前とは違いズバッとどストレートに聞いたのは酒の力もあると思う。
 赤君はちゃんと聞いてくれたし話してくれた。あたしにはそれで充分だったのだがそこは赤君。最後にとんでもない事をぶちかましてくれた。てかキスした事ないとか言ってた癖に上手いって何なの?あのキスでうっとりしちゃったじゃないか恥ずかしいいいいいい!!

 眠いから背負ってもらってるのに興奮して眠れない。あたしはぐりぐりと峰さんの背中に額を押し付けて悶えた。

「ぐおおおおおおお」

「そらさん!?まだ酔ってる!?」

「やめろ擽ってえ!!つかキモいわ!!」

 頭を叩けないのでピョンピョンとその場でジャンプをする峰さん。あたしはピタリと止めるとその体勢で家に着くまで動かなくなり、二人共寝たと思った様子。

 今日は色々あり過ぎた。勿論企画自体は楽しくてみんなと集合出来たのは嬉しいけど、普段会えない県外組から一気にアプローチされて嬉しいような恥ずかしいような、また悩みや迷いが増える複雑な気持ちでいっぱいだった。

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