INFINITY WORLDあたしが憧れを試着
帰宅途中。電車を降りいつものように通勤路を自宅に向かって歩いていると近くのドレスショップにウエディングドレスの新作が出来た広告が看板が掲げられていた。それを見てほぅ、と息を吐き出すと冷気にさらされた吐息が白くなる。
「いいな〜ウエディングドレスいいな〜」
誰もが憧れるウエディングドレス。ショーウインドーに展示されているドレスを張り付くように見上げていると、近過ぎたのかガラスもまた吐息によって若干曇っていた。今日も寒いな。冬だもんな。
「こういう所は結婚の予定がなくても入れますよ。無料で試着出来るんです」
「へー」
「入ってみますか?僕もついていくので。将来の花嫁さんの姿を今のうちに見納めておくのも一つですもんね」
「……ん?」
隣を見るといつの間にか入る気満々の内藤さんがいた。ニコニコ嬉しそうで楽しそうな笑みを浮かべている。さながら彼女のウエディングドレス試着に一緒に来た彼氏のような顔付きだ。
「お前かァァァァァ!!めっちゃナチュラル過ぎて気付かなかったわ!!」
「ブベラッ!!」
何もされていないがつい条件反射で殴ってしまった。横に飛んでった彼を見下ろしていると赤くなった頬を押さえながらも何事もなかったかのように直ぐに立ち上がる。しぶといな。耐性付いてきたか。
「一人では入り難いでしょ?だから僕が」
「別に。どうしてもしたかったら他の子と来るからいい」
微妙な距離感でそんなやり取りをしていると、騒いでいるあたし達に気付いた店員がにこやかに笑って出てきた。
「スタイルのいい彼女さんですね〜。よかったらご試着どうですか?」
「………」
「ほら!彼女さんだって!やっぱり僕達カップルに見えるんですよ!」
「そう言ってる時点で恋人じゃないのバレバレだけどね」
「そらさん折角だから入りましょう!変な事しないって絶対に約束します!」
「今もう存在から変だから今更遅い」
「辛辣!!」
この店員さんは何をどう見て恋人に見えたんだろう。内藤さんカップルに見えるんですよって言ってボロ出してるけど。あたし普通に殴ったけど。いつもみたく顔面殴ったけど。
何?内藤さんが笑ってるから痴話喧嘩みたいなもんだと思った?いや殴られて笑顔とかどんだけのMだよ。気付けわかれそこで察せ。
「こんな所で何をしているのだよ」
「あれ、真ちゃん?何で此処に?」
不意に聞き覚えのある声が聞こえたと思いそちらを見ると制服を着た真ちゃんがいた。その手にはいつものラッキーアイテムであろう蚊取り線香を立てる時に使う豚さんがあった。ブレないな。
「今日の部活後にピアノを見て欲しいと言ったのはそらさんなのだよ」
「あ、そうだった。ごめんごめん」
仕事が遅番だったから今日は若干遅めだったんだよね。丁度いい時間かと思って駄目元でお願いしたらOKもらえたからピアノ練習するんだったんだけど、つい忘れちゃってた。危ない危ない。
「そいつは確か内藤とかいう奴じゃなかったか?そらさんにストーカーを働く不届き者め」
「あらあら?三角関係ですか?」
「ちっ、違うのだよ!!」
「いやストーカーって言いましたよね。店員さんちゃんと現状見て」
「真ちゃん落ち着いて下さい」
「誰が真ちゃんだ!勝手に呼ぶな!許可した覚えもないのだよ!」
真ちゃんは内藤さんの気付くと目を細め怪訝な顔をしたが店員が空気の読めない発言をする。真ちゃんは慌ててるけどあたしはこの店員さん頭弱いのかな?と失礼ながら思い、内藤さんは内藤さんで真ちゃんに絡んでいて怒られていた。
「折角ですし本当に着てみて下さい」
「何の話だ」
「ウエディングドレスの試着してもいいよって言ってくれてんの」
店員がサッと話をすり替えると真ちゃんは先程来たばかりなので話が飲み込めていない為あたしが説明すると成る程と納得する。
「何故その話に…まさかそらさん、結婚するのか…?その内藤と?」
「そうですよ真ちゃん」
「んなわけあるか!!真ちゃんの阿呆!!」
「阿呆だと…!?」
キラリと口元を光らせた内藤さんが即座に肯定するがあたしはすかさず否定する。つか何でそうなる。
「そ、そうか…吃驚したのだよ」
「話が飛躍してるけど、あたしは今誰とも結婚の予定ないよ。あたしがさっきまじまじと見てたから声掛けてくれただけ」
そう説明すると真ちゃんは納得してくれたようで視線をショーウインドーに寄越す。そこにはあたしが先程見ていたマーメイドのウエディングドレス。
「…新作か。あれに惹かれたのか?」
「そう!だってシンプルなのに超綺麗でさ!マーメイドタイプだけどこう、セクシーな感じなのに可愛さもあって、尚且つ清楚な感じが漂ってるっていうかさ!」
「お客様お目の付け所が素晴らしいですね!コンセプトをよくわかっていらっしゃいます!」
「流石そらさん!僕の女神!」
あたしが興奮気味に言うが成る程なと言って真ちゃんはちゃんと話を聞いてくれて、見たまんま言っただけだけどおまけに店員まで褒めてくれた。ドレスって凄いなって改めて思ったんだもん。内藤さんは放置。
「試着程度なら折角声を掛けてもらったのだからやっておくといいのだよ」
「え」
まさか真ちゃんからそう言われるとは思わず、あたしは目を丸くさせた。
「流石真ちゃん!わかってますね」
「お前は帰れ。ストーカーなど不届き者めが入っていい場所ではない」
「酷い!」
ずっと馴れ馴れしい感じの内藤さんに、真ちゃんは既に呼び方の指摘は面倒だからかしないものの見下すような厳しい視線を向けて退散させようとする。
「僕も手伝います!お着替えとか手伝いが必要ですよね!背中のファスナー上げたり小ぶりなお胸を少しでも大きく見えるように寄せたり「うっさいわァァァ!!」グッフォォォオオ!!」
普通に失礼な事を挟んだ内藤さんの鳩尾に重い一発を食らわせる。流石に油断していた所にバッチリ入った所為か泡を吹いて倒れた。それを見て真ちゃんは鼻で笑う。
「真ちゃんもついてきてくれるなら着てみる」
「わかったのだよ」
仕方ないと言いながら眼鏡を押し上げる真ちゃんは今日も今日とてツンデレ絶好調のようである。
【緑間side】
ひょんな事から流れでそらさんがウエディングドレスの試着をする事になり、オレはその付き添いで一緒に中に入った。試着室で着替えている最中、オレは手持ち無沙汰なのでいくつものドレスを見たりディスプレイを眺めたり時間を潰す。
ちなみに、先程重い一発を食らっていた内藤は未だ外で伸びている。通行人にも店員にも助けられていないとは可哀想な奴だ。
にしても、まさかこの歳でこんな店に入るとは思わなかったのだよ。しかも今は制服だ。
そらさんは嬉しそうだったからいいのかもしれんが。普段サッパリしているとは言え、やはり女性故にこういうものには興味があるものなのだな。
「お待たせしました!試着出来ましたよ〜」
背中を向けていたオレに店員が声を掛ける。振り返ると楽しそうに笑った店員がカーテンの端を持つ。
「吃驚しますよ〜!更にとっても綺麗になられましたから」
それでは御対面、と悠長に言いながら引かれたカーテンの向こう側にいたそらさんを見て思わず目を見開き息を飲む。
マーメイドの純白のドレスに身を包んだそらさんは、素直に感想を言うが凄く綺麗だった。その辺にいるモデルと張り合えると勝手に思った程だ。化粧を軽く施してもらい髪も結い上げてもらったようでいつもと全然違った。
元々スタイルがいいそらさんのスラリとした体のラインがはっきり浮き出ているが、品があり清楚で、それでいて恥ずかしそうにやや伏せられ気味の表情に色気さえ感じた。
…って何を言ってるのだよオレは!らしくない。自分で自分が気持ち悪いのだよ。
とは言え、本当によく似合っている。勿論普通のふわりとしたドレスでも似合うだろうが、折角のスタイルを惜しみなく魅せる為にはやはりマーメイドが似合うと思った。
「ど、どう、かな。色々軽くやってもらったんだけど」
「……」
「あの、真ちゃん?や、やっぱり変かな!?」
そらさんの伏せられた瞳が上がりオレを捉える。先程からオレはそらさんをずっと捉えていたが、そらさんが慌てたように自分のドレス姿を見下ろしているのを見て立ち尽くしていた事に気付くと急いで何か声を掛けようとする。
「っ、ち、違うのだよ!つい見惚れ…いや、その…に、似合ってるのだよ」
上手く言葉に出来ず若干狼狽えてしまったが、頬に熱が集中するのを感じながらも少しでも表情を読み取られないよう眼鏡を押し上げながら答える。尻すぼみになってしまったが、ちゃんと聞こえたのかそらさんはキョトンと目を丸くさせたが直ぐに破顔した。
「よかったぁ!変って言われたら色々してもらったのに申し訳ないと思って。でもちょっとでも似合ってるなら嬉しい」
「よくお似合いですよ!」
「えへへ。ありがとうございまーす」
まるで花が咲いたような笑顔を見て心臓がドクリと大きく飛躍し、そこから段々と鼓動が高くなるのがわかる。じわじわ熱を帯びていく顔全体に気付いて堪らず視線を逸らす。
宮地さんと交際しているとの話が挙がった時、皆の前で告白されているのを見た時に酷く落胆したような佗しい感情が胸を占めていたのを思い出す。それとは逆に、今そらさんの普段見られない姿を自分だけが見ているとういう優越感や、笑顔を見て体が熱くなり胸が締められ少し苦しくなる感覚がある。
オレはこの感情をよく知らないが、そらさんが普段から他の奴と一緒にいるのをあまり面白くないと感じている事や、如何わしい事をされている事を知った時に破廉恥だと思うと同時に怒りを感じる事もある。それから察するに、オレはもしかすると赤司や紫原や、特に身近で言うと高尾と同じ感情を抱いているかもしれないと思う事がしばしばある。
そらさんは考えが子どものように無邪気な時もあれば大人の落ち着いた思考を持ち合わせており、適当な時もあるが(それに呆れ許せない時もなきにしもあらず)基本的に真面目で諦めない人事を尽くす人でもある。そこは以前から認めていた事だが、他にもオレには出来ない料理を美味しく作ってくれたり、人が困っていると嫌な顔せず受け入れてくれたり優しい人だ。
欠点として感じていた事は後先考えずに突っ込んでいく無鉄砲さや、優柔不断な事。本人は割り切ってやっているつもりのようだが、結局流れに身を任せ自分の意思というものをなくしていたように思う。最近では目立たなくなったが。
それでも、それが彼女の一部でありよさも悪さもあってこそ山口そらという人だと思い一緒にいる事を苦に思った事はなく、寧ろ心地がいいとさえ思う。完璧な人間はいない。完璧に見える赤司でも弱さだってある。
だからもしかするとオレはこの人に対して特別な気持ちがあるのではないかと思っていたが、どうやらそれは本当らしい。自分でらしいと言うのも変だが。
オレにだけピアノを教えて欲しいなど頼ってくれる事が嬉しく、オレに対して笑みを向け何でも応援してくれて、厄介とよく言われるオレを受け止めてくれるこの人が。
「好き、だ」
「…え?」
「……え、」
いつの間にか近くにいたそらさんがオレを見上げる。その目は瞠目しており喫驚の表情を浮かべている。ふと店員を見遣れば口元を押さえて目を見開いていた。
オレは、今何を言った?
「え、え?好き?な、何の話?」
そう聞き返すそらさんはほんのり赤面していた。オレはハッとして、先程の発言を思い出す。心の中で言ったつもりがまさか口に出ているとは…!しかもこんな人前で!
「な、何でもないのだよ!ドレス!ドレスの事なのだよ!!」
「え!?あ、そう、そっか!そうだよね、ごめんごめん!ついあっつーい目で見つめられちゃったから緊張して誤解しそうになった!」
勢いに任せてそう言い切るとそらさんは恥ずかしそうに笑って写真撮ってと言い、携帯を渡してきたので全身を何枚か撮る。その時の苦し紛れの弁解でオレは何とか誤魔化せた安堵感と「誤解しそうになった」との言葉で緊張していてほぼ無意識だったが何とか撮れていたようだ。
しかしそれは、どういう意味で捉えていいものか。
店員に一緒に撮るか言われたが、今は制服だし一緒に写ったとしても兄弟に見えてしまいそうだったからやめた。べ、別に残念など思ってないのだよ!
その後着替えを終えて店を後にした。今気付いたが内藤はいつの間にかいなくなっていて、通行人の話によると店内を携帯で連写しているのを警官に見付かり事情聴取で連行されたらしい。何をやっているのだよアイツは。
恐らくそらさんを撮っていたのだろうが、まあ警察に捕まっても可笑しくない事を普段しているからたまには痛い目見るのも一つだろう。普段そらさんがやり返している事には触れまい。
「今日ご飯食べてくよね?てか是非食べてって欲しい。折角付き合ってくれたしね」
「ああ、そらさんがいいなら」
先程の失言もあってやや緊張してしまうが、そらさんも普通に接しようとしてくれているようなので気持ちを切り替えよう。今はあやふやな部分があるが、ちゃんと伝えたい時はいつか来ると思うのでその時まで取っておきたい。
そらさん宅で夕食を食べた後はピアノ練習をしたが普段通りに出来た。今はこれでいいと思うのはオレが意気地なしの所為か。
その夜、LINKでそらさんのドレス姿が回った時にオレが一緒にいた事についても知られると、羨ましいやら抜け駆け最低やら散々な事を言われたが羨む連中の心中を察するとやはり優越感を感じた。
フン、普段人事を尽くしているからこそこういういい事があるのだよ。それに今日の蟹座は二位で、ラッキーアイテムの蚊遣豚が更なる運を運んでくれたに違いない。
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