INFINITY WORLD
あたしと福井健介

 日が暮れた夕方。あたしは電柱の陰に隠れながらその時を待つ。
 寒さに耐えて暫く待っていると、姿を現した人にほくそ笑みタイミングを待つ。
 その人が近くに来た瞬間、あたしは電柱から飛び出た。

「ワァァァアアア!!」

「わあああああああ!!?」

 両手を挙げて大声を出しながら飛び出すと、その人物も大声を出して飛び上がった。爆笑。そして二人して近所迷惑。近所の犬がワンワン鳴いていた煩くてすみません。

「なっ、あっ、そらさん!?」

「おっつー」

「いやおっつーじゃねえよ!!マジでビビった!!」

 未だ恐怖でドキドキしているのか心臓を押さえながら顔を青ざめさせた目の前の人物を見上げる。
 恐らくサークルの帰りで寒そうに身を縮こまらせて歩いていたのは福君。この待機していたルートは福君の帰り道で帰宅時間をさっちゃんから聞いていたので待ち伏せしていたのです。下手したらストーカーだぜこれ。

「ごめんごめん。アメリカンジョークだよー」

「此処アメリカじゃねえけど」

 そう言ってしらっとした目を向けてくる福君にケラケラ笑っていると、その手に持つ可愛い袋が目に入った。ま、まさか。

「それなんぞ?」

「あ?ああ、大学の奴にもらった。バレンタインだっつって」

 頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。ガーンと痛む頭を押さえながら考える。いや、普通に考えて福君イケメンだし、岡さんに聞いた話では卒業前にラブレター手渡しでもらってたって話だし、そりゃ女子からバレンタインでチョコもらっても可笑しくない。それが本命でも友チョコでも。

「よ、ヨカッタネ」

「何で片言?つか寒ィだろ。家近いから上がってけよ」

 此処で待ち伏せしてたって事は暇なんだろって言われて、ただ単純に暇だからって意味ではなくあなたに用事があるんですけどね!って思いながらも頷いて歩き出した福君について行く。愛車は家遠くないから一回置きに戻ったから大丈夫。

「…告白されたの?」

「!?え、いや…まあ…」

 少し言い淀んだ感じで赤面する福君。ああ、これあかんやつや。あたしフラれたな。告白されて受けたんだろうか。
 じゃあ行く意味なくない?とか思うけど、折角作ったんだから取りあえず渡そう。何なら友チョコとか言えばいい。他の子のとは違うけど。

 少女漫画でありがちな、好きな人に渡すタイミングなかったとか他に渡してる女の子いるみたいだから渡せないとか乙女ぶるつもりはない。図々しく図太くいくぜ。だって折角作ったんだよ?お金掛かってるんだよ?材料費もタダじゃないんだよ?
 突き返されるのが怖くてやってられっか!!突き返されたら仕方ないけど自分で努力して作ったんなら渡してナンボのもんじゃい!!

「何してんだよ、そらさん」

「へあ?あ、ごめんごめん」

 足が止まっていたようで早く来るように促され駆け足で近寄る。
 そんな様子を見て福君は笑った。その笑顔のドキリとしてしまうあたしは自分が思っている以上に好きらしい。

 福君の家に着くと一人暮らしらしくアパートだった。家族は仕事の関係で秋田に残っているらしい。詳細は野暮なので聞くまいよ。
 そんな一人暮らしの家に寒いから入れてもらうあたしは結構図々しい。彼女いるかもしれない子の家に上がるって、いつからあたしは魔性の女になったんだ。いや、魔性の女とかそんないいもんでもないか。

 リビングに通されソファーに座ろうとすると、手洗いうがいは?といつもあたしが言う事を言ってさせてくれた。ありがとう、気になってたんだけど人の家だと申し訳なくて。
 落ち着いてからミニテーブルの前に座るとあったかいココアを入れてくれた。岡さん直伝のココアらしい。美味い。

「で、何か用事だったんだろ?」

 今日は何の日か知ってて、この日に会うって事で察しないのかな。案外鈍感?と思いながら正面に座った福君を見つめてからカップを置き、鞄と一緒に持っていた袋から小箱を取り出す。

「お納め下さい」

「?…え?」

「バレンタインだよ」

 少し頬が熱くなるのを感じながら唇を尖らせて言うと、福君はみるみる顔が赤くなっていく。お?この反応は何だ。

「え、あ、サンキュー」

 そう言って受け取ってくれた福君。突き返されなくてよかった。
 早速開ける福君を一瞥してから、少し離れた所に置かれたもらったと言う封の開けられていないチョコ達を見た。あたしが後に渡したのに先に開けてもらえる事が嬉しくて少し笑う。

「おー美味そう。流石そらさん」

「味は保証する」

 中身のトリュフを見て嬉しそうに笑う福君を微笑ましく見つめていると、チョコに添えたカードに気付いた福君が疑問符を浮かべながら手に取る。あたしはそれを見て緊張したように体が強張り、正座をして両手を膝の上で握る。

「何だこれ?…“福君が好きです”…え?」

 福君はメッセージカードを読んでから目を丸くして顔を上げた。

「…はあっ!?」

「ええ!?」

 あまりの声の大きさにあたしもビビって声を上げると、福君はまた顔が赤くなっていく。

「え、ま、マジで?」

「ま、マジで」

「オレの事?」

「あたしが言う福君は福君しかいないでしょ」

 そう言うと福君は顔を手で覆って俯いてしまった。何かまずかったのかな。彼女いるのにとか思ってるのかな。

「…ごめんね」

「は?何が?」

「彼女いるから困ってるんでしょ?」

「は?彼女?」

 あたしがそう言うとつり目な目を見開いた後少し呆れた顔をされた。

「オレ彼女いねえよ。いるって言った覚えねえけど」

「だって告白されたんでしょ?」

「あー、まあ、されたけど。…断ったよ」

 あれ、断ってたのか。あらやだあたしってば早とちり。テヘペロ!すみません。

「そうだったんだ。なんだ…」

「…そらさん」

 安堵して息を逃し力の抜けた肩を落として視線も落としていると名前を呼ばれた。顔を上げると、福君は相変わらず赤いままで、でも真っ直ぐ真剣な目をして見つめてきた。

「もしかして、ヤキモチ、とか?」

「!!?」

 まさか福君にからかわれる時が来るとは!絶対顔赤くなってるし目を見開いて吃驚していると、福君は目を瞬かせた後面白そうに笑ってわしゃわしゃと髪を撫でてきた。あたしは動物じゃないよフクゴロウさん。

「やべえ、嬉しい」

「へ、え、あ、そう…」

 手を離した福君を見れば目を細めて笑っていて今まで見た事ない顔だったのでドキンとした。くぅ、イケメンめ…!
 顔を俯かせていると近くに来た福君の気配を感じてビクッと肩を上がらせる。何故こっちに来たし。

「そらさん」

 また名を呼ばれたかと思えば後ろに回った福君に背後から抱き締められた。突然の事に体が硬直し動きが止まっていると、いつぞやの如く肩口に顔を埋められた。髪が首筋を撫でて擽ったい。

「オレも、好き」

「へ」

「そらさんが好きだ」

 その言葉を理解するのに時間が掛かってしまい一瞬フリーズしたが、理解すると体全体が熱くなって視界が潤む。見込みが全くなかったわけではないけど、同じ気持ちだったって事が嬉しくて泣きそうになった。










【福井side】

 バレンタインの今日にわざわざオレの所に来てくれたもんだから、変に期待したけど悟られたくなくて平然を装って家に招いた。べ、別に下心はねえよ勘違いすんな。

 期待していたけどチョコをもらうと嬉しさから思考が上手く働かなくて反応が遅れた。他の奴は知らねえけどこんな立派なチョコもらえたんだから、どういう意味か聞いてみようかと思っているとカードを見付けてそれを読んで頭が真っ白になった。

 そらさんに言い寄る連中は理解してたしそらさんも揺らいでる様子は見てわかってた。だから大学に来た時に気持ちを自覚したが告白もしてねえオレなんか相手にされねえって思ってた。なのに欲しかった言葉をもらえて信じられなくて、嘘だって思ったけどそらさんの照れる様子を見て嘘じゃねえって自分に言い聞かせた。

 チョコもらって告白されたってだけで彼女がいるとか勘違いされていたが、それもそらさんのヤキモチだと思うと嬉しく思った。オレなんか眼中にないと思ってたから余計にそう感じた。

 テーブルを挟んだこの距離が疎ましくて距離を詰め、前みたいに後ろから抱き締めると体は強張っていたが逃げられる事はなくてすっぽり収まるそらさんを酷く可愛く思う。
 髪の隙間から見えた耳は真っ赤で、その反応も嬉しくて顔を埋める。そらさんの落ち着く香りがして頭がくらっとした。

「そらさんが好きだ」

 そう言うとそらさんの体が僅かに震える。何かいけなかったかと一瞬不安に思ったが、そらさんから声が発せられて口を噤む。

「ほ、本当に?」

「…おう」

「あたしなんかでいいの?」

「そらさんがいい」

 それはオレもだよ。オレなんかでいいのかって思うけど、そらさんがそう聞いて同じ疑問があったって事は、答えも一緒だと思ったから言わねえ。

「…あたしね、福君とちゃんと話した事あんまりなかったけど、大学行った時に福君と一緒にいて凄く居心地がよかったんだよ」

 僅かに震える声で紡がれる言葉を黙って聞きながら、相槌を打つように頷く。衣擦れの音が部屋に響いた。

「岡さん弄ってる時の楽しそうな顔だったり授業受けてる福君の真剣な顔だったり、たまに変な事教えてるけど劉ちゃんに日本語教えたり年下の面倒見がよくてお兄さんしてたり、そんな福君見てて一緒にいたら落ち着くなって思った」

 オレの回した腕に触れながら顔を俯かせるそらさんを抱き締め直す。鼻を啜る音が聞こえる。泣いてんのか。

「風邪ひいた時に福君に抱き締められた時の事思い出すとドキドキする。あたしが消えちゃいそうとか言ってたけど、捕まえるみたいに抱き締めてくれたのが嬉しくて、これからもあたしが寂しい時とかにいっぱい抱き締めて欲しいって思って…」

 グッと言葉を飲み込むそらさんに回した腕をゆっくり離す。続けられる言葉を聞きながら細い肩に手を置いた。

「だから」

 その先は聞かなくてもわかるしいっぱいいっぱいになって話してくれてんのもわかったから、グイと肩を引き寄せ正面向かせてから抱き締めた。正面から抱き締めんのはこれが初めてだな、とか呑気に考えながらよしよしと頭を撫でてやる。顔は見てねえけど多分泣いてるから。

「ずっと傍にいるしどんだけでも抱き締めてやっから」

「ふぐぅ」

「そらさんも、傍にいてくれたらいい」

 そらさんにだけ聞こえればいいから、耳元で囁くように伝えれば何度も頷いてオレの背中に手を回して胸板に顔を埋める。

 仕草一つひとつ可愛いなと思いながら、暫く落ち着かせるように頭を撫でて体を離し顔を覗き込むとふいっと顔を背けられた。泣き顔見られたくねえのな。
 でもオレも諦め悪いから両手で顔を包んで上げさせると目と鼻を赤くして顔を濡らしていて、恨めしそうに少し睨んでくるがふっと笑って柔らかそうな唇にオレのそれを重ねた。

 泣いたから顔も口も熱くて、少し冷えていたオレの唇に熱が移る。甘い感覚にまた頭がくらっとした。

 最初に下心はねえとは言ったが、オレも男だしそらさんが彼女になったんならこれからは男の欲に逆らわず少し素直になってもいいんだよなと思っていると、顔を離したそらさんにぺちっと額を叩かれた。何でわかったんだこの人。顔に出てたか?

 それでも照れ臭そうに笑うそらさんの行動一つひとつが愛おしいなってガラにもなく思った。










Kensuke Hukui END.

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