INFINITY WORLD
あたしと緑間真太郎

【緑間side】

 今日も部活が終わり疲れた体を引きずるようにラッキーアイテムであるウエットティッシュを持ちながら帰路に着く。隣では相変わらず高尾が有り余った元気を振り撒き煩い。
 仕方なく相手をしてやりながら分かれ道に差し掛かり、高尾と別れ家に着いた。

「ただいま」

「あ、お帰りなさい」

 リビングから母親の声が聞こえ、靴を脱ぎながら家に上がると何やらリビングが騒がしいのが聞こえる。何をしているのかと気になり、いつもなら洗面台へ直行するところをリビングに顔を覗かせればその光景に動きが止まる。

「そらさん料理お上手ねー!」

「母君には負けます〜」

「これも美味しい」

「嗚呼天使…!!」

 何故かそこには母親と妹、そしてそらさんがいた。そらさんはソファーに座って隣にいる妹に抱き着きよしよしと頭を撫でてデレデレしている。何なのだよこの光景は。

 テーブルの上には小袋に入ったクッキーが広げられている。それを食べては母親も頬を緩め作ったであろうそらさんを褒めちぎる。

「何をしているのだよ…!」

「あ、真ちゃんお帰りー。部活お疲れー」

「ああ。…ってそういうこっちゃないのだよ!」

「アハハハ」

 完全に家族に溶け込んでいるそらさんに頭痛がした。何故此処にいる何をしに来たのだよ。

「そらさん真太郎に用事があってわざわざ来てくれたのよ。そしたら今日はバレンタインだからって私達もクッキーもらっちゃった!」

「美味しいよ、このクッキー」

 前はそらさんが来た時に影から見ているだけで帰宅した後あの人は誰かと色々聞いてきたが、今度来る事があったら話してみればいいと促した時には恥ずかしいからいいと断っていたにも関わらず、普通に接しそれに加えベタベタと甘え暢気にオレにクッキーを見せる様子が見受けられる。誰なのだよ恥ずかしいと言っていたのは。

 そらさんは面倒見がいいから簡単に手懐けてしまったようだ。ある意味恐ろしいと思いながら溜め息を逃す。

「あ、そらさんは真太郎に用があったのよね。どうぞー、遠慮なく部屋に行って下さいな」

「夜ご飯食べてってね」

「わー!ありがとうございまーす」

 夕食も食べていくつもりなのか。別に他が構わないのならいいが、馴染むのが本当に早いと何度目かわからない溜め息を零す。

 何の用かは知らないが、恐らくピアノの事だろう。来なくても教えに行くのに、律儀なのか何なのか。そらさんにはピアノのある部屋に行ってもらい手洗いなどを済ませてオレは自室に向かう。するとそこにはそらさんがいて目を見張った。

「…何でこの部屋にいるのだよ」

「え?駄目だった?」

「構わないがピアノは隣の部屋なのだよ」

「知ってるよ」

 オレの部屋でそらさんが立て掛けている賞状など興味深そうに見ており、部屋を間違えたのかと思い声を掛けるが意図して入ったらしい。そんなに人の部屋が気になったのか?気に障ってなどいないがそう思って見つめていると、そらさんは首を傾げながら言った。

「あたし今日はピアノしに来たんじゃないもん」

 ピアノを教えてもらいに来たんじゃない、だと?なら何をしに来たのだよ。

「取りあえず着替えたら?」

 オレの部屋だがそう促されて素直に従う。此処の住人がまるで変わったかのような自然っぷりだ。だが女性がいるこの部屋で着替えるなど出来るはずもなく隣の部屋で着替える。そらさんももう少し顔を背けるとか気にするべきなのだよ。

「…で、用事というのは何なのだよ」

 部屋に戻り机を挟んで座ると、母親が運んできたのか紅茶の入った二つのカップが置かれており、一息吐こうと一口飲んだ後問い掛けるとそらさんも一口飲んでから口を開く。

「今日は何の日?」

「…バレンタインか?」

「うん。だから、はい」

 机の下から出された小包みを差し出され僅かに目を見開く。その為に来たのか。そういえばマネージャーの大坪も部員に渡していたな。オレももらったが、小袋に入ったそれとは違い、そらさんにもらったそれは女子っぽくラッピングされたもの。店先で売っているそれとは何ら変わりないように見えるが、料理の出来るそらさんの手作りだと言う。本当に器用に熟す。

「真ちゃんおしるこ好きでしょ?だから抹茶あんこマフィン作ってみましたー」

 中を開けるとそう言われ甘い香りが鼻腔を擽る。好きな物を心得ている上で作ってくれた事が嬉しく心が温かくなる感覚がする。

「…ありがとう」

「いいえ。でね、真ちゃん」

 顔が赤くなるのを感じて眼鏡を押し上げ誤魔化しながら礼を言うとそらさんが続きがあるように口を開くのでそちらを見る。そらさんは少し俯いた後、頬を染めて口を開いた。

「真ちゃんが好きです。付き合って下さい」

 それを聞いて時間が止まったように感じた。動かない体と頭。呆然とそらさんを見つめていると視線を落とした。

「真ちゃんさ、ピアノのよく教えてくれるじゃん?あれ凄く助かっててね、自分も忙しいのに嫌がりもせず真ちゃんの言い方なら人事を尽くしてるところが本当凄いなって尊敬する。あたし以上に細かいところ多いけど」

 最後のは余計なのだよ。

「教えてくれるのが当たり前みたいになってるけどもし真ちゃんに彼女が出来ちゃったらそんな事もうしてもらえなくなるじゃん。申し訳ないし。そう考えた時にね、あたし以外の人と一緒にいるのなんかやだなって思って」

 未だに動かない体だが、頭は動き出してそらさんの言葉を逃すまいとして耳から情報を得て脳で理解する。

「素直じゃないツンデレな真ちゃんも、努力を惜しまない真ちゃんも、甘い物が好きな真ちゃんも、あたしの為に尽くしてくれる真ちゃん全部が好きです」

 オレは夢でも見ているのかと思った。あの時ウエディングドレス姿を見て口走った好きという言葉と同じ言葉。あの後無理矢理誤魔化して「誤解しそうになった」と言われてドキドキして、意気地なしの所為か今はこのままでいいと思っていたがそらさんの告白を聞いて全てが吹っ飛んだように頭が真っ白になった。

 気付けば漸く動いた体でそらさんの手を握っていて、自覚があるくらいに顔が熱く絶対に情けない程赤面しているであろう顔を向けて勝手に口が開く。

「オレも、」

「え?」

「オレも好きなのだよ…!」

 可愛いや嬉しいなど勝手に溢れそうになる好き以外の言葉をぐっと飲み込み、彼女の言葉に今答えなければと思いあの時感じ勝手に口から零れた言葉をしっかり伝える。そらさんはそれを聞いて目を見開いた後同じように赤面した。

 その様子を見てハッとしたオレは慌てて手を離し顔を背け、ズレた眼鏡を正す。また勢いに任せてしまった。いい加減セーブする事を覚えたい。
 そらさんと話していると抑えが効かなくなってしまう。

「…本当に?」

 そらさんはいつの間にかオレの隣にいて顔を覗き込んでくる。その近さに驚いて後ずさるとその分詰めてくる。たまに見る意地の悪さが今また出ている気がする。

「…っ、嘘では言わん」

 これが精一杯の返事だ。そう言うとそらさんは破顔して顔を両手で覆う。

「だよねー。真ちゃんこんな事で嘘絶対言わないもんねー」

 そう言って段々声が小さくなるそらさんに視線を向けると、手の隙間から溢れるものに気付く。泣いて、いるのか。

「…何故泣くのだよ」

「っ、へへ…う、嬉しくて」

 泣き顔を見られたくないのか顔を覆いながらも溢れる涙を堪えようとする姿。その小さな体に先程まで羞恥心が勝っていたオレの行動とは思えないが、正面から緩く抱き締める。海で溺れ抱き上げた時にも思ったが、女性にしては身長がやや高くてもやはり小さな女性だと思った。

「…泣くな」

「っ、うん、ごめん」

「謝るな」

「はいいぃぃ」

 ぐしぐしと荒く服で拭うそらさんの手を止めて顔を上げさせ手の届く所にあったティッシュで鼻水もろとも拭ってやる。オレより年上のくせにまるで子どものようなのだよ。大人の女性だと感じる時は勿論あるが。

「…真ちゃん」

「何だ」

「好きになってくれてありがとう」

 鼻を真っ赤にさせて笑うそらさんがどうしようもなく愛おしく感じまた抱き締める。この気持ちをどうすればいいかわからず、だがこれで少しでもそらさんに伝わればいいと感じた。

「真太郎ー!そらさーん!ご飯出来たわよー!」

 下から聞こえた母親の声に二人して飛び上がり、部屋の前までは来ていないが見られないように慌てて離れ不審に思われないように返事を返す。

 その後顔を見合わせてそらさんは吹き出して笑い、オレも口元が緩んで見られないように眼鏡を押し上げて顔を隠す。

 そらさんは落ち着くと少し濡れたままの顔を拭ってからオレをチラリと見て、赤くさせたままの顔を手で扇いだ。いつまでも降りないと呼びに来ると思いそらさんの手を取る。

「オレも、ありがとう」

「何が?」

「好きになってくれて」

 オレを見上げてキョトンとする彼女に幾分落ち着いた心境で同じ言葉を伝えると、また嬉しそうにいつもの優しい笑みを向けれくれた。










Shintaro Midorima END.

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