その為に強くなったから
「あ…」
「! 春添さん?」
“そこから出て来い”という事は、此処には入って来れないという事か。そんな疑問が頭を占めながらも、視線を女から外せないでいた。女はあたしをじっと見つめている。あたしが出て来るのを待っている。
まるで蛇に睨まれた蛙のように固まるあたしを見て、黒子君が振り返りカウンター越しに廊下を見る。
「…何かあるのかい?」
話が聞こえていたようで氷室さんもあたしの様子を見て可笑しいと思ったのか、出入り口から出て確認しようとした。その瞬間、女の視線はゆっくり氷室さんに向く。
「駄目!行かないで!!」
それを見て漸く体が動いたあたしは止めるべく叫びながら一歩を踏み出す。
しかし、それよりも早く彼の動き止める人がいた。
「氷室さん。今は此処から出ない方がいいようです」
腕を掴み制止したのは赤司君。腕を引かれ氷室さんは目を瞬かせながらもナースステーションの区域を超える事はなかった。
あたしはバクバクと騒がしく煩い心臓を押さえる。あのまま出ていたらどうなっていた?喰われていた?あれは此処にいる雑魚の怪物じゃなくて、恐らく本物の妖。細い幽霊も同じ妖だが、凄みが違う。
先を考えてゾッとした。
「…春添さん」
そんなあたしの前まで近付き、そっと肩に手を添えるのは赤司君。あたしが恐る恐る顔を上げると、彼は真剣な目で見下ろしていた。
「中学の頃から疑問に思っていた事がある」
そして彼は自身の隣にいる黒子君を一瞥する。黒子君はその視線を受けて廊下をじっと見つめた。
視線をあたしに戻した赤司君の口から出た言葉は、またあたしの動悸を速める事になる。
「君は、視えているね?アレが」
何でそんな言い方をするの。まるで君も視えているみたいに、都合よく聞こえる。
「あ、アレって…」
「薄っすらとだけどね。オレも視えるんだ」
「僕は何となく感じる程度ですが」
う、嘘。本気で言ってる?この人達。
話が飲めない様子の笠松さんと氷室さん、降旗君と宮地さん。こちらに視線が突き刺さる。
青峰君は幽霊の話をしていると感じてか、少し青い顔で廊下とあたし達を見比べている。
確かにあたしは視えているような振る舞いを取ってしまっているが、視えているとは一切公言していない。その上で妖がいる方を見て“アレ”と表している彼らの言う事は…状況的に言えば本当なんだろうか。
「オレは一般的に幽霊、妖怪などと呼ばれるモノが視える」
あたしが言い淀んでいると、赤司君はハッキリそう言った。その言葉に驚くのはあたしだけではなく、黒子君以外の周りにいる全員だ。
「中学の頃、君は凄腕の剣術使いで有名だった。だがその名ばかりに人が集まるだけで、友人と呼べる人が少なかった事は噂で聞いたし実際に見て知っている」
ちょっと、友達が少ないとかはほっといてくれないかな!
「急に何かに怯えたり一点を見つめて動かなかったり、何もいない所に話し掛けたり。超人だと噂される反面、奇怪だの変人だのと言われていた」
中学の頃を思い出し眉を顰める。確かに剣術以外であたしの言動や行動は人の注目を集めた。そんな噂があって剣術以外では人があんまり近寄らなかった事も知ってる。
だからと言って極端に避けられたり虐められた経験はない。そうした場合、あたしからの報復が怖かったんだろう。
「だけど今確定した。君はあそこにいる赤い着物を着た奴が視えている。これが事実なら、この世界からの脱出の希望は大きくなる」
「どういう事だ?」
「まだハッキリとは言えませんが、この世界から脱出する糸口は本物の幽霊にあると思います」
笠松さんの疑問に赤司君はあたしから手を離しながら答えた。
「本物って…」
「今までに春添さんが倒してきた怪物は敵キャラであって幽霊でも妖怪でもない。全員に視えていたから。でも本物は違う」
降旗君も呟くように疑問を口にした。それを聞き取って赤司君は目を伏せる。
「オレでは薄っすらとしか視えない。でも春添さんがオレよりも視えるのであれば、幽霊から情報を得やすい」
「その幽霊に何かヒントがあると思う根拠は?」
「此処は放送の声の主が作ったゲームの世界。各階にいるボスキャラや敵キャラの怪物は設定上作られたと考えて納得いきますが、作られたこの場所に本物の幽霊が混ざっている事が疑問です。恐らく幽霊もオレ達と同じこの世界に招かれた、言わば被害者。人間であるオレ達以外にも招かれた幽霊に何かヒントが託されているのではないかと考えたからです」
宮地さんが質問を投げ掛ければ、赤司君は自分の見解を答えていく。細い幽霊が言っていた“巻き込まれた”って言葉やあたしが考えていた事と似たような考えだったので、あたしは腹を括り正直に答える事にした。
今隠したところで意味はない。
「…わかった、正直に言う。あたしには霊感があります。視えて聴こえて感じて、触れて話せます。幽霊と言うより、あたしは総称して妖と呼んでいます」
あたしは一度息を吐き出し、軽く呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻した。
「あそこにいる赤い着物の白髪の女も視えています。自分が視えているだろう、出て来いと話していました」
未だふわふわと浮いている妖。一瞥した後あたしは全体に視線を向けて口を開く。
「妖を認識する事に慣れていると言っても、正直相手によって恐怖はあります。でも此処から出る糸口があるかもしれないなら、妖に接触して聞いてみます」
「それで対立する事になったら?戦えるのかよ」
先程の青い顔のまま、少し冷静さを戻した青峰君が尋ねてくる。
あたしは一度目を閉じ、覚悟を決める。
「その為に私は強くなったから」
あたしの覚悟を秘めた目を見て、数名が息を飲んだ。
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