これで貸し1だよ
…漸く出て来たかい。
あたしは刺股を持ち、ナースステーションの区域を越え廊下に立つ。女の妖はあたしの方に向き直り、唇に再び弧を描いた。
しかし、あたしの後ろには赤司君、宮地さんがいる。
あたしは先程の赤司君の言葉を思い出した。
「いいかい。誰も君に必ず戦って欲しいわけではない。ただこの場で一番霊感があり、戦う術を熟知しているのは君だ。一番接触や交渉を出来るのが春添さんだからお願いする事になるだけで、オレ達にも出来る事があれば何でもするし春添さんを一人で行かせるつもりもない。だから先導には立って欲しいが、オレ達が付いている事は理解しておいてくれ。仲間がいる事を忘れるな」
赤い双眸があたしを見据え、ふわりと微笑んだ。
そして宮地さんは一歩前に出ると頭を掻きながらあたしを真っ直ぐ見て、霊感だの幽霊だの信じられない話だが、と口を開き言葉を続けた。
「お前は一人じゃねえよ」
「…聞きたい事がある」
ほう…言ってみな。
あたしは刺股を構えず床に着いて持ったまま、妖から視線を外さずに問い掛けた。
「あたしはあなたに会う前に細い幽霊に会ってる」
みんなに言っていない事なのでその言葉は妖だけでなくみんなに驚かれた。
「その子は巻き込まれたって言ってた。それはあなたも同じ?」
左様。私も例に漏れず、連れて来られたようだ。
素直に答えた妖は、少しずつこちらに近付いてくる。
出て行きたいんだが、此処に連れ込まれた際に力を幾分か吸い取られたようでねぇ。どうにかして力を得て戻ろうと考えているところに貴様ら人の子が現れてな。
あたしはゆっくり刺股を構える。
人の子を喰えば力が戻る。お前や後ろの赤いガキは霊力が高い。特に貴様は…
数メートル離れて止まった妖は、スッと静かにあたしを指差した。
大きな力が得られそうだ。
ぺろり、と赤い舌を覗かせて舌舐めずりをする。その言葉はこの距離で聞こえていたのか、赤司君が小さく息を飲んだ。
そして突如風が吹き上げあたし達の髪を乱す。ナースステーションの中からこちらを見守っている黒子君達には被害がないようだが、警戒しながら心配するようにこちらを凝視している。
妖は髪を乱しながらニヤリと尖った鋭利な歯を覗かせた。
あたしは怯む事なく風に掻き消されないように声を上げる。
「あたし達は此処の敵以外に戦うつもりはない!あなたが巻き込まれたと言うなら、此処から出たいと言うならそれに手を貸す。勿論他の妖にもそのつもりでいる!但しあたし達に危害を加えないと約束して欲しい!害が及ぶようなら…同じ境遇と言えど容赦は出来ない。だから協力して欲しい!」
ギュ、と刺股の柄を握る力を入れあたし達の頼みを伝える。
しかし妖は鼻で笑って可笑しそうに口元を手で隠して笑った。
わざわざ私が貴様らに手を貸すと?寝言は寝て言うものだよ、人の子よ。私は自分さえ助かればいい。貴様らなど知った事ではない。
「……」
考えが甘いな。小娘。
わかっていた。妖が人間に手を貸すなんて僅かである事なんか、今までの経験でわかっていた。
はずなのにイライラが止まらない。言葉で伝えて交渉して、それが駄目ならもう…強さでモノを言わせるしかあたしは知らない。
折角あたしに任せてくれたのに、こんなところで失敗してみんなを死なせるわけにはいかない。
「春添…!」
全く何も視えず聞こえず、ただ意味もわからず風が吹いている状況に戸惑っている宮地さんの焦ったような声が後ろから聞こえるが、あたしは聞かないフリをして一歩を踏み出し腰を落とす。
「…知ってたよわかってたよそう言うって。妖の殆どがそういう答え出すって。でも私を喰べて力を得たとしても帰れる保証なんてあんの?確実に霊力だけで帰れるって言い切れる?ゲームクリア以外の脱出方法って何?参加者の立場でもあるまいし、このゲームクリアして出られるわけ?考えが甘いのはあんただってそうじゃん。ぶっちゃけあたしも偉そうに言っといてどうやって妖を此処から助けるかまだわかんないけどでもゲーム始まってまだ序盤だもんそんなのすぐわかるわけないし!わからないけど方法見付けるつもりなんだよ!だから今はお互いに…人間も妖もみんながちゃんと助かるように…!」
妖の背後、ずっと遠くの暗い廊下で何かが疼いた。
一度目を閉じ意識を集中させ、負けじと覇気を出しながら腹から声を出した。
「…文句言わず手を貸せっつってんだよクソババア!!!」
叫んだと同時に、妖の後ろから大きな何かが回転しながら飛んできた。妖が振り返る前にあたしは足に力を入れて床を凹ませながら踏み込み、妖の背後に回ると刺股でそれを弾き返す。
ギィィィン!!
大きな金切音が廊下に響き弾き返したそれは廊下の奥へと消えていくが、何処にもぶつかる事なく何者かによって受け止められたようで大きな音や破壊音は聞こえなかった。
「これで貸し1だよ」
……生意気な小娘が。
あたしが背後にいる妖へギロリと鈍く光らせた目を向ければ、妖は冷や汗を浮かべながら強がって口角を上げた。
そんな中赤司君と宮地さん、そしてナースステーションにいるみんなは、あたしが何かを弾き返した廊下の奥からゆっくりと現れるソレを見て驚愕に目を見開いていた。
「な、何だよ…ありゃあ…」
ずるずる、と何かを引きずる音が聞こえる。青峰君の顔色は更に悪くなったが、彼だけではなくみんなそうだった。
先程の事もあり既に若干戦意喪失している妖を背中で押し、赤司君達の方へ後退しながらあたしは奥から来るものを見据える。
妖も後退しながら、目を細めて廊下の奥を見つめた。
…真に、此処の住人は私達妖より奇怪な事よ…
「激しく同意」
初めて意見が合ったね。
奥から現れたのはゾンビの集合体と言っても過言ではない、腐敗した人達の塊だった。
幾重にも連なる重い体を引きずって来たソイツは、長細い手に持った大きな鎌をブンブンと振り回す。動く度に体達の結合し切れなかった部分から血や脂肪が飛び散って床にぼとぼとと落ちる。
「何かボスっぽいね」
氷室さんの意見にも禿同です。
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