マジウケる
【伊月side】
緑間と一階の変化について話しているとまるで魔法のように、急に春添さんが宙に浮き階段から少し離れた床に仰向けで叩き付けられた。突然の事に驚いて困惑し固まる。
「ちが、ぐぅ…ッ!!」
春添さんが何かを言い掛けたが苦しげに声を詰まらせ、鉄パイプを持っていない右手を自身の首元に持っていく。実際には春添さん自身の首に手は触れていない。まる首を絞めているナニカを離させようとするように、透明なナニカを掴んでいるように見える。鉄パイプを持つ左手は何故か動いていなかった。
オレの隣にいた緑間が春添さんに駆け寄ろうと階段から一歩降りた。
「ぐっ…何だ!?」
「何だぁ?バリアか?すげえな」
しかし、弾かれるように階段に尻餅を着く。それを見て呑気にも根武谷が顎に手を添えながら感心したように呟く。バリアでも何でもいい。向こうへ行けない状況をどうするか考えろ!
怪異ならオレ達に視えるし春添さんが言っていた妖ならオレ達には視えない。この場合視えないから恐らく妖だ。初めて見る霊障に軽くパニックになりながら何とか出来ないかと必死に頭を働かせ、カントクに言われたように春添さんを助ける一心でオレは咄嗟に目を凝らした。
「…!」
すると、空間が歪んでいるように視えた。それは春添さんの上にナニカが乗り掛かっているように視える。もしかしたら妖かもしれないモノが視えた事で自分自身驚いたが、妖といえば、と眼で探すより先に口を突いて言葉が出る。
「春添さんが助けたっていう妖はいるか!?今だ!今彼女を助けてくれ!!」
何も聞こえない。だが視界にまたゆらりと歪みが出来たような気がしてそこへ視線を向ければ、本当に僅かに薄っすらと白い影が視えた。呼び掛けたのは自分だが息を飲む。
…仕方ないねェ。まあ、これで借りが返せるなら容易い事か。
するとその歪みは消えゴオッと春添さんの周りに一瞬強い風が吹き、何かが弾ける音、静電気のような小さな光が見え、彼女はが動いていなかった左手に握る鉄パイプを振った。ドッと何かに当たった音が廊下に木霊する。
「ゴホッ、ゲホッ!」
「春添さん、大丈夫か!?」
苦しそうに上体を起こした春添さんに何も考えずオレが駆け寄れば、緑間のようには弾き返される事なく春添さんの元へ行けた。後を追って緑間達も近付いてくる中で、オレは春添さんの背中に手を添える。
手の平から伝わる思っていた以上の華奢な感触に、こんな状況だが緊張してしまう自分の経験のなさに苛立ちを覚えた。
「ん゛んっ…平気です、」
何度か深く深呼吸をし、咳払いをした後オレに目を向けて安心させるように微笑んだ。
その時、視界の隅にまた歪みを感じ、顔を向ける。
もう少しだったのに。
冷たく暗い、囁くか細い声が聞こえた気がして、冷水を浴びたように背筋がゾッとした。春添さんはオレと同じ方向に険しい顔を向けている。
「何がいる?」
「…あれは、怨霊ですね」
怨霊。花宮の問いに答えた回答を聞き、この階のこの雰囲気を作り出している原因と結び付いた。
「どうすればいい?妖相手にオレ達で出来る事あんのか?」
「そうですね…お願いしたい事はあります」
何かを思案した春添さんはオレ達を見渡した。
【春添side】
死ね…死ね…人の子…!!
見下ろした女の妖があたしの首にその痩せこけた左手を掛け、ギリギリと首を絞める。あまりの力の強さに握力ゴリラ以上あるんじゃないかと頭の片隅で考えながら、違うと否定しても緩められる事のない絞める力、鉄パイプを持つ左手首を押さえ込む妖の右手。息が出来ず頭に血が昇る感覚と、酸素が得られずくらりと眩暈で歪む視界。
ヤバい、と思っていると張り上げる伊月さんの声が聞こえた。
その直後耳を掠めた貸し1妖の声と、あたし達を取り巻く突風。それは電気を纏い、バチッと弾ける音を鳴らして上に覆い被さっていた妖を弾いた。
その一瞬を逃さず押さえがなくなり動くようになった左手に握る鉄パイプを思い切り振ると、妖の腹に食い込み殴り飛ばす。
体を起こせば来れるようになったみんなが駆け寄ってきていて、伊月さんに支えられる。痛みに呻きながら立ち上がる妖の方を見ている伊月さんを視認しながらも、あたしも顔を向けながらあの妖を鎮める作戦を伝える。
怨霊化している妖は厄介だ。この場から消すのではなく悪いが強制的に退散させ、このゲームをクリアするまで出てくる気をなくす作戦だ。上手くいけば出てこない、はず。
低級の妖風情が、私に勝てるものか。
「威張るくらいなら直ぐに助けて欲しかった…」
頼まれなかったからねえ。
あわよくばこのまま死ねばいいとでも思っていたな。
突拍子なく急に威張り出した妖に軽い殺意を抱きながら、あたしは親指に歯を立てて小さく噛み切り血を出した。そして汚いが了承を得て根武谷さんの両拳と花宮さんと緑間君が持つハンドガンの銃口にその血を塗った。
私を引き込んだ代償は大きい。死ね。
長い髪の間から覗く見開かれた目は血走りツーッと頬を伝って血が流れ、大きく縦に開かれた口からは血に濡れた歯が覗く。ぶわりと女性を中心に巻き起こる風と、舞い上がる髪の毛がホラー映画でも使えそうな程恐怖を煽る。
「来ます!」
あたしが言うや否や、妖は先程のようにあたしを宙に浮かせて床に叩き付けようとする。そして妖があたし達の目の前に一気に迫った。
「同じ手は食うかよ!」
根武谷さんは即座にあたしの腕を掴んで浮かぶあたしを捕まえる。
「ッ、そのまま緑間君の左真横に右ストレート!!」
「オラァァア!!!」
バキッ!!
い゛…ッ!!
根武谷さんはあたしの指示通りに右ストレートのパンチを繰り出すと、女の鎖骨に入り後ろへぶっ飛び床に這い蹲る。
「おおっ!?好感触!!当たったぜ!!」
な、ぜ、ただの人の子なんぞの攻撃が…
「…成る程な」
拳にしっかり伝わった感触に根武谷さんが感動していると、花宮さんが納得したように呟く。あたしは抗力がなくなり重力に従って落ちる体を着地させ、根武谷さんが手を離す。妖はこちらに足元を向ける形で床に蹲りながら、顔をこちらに向けた。
「霊能力だの霊感だのよくわからねえが、何となく察したぜ」
「…その為の“
血印”ですから」
“血印”とは、そのままの意味で血液で出来た
印。強い霊感のあるあたしの血液は他人に霊力を感化させる程、霊力が強力なのである。
そこまで説明していないが二撃目もあたしが狙われる可能性が高いので、あたしが攻撃を受けた時に指示を聞き血印を付けた武器が有効と考えられる事からその武器で攻撃するようにと伝えたのが先程の作戦内容。
「そこにある消火栓の近くの床に向けて銃を構えて下さい。花宮さんはもう少し右へお願いします。緑間君は少し上げて…ストップ、そこ」
ハンドガンを持っている二人が構え、あたしの指示通りに銃口を向けた。
「これでこちらの勝ちなのだよ」
ドンッドンッ
ヒッ…!!
二つの銃声が廊下に響く。三階で今吉さん達に(怪異を狙ってだが)撃たれた記憶が呼び起こされ、私もトラウマになっているのか思わず耳を塞ぐ。致し方ない。
発砲される際銃口に弾が擦れた事であたしが塗った血が付着し、妖の両耳の横を擦れて髪がハラリと焼け落ち命中する。二発共掠ったのではなく、命中だ。狙い通りである。
頭を狙われたと理解した妖は怯える。こんな環境では怪異に狙われるかもしれない事を考慮し、重傷を負わせる訳にはいかない為脅しのつもりでいつでも狙えるんだぞという意味を込めての攻撃だったが効果はあったようだ。
勿論命中したのはあたしの指示だけではなく、的確に指示通りに撃った二人の腕があっての事だ。この二人は銃の腕前がいいのかもしれない。
「この世界に呼んだのはあたし達じゃない。必ず解決するから、そのまま大人しくしてて」
くぅ…っ、人の子め…!
放送を聞いていないのか、この世界に引き込んだのはあたしかとの問いをした妖に対しての回答をすると、恨めしそうに呟いた妖はあたしを睥睨した後空気に消えるように姿を消した。
すると怨念に渦巻いていた空気がなくなる。やはりあの妖が原因だったようだ。
「妖は退散しました」
「そうか…よかった。妖に当たったのか?」
「はい。怪異から逃げられるように重傷は負わせていませんが、脅威を理解して怯えていてくれればもうこちらに害を為す事はないかと」
「空気が軽くなった気がすんな」
あたしが深く息を逃し安堵すると、伊月さんも僅かに笑みを浮かべ肩の力を抜いた。根武谷さんも辺りを見渡して息を軽く吐く。
あたしは助けてくれた事と協力してくれた事の礼を言おうと顔を上げた。
「ひと段落ついて油断しているね」
耳元で囁かれた甘い声に思考が奪われる。振り返ると同時にドッとあたしに重たいものがもたれれ掛かる。その重さに耐え兼ね尻餅を着けば、もたれ掛かっている花宮さんが腹部を抑えて呻いた。何が起こっているかわからないあたしと、伊月さん達。
「は、花宮さん?何が、」
「凄い反射神経だね、彼。オレと春添碧の間に割り行ってオレの攻撃を代わりに受けるなんて」
その明るく甘い声に顔を上げると、あたし達の近くにいて人形のように無表情に見下ろす同年代くらいの男の子。呆然とあたし達が男の子を見つめていると、彼は隙のない武術の構えをした。
「マジウケる」
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