安心して死んでいいよ

 繰り出された秋塚の拳を左に避け、突き出された腕に沿って横薙ぎに首元を狙って鉄パイプを振るうが寸前で顔を反らせる事で躱される。上半身が反れて体勢は崩れているにもかかわらず、あたしの足首に自身の足首を掛け、体幹を感知しているように簡単に軸を取られて体勢を崩す。

「くっ…!」

 左手を着き逆立ちになって転倒を避けると、そのまま体を捻って両足を開き回し蹴りをする。

「おっと」

 あたしに攻撃を仕掛けた上で片足で踏ん張る事で上手く体勢を整えた秋塚は顔スレスレで避け数歩下がり、構えながら嬉々とした声を出す。

「ラッキー。パンツ見ーえた」

 子どもか。体勢を立て直しながらそう思っていると視線を感じチラリと横目に窺えば、視線を背けている花宮さんと顎に手を添えている根武谷さん、赤面している伊月さんと緑間君。…子どもか!

「スパッツですけど」

 その言葉にん゛んっ!と咳払いをするのは緑間君。残念でした〜、なんて。

 それにしても上手い。最初にこの中で一番パワーのありそうな根武谷さんを簡単に捩じ伏せただけあって、パワーはないが技術がかなり高い。さっきも簡単に軸を取られてしまったし。
 あたしも体力がないわけではないが、大きな攻撃ではないものの確実で執拗な攻撃に体力は奪われていく。俊敏に動きと高度な技術で短期戦が得意なあたしには、長期戦はやや不利だ。出来ないわけではないけど、勝率が下がる。

 戦い始めて結構時間が経つ。滲む額の汗を手の甲で拭いながら相手の出方を窺う。

「甘いねえ」

 表情は変わらない。のにクツクツと喉を鳴らして笑い愉快そうな声を出す。

「本気出しなよ。時間の無駄だよ?ああ、こんな狭い廊下じゃ全力で戦えないか」

 わかっているなら言うなよ。そう思って鉄パイプを握り直す。
 戦う為に下がってもらっているみんなに攻撃が当たる事はないが、狭い空間と合気道で戦う秋塚との相性が悪い。戦闘が始まって早々腹に食らった衝撃がずくずくと鈍く痛む。

「あ、それともお腹痛い?ごめんねえ、手加減はしたんだけど」

 交戦中に隙を突かれ、腹部に触れず手を充てがわれた瞬間まるで衝撃波のような重い波動を腹にズクンと一撃食らってしまった。チッと軽く舌打ちをするとケラケラ笑い声を上げる。

「人間って脆いね、簡単に壊れてしまう。秋塚八白もきっと脆いんだろうな。でもこのゲームの参加者を全て倒したらオレが現実世界に行って本物の彼と代わるんだ」

 何それ、と疑問符を浮かべる。フッと息を漏らした秋塚は両手を広げた。

「そう。君達がいなくなった暁には、偽物で未完成なオレ達が代わりを務める事になってるんだ。だから安心して」

 そこで初めて口角を上げた秋塚は、光を写さない目に闇を宿し深い笑みを見せた。

「安心して死んでいいよ」

 瞬きをした瞬間に目の前まで迫った秋塚。ハッと息を飲み咄嗟に鉄パイプを握る右手を振るう前に手首を押さえられ、頭突きを額に食らう。

「ぐッ!!」

 ぐわん、と脳が揺れた。その隙にも心臓部に充てがわれた手が視界に入るが、衝撃を受けた脳で理解し体に指示を出すまでに時間が掛かる。

「春添さん!!」

 伊月さんの声を聞きながら当たる、と思っていると、グンッと後ろに左手を引かれる。

「春添!!」

 根武谷さんの声が直ぐ後ろで聞こえた。背中に固い感触を受け支えられるが、結果は変わらず避けられない。

「バーカ」

 嘲笑う声で暴言を吐いた秋塚がクッと口角を上げ、波動を打つ為に手に力を込めた。

「馬鹿はお前だ、よっ!」

 瞬間。聞き覚えのない声と後頭部に攻撃を受けて前のめりになる秋塚、秋塚越しに見えるた宙に浮いている茶髪の男性、そして未だあたしの右手を掴む秋塚の左腕を掴む別の手。ぐりっと捻った瞬間にあたしの右手は解放され、根武谷さんに引っ張られて後退する。

「せやああああぁぁぁ!!」

 掴んだ左腕を両手で掴み直し、体を反転させ巴投げの要領で思い切り床に秋塚を背中から叩き付けた坊主頭の人。ダァン!!と廊下に重い音が響いた。

「っしゃあああああ!!どうだー!!」

「うっさいよ〜津川」

 うおおおお!!と両手を挙げて興奮している坊主頭の人。その隣に着地した茶髪の男性が頭をペチンと叩いた。

「ぐっ、」

 秋塚が直ぐさま体を起こし、両手を着いて姿勢を低くその二人に回し蹴りを仕掛けた。
 が、その足首を大きな手が容易に受け止め秋塚を逆さに持ち上げる。

「悪いが容赦はしないぞ」

 持ち上げられた秋塚が攻撃を仕掛ける前に、素早く卍固めをするのはガタイのいい人。

「あ゛ーーー!!!」

 入ってる入ってる!と悲痛な声を上げる秋塚。容赦なくギリギリギチギチと締め上げる男の人は集中しているようで秋塚を無表情に見下ろしているだけ。

 根武谷さんに支えられながら距離を置いた位置で状況が飲み込めずポカンとしていると、額に温かい手を添えられた。

「春添さん大丈夫か!?」

 見上げればあたしの横に来て頭突きを食らった額を押さえている伊月さん。

「大丈夫です、すみません…ッ、」

「無理すんなよ。脳震盪起こしてねえか?」

 委ねていた身を立て直し立ち上がるがふらつくあたしを根武谷さんがすかさず支えてくれた。何から何まで申し訳ない。

「大丈夫そうです。それよりあの人達って」

「…正邦だ」

「せいほう?」

 伊月さんは少し嬉しそうに口角を上げながら新たに登場した三人を見た。どうやら知り合いらしい。

「三人共古武術に長けてるんだよ」

「古武術、ですか」

 何たる奇跡。まさかこのタイミングで古武術使いが三人も出てくるなんて。卍固めは古武術ではないけど。

「春添さ〜ん。大丈夫?」

「よくわかんないけど、コイツ倒したらいいっぽい?」

 茶髪の人と坊主の人がこちらを窺う。あたしの名前知ってるんだ…ってさっき伊月さん呼んでたか。坊主さんの問い掛けに伊月さんが代わりに答えた。

「そいつは秋塚八白のクローンだ!合気道を使う!」

「え!?秋塚八白なの!?すっげえ本物!!」

「いやいやクローンだっつってんでしょーに」

 また坊主の人をペチンと叩いた茶髪の人。坊主の人はそっかと頭を掻いた。
 ガタイのいい人はこちらに視線を投げ掛けると、締め上げられ青ざめている秋塚を解放し二人の前に転がす。そして三人で囲んだ。

「合気道は古武術が基礎となっている。似た者同士の戦いになるが、負ける気はしないな」

「ハッ…言ってろ」

 秋塚は叫び疲れて咳き込み、痛みに顔を歪めながらガタイのいい人を睥睨した。

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