普通の色じゃん
「真剣に近くとも、所詮は木。へし折ってやろう」
「どうぞやってみて下さい」
姿勢を低くし、抜刀術の構えをしながら髪の隙間から冬爪の姿を捉える。互いにそう言い合い、空間を一瞬静寂が支配した。
瞬間、同時に後ろ足で踏み込み一歩を踏み出す。ザッと大きく床の擦れる音を鳴らし、あたしは木刀を横一文字に振り、冬爪は抑え込む為に両手を伸ばし肩を掴み掛かる。
一瞬踏み止まり背を丸める事でギリギリで腹部を通る木刀の攻撃を避けた冬爪は、しめたとばかりにあたしの服を掴んだ。
「!」
と見せかけて腕を振る遠心力を利用し、彼よりも小柄な身を翻して腕を振った方向へ回転しながら彼の懐から出る。喫驚で目を見開き一瞬固まるのを見逃さず、あたしは彼の左側後方へ立つと、素早く木刀を振り上げ相手の首をへし折るイメージで思い切り振り下ろした。
「ッが、ア…っ!」
項に落とされた木刀に骨が折れる感覚が伝う。それでも力を緩める事なく最早首を落とす勢いで地面に叩き付けた。
ドオッ…!と重たい物が落ちる音が廊下に木霊する。床が少しばかり凹み、冬爪が白目を剥き泡を吹いて床に沈んだ。
あたしは一息吐いて木刀を一振りし、肩に担ぐ。
「どうですか、あなたの言う“所詮木”にやられる気分は」
砂煙になって消える冬爪を見下ろしながら問うが、当然返事は返ってこなかった。
「…一瞬じゃん!!」
今までの何だったの!?と何故かキレている津川君に戸惑いながら何も言葉を返せないでいると、春日さんがいつの間にか隣にいてポンと肩を叩いた。
「取りあえず春添とは今度ゆっくり流浪する剣心の話をしたいと思いま〜す」
「る、るろう…?」
誰の話?と首を傾げているとまさかの知らないパターンかい、と落胆したように春日さんが呟いた。何かすみません。
辺りを見渡せば救出されたCチームの中で意識がある赤司君と若松さん。津川君も早川さんも無事みたいなので安堵の息を吐き出す。
う゛ぁァア…お゛ぉお゛オオオオ!!
「うわっ!? 何だ!?」
「これは…ッ」
「ひゃ、っ…!!」
突如木が大きく唸りを上げ、先程まで我が身を守るように萎縮していた蔓が巨大化して伸び、更に廊下の床下から這い出てきた。
木の付近にいた津川君や赤司君は咄嗟にその場から跳び退いて、早川さんと若松さんはまだ気を失っている三人を抱えてあたしと春日さんの方へ集まる。しかしあたしの足元にも蔓は伸びていたようで足を掬われ転けそうになる。しかし転ける事はなく春日さんが腕を掴んで支えてくれた。
礼を言う暇なく木から離れるようにみんなが一斉に後退すると、木は更に唸りを上げ段々赤く色付き始めた。
「…
妖樹」
「何だそれ」
あたしがポツリと呟くと、若松さんが首を傾げた。
「ご存知の通り木は寿命が長く何千年と生きる木もあります。その中で意思が芽生える木であったり神様が生まれる木があったり色々で、
妖化する木もほんの一握りですがあるんです」
「妖化…」
「理由は怨念を受け感化されたり伐採など人の手に掛かる事で恨みが芽生えたり…でもこれはよくある話で、殆どが供養されたり周りの自然に癒されたり浄化されていく為完全に妖化する木は一握りなんです」
「う〜ん?だからつまり?」
赤司君は顎に手を添えて聞いており視線は木を向いたままだ。津川君が疑問符を沢山浮かべて尋ねるので、更に言葉を続ける。
「この木は冬爪が用意した怪異の一種なのかと思いましたが、どうやらただの怪異ではないみたいです。妖化し始めた木を摘んで怨念を増幅させた、強制的に妖化させられた木です。この今の状態を妖樹と言います」
「成る程」
何となくわかった、と言うがこれがよくある話でどれが一握りの話?と混乱したように目を回していた。ごめんね、説明が下手で。
「どうすればいい?」
「…ここまで暴走しているので、もう消滅させるしか…」
暴走しているという事は意思があって、今の状態を苦しんでいるという事。浄化されたかもしれない念を増幅させられ、いいように駒として使われ、あたし達に攻撃をして攻撃を返される。可哀想、とどうしても同情の思いが先立ってしまう。
同情だけで終わらせるんじゃなくて、助けたい。けど、消滅させて解放させるしか方法が思い浮かばない。ただの木、されど木。妖を助けると決めたのに、早々に折れそうだ。
ぐっと唇を噛み締める。赤司君が何か言いたげに視線を向けてくるが、目を合わせる余裕がない。
右手に持った木刀を握り締めた。
「…! 春添」
「…?」
「その木刀、あの木と同じ色をしている」
赤司君に言われて視線を落とせば、木刀がじんわりと赤く色付いていた。確かに木と同じ色だ。
「色?」
「普通の色じゃん」
「え?」
「ずっと変わんないけど」
若松さんと春日さんの言葉に目を見張る。
…そうか!今は怪異でも元は妖。暴走して赤く色付いているけど、それがわかるのはこの場だと霊感のあるあたしと赤司君だけなんだ。
二人の言葉で思い付いたあたしは木に視線を移し、蠢く蔓を自身の幹に絡め付けている木を見据えた。そして覚悟を決める。
「あの木を助ける方法を思い付きました」
熱を感じ始めた木刀を抱き締めるように抱え、一度目を閉じる。
すると腕の中の木刀か、それとも離れた位置で暴走する木か、定かではないが穏やかな声が脳に響く。
…流石は青龍の守護を持つ人の子。頼んだよ。
老父のような温かい声。それを聞いてあたしは目を開き、木刀を構えた。
「早川さん、まだ弾はありますか?」
「おう!!」
「あたしの言う所を狙って下さい。今からあたしは中心に向かいます」
あたしがそう言うや否や赤司君と春日さん、若松さんが横に並ぶ。
「じゃあすんなり行けるように囮になってやんよ〜」
「止めても行くんだろう?ならオレ達もオレ達の我が儘を通させてもらおう」
「あの蔓を止めりゃあいいんだな?」
囮という言葉に引っ掛かりを感じるが、特攻隊長のように率先して突っ込む事を黙認してくれている手前、何も言えなかった。
でも彼らが共に戦うと言ってくれているのだから、みんなを信じる事を決める。
「お願いします。…行きます!」
言った途端若松さんと春日さんが飛び出して木に近付く。瞬間幹に巻き付いていた蔓が二人目掛けて伸びてきて、それを掴んだり切り付けたり足止めをしてくれる。
その間に、あたしが潜り抜けるように中心に向かっていく。しかし色んな角度からまた別の蔓が伸びてくる。
「止まるな!行け!」
「っ、はい!」
それをナイフで切り落とすのは赤司君で、一瞬動きを止めたあたしを鼓舞して後押しする。思わず敬語で返事を返しながら中心に向かっていき、木刀を抜く時に早川さんが狙っていた根元部分に辿り着いた。
「早川さん!此処に数発お願いします!」
「任せ(ろ)!!」
気合の声の後、狙いを定めた彼が銃で同じ所を狙う。少しずれる弾もあったがそれでも当たっており、木が更に大きく唸った。そして暴走していた蔓が木刀を抜く直前の時のように動きを止める。
「…痛いけどごめんなさい。あたしに全てを託して欲しい。必ず元の世界に持ち帰るから、どうか協力して下さい」
そう囁くように言いながら、あたしは突きをする為腕を引いて木刀を構えた。そして思い切り幹の中心部を木刀で突き刺す。
その瞬間、辺りに眩い光が広がり大きく風が吹いた。
ドオッ!!
ガタガタガタ…!
「「!?」」
全員が目をきつく閉じ風に飛ばされないように踏ん張る。窓やドアが風の影響を受けて揺れる音が聞こえた。
あたしは木に木刀が突き刺さったままの感覚を手先で感じながら風に耐えていると、風が止む直前ふわりと頭に何かが乗った。
まるで温かい手のようで、おばあちゃんの手を思い出す。眩しさも忘れて目を開けるが、辺りは真っ白で目が眩みそのまま意識を飛ばした。
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