照れてます
「……ぃ……おい。おい春添!」
「!?」
「おーよかった。起きた起きた〜」
揺すられる感覚と共に津川君の声が聞こえ、吃驚して目を開けるとあたしを覗き込む津川君とヘラヘラと笑った春日さんがいた。
慌てて仰向けに寝ていた体を起こせば、廊下には妖樹は既になく、先程までの眩い光もなくて静寂と薄暗さが戻っていた。
近くには赤司君と若松さん、早川さんが立っている。
「…あ、あの、木は?」
「消えたぜ。お前急に倒れるから吃驚したんだからな」
どうやら意識を飛ばしたのはあたしだけのようで、風が止むと同時に光が消え木も消滅したらしい。
「…春添。その木刀はあの木から作られたのか」
「え?あ、えっと…うん。多分そう」
「だからあの木で作られた木刀で妖化した木を浄化・消滅させて救おうとした。合っているか?」
「うん」
流石赤司君。他の人は話についてこれない中、霊感があるのと元の頭脳明晰も合わさって理解が早い。
「木が木刀に吸い込まれるように消えたのを視たよ。これで君の予想通り、浄化はされたのかな」
あたしの思惑通りに木刀へ木の意識が吸収されたと見ていい。気を失う前に感じた手の感覚は、恐らく木の意思であたしの頭を撫でたんだと思う。あたしの考えを汲み取ってあたしに託してくれた事に心が温かくなりながら赤司君に返答する。
「…いや、まだ終わってないと思う。これはあたしが元の世界に持ち帰って、ちゃんと供養して初めて浄化された事になると思う」
「そうか。…なら尚更、早く脱出しないとな」
「だね。脱出する為に、それまで大事に使わせてもらうけど」
赤司君はそう言うとふわりと微笑んだ。あたしも笑い返し供養はするが使わせてもらう宣言をしながら木刀を持って立ち上がる。
「体は大丈夫なん?」
「はい。目の前であんなに眩しい光見たからちょっと意識飛ばしちゃっただけだと思います」
怪我が原因ではないと伝えれば、春日さんは安堵したように口角を上げた。
「…ん…?」
「………ハッ!何処だ此処!?」
「…ふぁあ〜あ…ねむ…」
すると、笠松さん、森山さん、原さんが目を覚ました。
「あ!主将達起きたんですね!!よかった!!」
「あ?何で早川が…、!?何で春日達もいるんだ?」
「まあ話せばちょっとだけ長くなるかな〜。後で話すから取りあえず戻ろー」
Cチーム以外がいる状況が飲み込めないようで、困惑している笠松さんを春日さんが宥めてみんな立ち上がる。特に外傷はないと言うので安堵の息を吐く。
「そういや春添。黒胡麻ちゃんってのは誰の事?」
歩き始めるかと思いきや、春日さんがあたしに振り向いて疑問を投げ掛ける。その問いに一瞬何の事かと疑問符を浮かべたが、木刀を受け取る瞬間の事だと思い出した。
「ああ、あれは細い幽霊の事です。此処に来てあたしが一人の時に出会った妖がいると皆さんには話したんですが、後から来た春日さん達は知らないですよね。黒胡麻みたいにつぶらな瞳が可愛いんですよ。えっと…あ、ほらあそこにいます」
黒胡麻ちゃんと呼んだのは見た目のまんまだ。あの時は黒子君達の場所を教えてくれたが、今回もあたし達を助けてくれた勇敢な子である。
辺りを見渡していると、何処からともなくこっそり現れた黒胡麻ちゃんを見付けて手招く。ふわふわとゆっくり近付いてきてあたしの前まで来た。
「あの時冬爪の手を弾いて木刀から遠ざけてくれたのはこの子なんです」
「へえ。視えねーけどあんがとな」
春日さんがあたしの視線の先を見ながら、視えないものの感謝の気持ちを伝える。黒胡麻ちゃんは照れたように顔を赤らめて小さく細い手で頭を掻く。
「照れてます。可愛い」
あまりの愛らしさに緩む頬をそのままにしていると、いつの間にか隣を陣取っていた森山さんが頭を抱えた。
「何の話かわかんないけどそういう春添さんが可愛い!!」
「煩え森山!!」
おお、神よ!と叫ぶ森山さんに背後から笠松さんがドロップキックを食らわせた。痛そう。そして平気であたしなんかに可愛いを何回も言わないで頂きたい。心臓に悪いです。
こうしてCチームとあたし達救出隊は怪異に襲われる事なく無事に二階へ帰還する事になった。黒胡麻ちゃんとは三階で別れたが、少し寂しいのは気の所為ではない。
「ただいま」
「! お帰りなさい!」
二階のナースステーションに着いて声を掛けると、入り口付近にいた桃ちゃんが一番に振り返りあたしに駆け寄ってくる。その勢いで抱き着くので、転ばないように踏ん張り胸元にあたしの何倍もある豊満な胸の柔らかい感触を受けながら苦笑して受け止めた。
「よかった、みんな無事に帰ってきて…」
「春添達が来てくれたから大丈夫だよ。心配掛けさせたね、すまない」
あたしの肩口に顔を埋めながら、僅かに肩を震わせて言うので赤司君が申し訳なさそうにそう声を掛けた。桃ちゃんは顔を上げふるふると横に頭を振る。
「無事ならいいの」
「本当によかったです」
少しだけ涙を滲ませた彼女が目元を拭う。その後ろから黒子君が来て安堵した表情で赤司君やあたし達の後ろにいる笠松さん達を見る。
中々帰ってこない、なんて事が初めて起こった為かなり心配していたようだ。最悪のケースを考えていたのかもしれない。ナースステーションの真ん中に広げられた武器達が、待機組の覚悟を物語っていた。
「よー帰ってきてくれたな。よかったよかった。早速で悪いんやけど何があったか説明してくれるか?」
「はい」
待機組は各々自由に過ごしていたようだが(と言っても桃ちゃん曰く探索組が帰ってこないのが気になって一部を除きみんなそわそわ落ち着かなかったらしい)、今吉さんの言葉で再びみんなが集まる。
三階の探索に行っていたCチームの見付けた物(銃弾、鍵が掛けられた廃れた本、乾パンやビスケットなどの食料一箱分、ペットボトルの水1ケース)、冬爪に襲われた経緯、あたし達が駆け付けてからの流れをざっと話すCチームと春日さん。
あの時若松さんが冬爪に投げたのは水の入った段ボール箱だったようで、箱はやや変形しているが中身には問題ないとの事。飲めるかどうかは置いておく。
そして冬爪の口振りからするに、あと一人の四神のクローン、そしてあたしのクローンがいるかもしれない事も憶測として伝えておく。あたしのクローンに至っては最早いる事を断言していたようなものだが。
特にあたしのクローンがいると聞いた瞬間、嫌そうに顔を引き攣らせた人が数名いたのをあたしは見逃さなかった。主にあたしの戦闘を目の前で見た事があるメンバーである。
そしてCチームに他のチームの探索結果を伝える。伊月さんの霊感が覚醒した事にやはりみんな一番驚いていた。ボスを倒したのは放送で聞いたらしいので驚きはしないが、よくやったと褒められた。
「春添さん。伊月君は一生妖を感じる事になるの…?」
不意に相田さんが不安げにそう尋ねてきた。伊月さんは相田さんが心配して投げ掛けた質問にやや目を見張ったが、あたしに答えを促すように視線を向ける。
「…断言出来ません。もしかするとそうかもしれないし、この世界にいてこのゲームに参加する上で一時的なものかもしれません」
「そう…」
どちらとも言い切れない答えに表情は晴れなかった。申し訳ない気持ちで見つめていると、伊月さんは笑って気にするなと頭を横にゆるく振る。
「じゃああと“視える”可能性があんのって…オレとか?あと誠凛の監督サン?」
そこでずっと考えていたらしい高尾君が何か思い付いたように口を開く。何でも赤司君や伊月さん同様、挙げた二人は特殊な眼を持っているので覚醒する可能性はあるだろうという事。
あれ、それってあたしが考えてた内容と一緒だよね。やっぱり特殊な眼を持っている事は間違いなかったか。ふふん、勘が当たった。
霊感なんて普段生活する上でないに越した事はないのだが、この状況ではその可能性はゲームクリアに近付くとされあたし達に僅かな希望を与える事が複雑だ。
「次の探索で試してみればいいのだよ」
「そーだな!さっきの探索では妖とは関われなかったっぽいし、妖と何かしら接触したら覚醒すっかも」
緑間君の言葉に高尾君が何ともお気楽な調子で言ってくれるが、嫌ではないのだろうか。最悪悍ましい姿や光景を視るかもしれないのに…。軽く言う彼を怪訝に思っているのではなく、純粋に心配しているのだ。霊感なんてない方がいいに決まってる。
「試すって…んな危ない事カントクにさせられっかよ」
そんな会話を聞いて、日向さんが顔を顰めながら言う。ピリッとした空気に息を飲む。
「…そちらは無理にとは言いませんが、このゲームで霊感がある奴は多い方がいいと思っての事です」
緑間君は少しだけ眉を寄せてから、淡々とそう返した。確かに彼の言う通りだ。だけど緑間君だって本当は霊感を覚醒させたいわけではない事は彼の表情を見るからに明確で、脱出する為に致し方ない事で脱出出来る可能性が上がるならばどんな些細な事にも向き合うべきだという事だろう。
それがどんなに酷な事でも、脱出に繋がるのならば、やるしかない。
「いいのよ、日向君」
「カントク…」
「私だって何もしないのは嫌よ。怖くないと言えば嘘になるけど…私で役に立つ可能性があるならやるわ」
相田さんは日向さんを宥めると、あたしを真っ直ぐに見つめながらそう言った。その目力から感じる覚悟。あたしと同じ立場に立つ事になっても、ゲームクリアの為ならば身を張ろうという彼女の覚悟に、胸の奥が震えた。
「それに、春添さんだけに負担は掛けたくないしね」
そう言ってくれた相田さんは優しく微笑んだ。先輩でありながら、まるで母のように優しく母性で包むような笑顔にあたしの頬は自然と緩んだ。
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