欲しいなぁ…私も

「初めまして、あたし」

 あたしと同じ顔で微笑むあたしのクローン。何一つ変わらない、いつもの鏡に映る自分を見ているだけのような感覚になるが、頭を振って思考を振り払う。

「春添のクローンが此処にいるという事は…」

「二階の怪物はもう一人の四神?」

「そうですよ」

 大坪さんと高尾君が顔を見合わせる。クローンは頷き肯定すると切っ先を向けたまま一歩、また一歩と距離を縮める。

「あたしがこっちに来てくれてよかった。戦いたいと思っていたから。あたしと」

 あたしを連呼し過ぎてややこしくなってきた。そう思いながら木刀を構え、視線は目の前のクローンから外さずに高尾君に下がるよう小声で促す。素直に下がった彼を視界の隅で確認した。

「皆さんも気になりますよね。どっちが勝つか」

 カツ、と木刀の切っ先同士が当たり微かな音を立てた。そこで漸く歩みを止めたクローン。

「優秀なのはどっちか。ね」

 ニコッと笑った目の前のクローンを見て、あたしってこんな気持ち悪い笑い方するのかなと心配になった。

「今のあたしがあるのは、あたしがいたからだから感謝はしてるんだけどね」

「…あたしあたし煩い。詐欺かよ。そしてややこしい。あなたとか呼び方変えてくれる?」

 交わったままの切っ先。少し押し返すと、相手も同じように押し返してくる。
 あくまで表情は崩さないらしい。何処まで再現しているのか少しの期待をしながら、あたしはわざとニヤッとした笑みを浮かべた。

「あたしはあなたの事を出来損ないって呼ぶ事に決めた」

「へえ…」

 ピクリと眉をヒクつかせる。気が短い所も似てるんだね。

「じゃあどっちがそうか、決めないとね」

 クローンがそう言った瞬間、どちらともなく木刀を振り、互いの木刀を弾いた。










【相田side】

「ほいっ!」

「っ!」

「はっ!!」

 軽快な声で逆手で床に着き回し蹴りを繰り出す葉山君。身軽な身のこなしで夏富さんのクローンを後退させれば、すかさず距離を詰めた岩村さんが固い拳を握り相手の武器である弓矢を折る勢いでパンチを繰り出す。流石古武術を嗜んでいるだけあって安定した体術。
 でも夏富さんも弓矢を操るだけではなく、軽い身のこなしで跳ねるように後退して避け続ける。そして隙を見付けては直ぐさま弓矢を構えて、一つ矢を放った。

「わっと!」

 それは葉山君に向かい、次に放たれたもう一本は岩村さんに向かったが、二人の優れた動体視力で難なく避けられた。
 しかし、その内の一本の矢が私の目前に迫っていた。

「!?」

 距離を取って赤司君と桃井さんの三人で見守りながら、気を張り詰め警戒していたつもりでも油断していたらしい。

「リコさん!!」

 やけにスローモーションのように見える今の現状を、目を見開き固まるしか出来ない私に隣にいた桃井さんが庇うように飛び付いてきた。
 するとバシッ!と弾くような音を立てて、矢は私達に到達する前に見えない何かで弾かれ床に落ちる。体勢を崩した私達がふらついて倒れそうになったが、赤司君が後ろから支えてくれて転倒を免れた。

「あ、ありがとう赤司君」

「いえ。二人共怪我は?」

 あの赤司君に支えてもらうなんて恐れ多い事だが、この状況では赤司君への申し訳なさより先程の矢への恐怖の方が勝る。
 何とか命を取り止めたような感覚に、今更冷や汗がどっと出てきた。

「大丈夫…吃驚した」

「私も大丈夫。でも碧ちゃんの言う通り攻撃効かなかった!」

 桃井さんも吃驚していたが、弾いた事実目にすれば嬉々とした表情を浮かべる。
 桃井さんが離れていく中で彼女にも礼を言う。

「桃井さんもありがとう」

「いえ!碧ちゃんとの約束ですし、役に立ててよかったです」

 その一連の流れを見て、夏富さんは目を見開きながら葉山君と岩村さんから距離を置いた。

「…何かの守護を憑けているのね。狡〜い」

 甘えるような、強請るような声を聞いて意識を夏富さんに向けると、男性とは思えないような華奢な体を少しくねらせ唇を尖らせる。その動きは普通の女の子のように見えるけど、そんな事しても男からは知らないが女からは好感度は得られないわよと助言してあげたくなった。

「欲しいなぁ…私も」

 夏富さんが舌なめずりをする。妖艶な仕草に、不覚にもドキリとした。

「取り込んじゃおうかしら」

「…え!?」

「きゃっ!?」

 そう言った途端、床が揺れるように蠢いた。立っていられずしゃがみ込むあたしと桃井さん。

「! 桃井!!」

「きゃああ!!」

 壁に手をついて体を支える赤司君が何かに気付き声を上げるが、同時に桃井さんは上へ持ち上げられる。彼女を支えるものは何も見えないので、宙に浮いているように見える。

「っ、妖か」

「そう。妖怪床男とでも言おうかしら。彼は既に私の僕しもべよ」

 私達に視えないだけで赤司君には視えるらしい。顔を歪める赤司君の前の床がこちらと遮断するように盛り上がった。

「うわっ!?」

「葉山!」

 葉山君と岩村さんの方も床が蠢いてバランスを取れず、葉山君が転がっている。私は動く床に耐えながら桃井さんを見上げるだけしか出来ない。

「ささ。こっちにその子を連れて来て!」

 夏富さんがそう言うと、宙を浮きながら桃井さんが彼女の方へ引き寄せられるように向かって行く。
 妖が移動するからか一瞬私の下の床の動きが緩くなった瞬間を逃さず、その場から跳んで桃井さんの両腕を両手で掴む。

「!? り、リコさん離して下さい!」

「駄目!絶対…絶対離さないから!!」

「でもリコさんも連れて行かれちゃ…っ」

 私ごと移動する為桃井さんが半泣きで離すよう腕を振るが、私はしがみ付いて無視して息を吸い込む。
 
「桃井さんを返して!!!」
 
 喉が痺れるくらいに腹の底から叫んだ。

 その瞬間、桃井さんの体がピンク色に暖かく、眩く光った。

「!?」

 眩しくて目を瞑れば、重力に従い重く感じていた体がふわりと浮いた。

 あなたは不思議な力を持っているのですね。

 目を開けば桃色の…靄?煙?みたいなのが私と桃井さん抱えていた。そこから優しい女性の声がする。

 守りたいならば、少しばかり手助けをして差し上げましょう。

 そう言って靄は私の目の前に覆い被さった。

 不覚ながら、主人あるじを危険な目に遭わせたお詫びです。

 ピンクに埋め尽くされていた視界が変わる。白くて綺麗な細い指に変わり、それが離れると女性の手だという事に気付く。そして靄が桃色の長い髪を結わえた天女のような綺麗な女性に変わっている事に気付く。

 視えますか?妾が桃の印の守護者です。そしてあの者が…

 彼女が視線を向ける先には、床に平べったい大きな顔があった。思わず息を飲むが、あれは恐らく。

 あれが彼女に妖怪床男と呼ばれた者です。

 れ、霊感…無事覚醒?

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