じゃあこれから呼んで!
「っ…い゛いッ…あああぁぁぁああ!!!」
「ん、んぐ」
「あ、ああ゛ぁぁぁあ!!」
不意に左肩に走る鋭い痛みで現実へ引き戻され、目を見開き痛みに声を上げた。普段の稽古以上に声が出ている気がする、なんて思考の隅でそんな事を考えながらも目の前のあたしに噛み付くクローンの髪を掴んで引き剥がそうとする。しかししっかり歯を食い込ませている為中々離れない。
じわり、とクローンの唾液だけではなく温かい何かが服に滲んでいる感覚がする。じゅる、と血を啜る音が聞こえた。
痛い。痛い痛い痛い熱い熱い熱い!!
「離せって…言ってんだろうが!!」
クローンの足や腹を蹴っている中高尾君の怒声と同時に数発の銃声が聞こえたかと思えば、クローンは当たる前に口を離し後退する。
「高尾!春添に当たったらどうする!」
「だってこうでもしねーとあいつ離れないじゃないッスか!」
「春添さん!」
大坪さんが高尾君を指摘する。クローンの支えがなくなり左肩を押さえて寝転がったあたしを氷室さんと木村さんが抱き起こしてくれた。
そしてあたし達の前に大坪さんと高尾君が立つ。
「今止血してやるからな」
「くっ…すみませ、」
木村さんが自分のジャージの袖を破いて左肩を止血してくれる。痛みに顔を歪め、今更冷や汗が滲む。痛みも勿論そうだが、さっき高尾君が撃ったであろう数発の銃弾の軌道が見えた事を思い出して、当たっていたらと急に不安がのし掛かってきたのだ。ああ、それにしても痛い。利き腕じゃなくてよかった。
「…肉は食い千切れなかったか。顎の力ないや」
口元を赤く染めながら手の甲でその赤を拭うクローン。暢気な事を言うが中々エグい。食い千切られなくてよかった。
「待って…何でこんな事になってるんだっけ?」
「記憶喪失!?大丈夫か春添ちゃんんんん!!」
「ぐ、っ苦しい…!」
「高尾君落ち着いて!」
あたしが噛み付かれた経緯を思い出そうとしていると高尾君が涙目でぐりんと顔を振り向かせ、首元を掴んでガクガクと揺さぶる。揺れる脳に酔い始めていると氷室さんがそれを宥めた。
その間に何となく思い出した。確か幾度となく木刀を交わしほぼ互角で打ち合っていたはずだけど、廊下の隅に箱を神輿のように担いだ小さな妖達がいる事に気付いてそっちに気を取られた隙に腹に胴を食らったんだ。
重い一撃に一瞬意識を飛ばして連続で攻撃を食らったから…その後でいいようにされた(噛まれた)らしい。
「あたしの本体って意外と美味しいんだね」
「っ…知るか馬鹿」
一々言わんでいい。そう思いながら手当てを受けた肩を押さえながら睨むとクローンは小さく微笑む。
「あなたをあたしに取り込む。そうすればあたしはあたしを越えて、本物のあたしになれるんだよ」
木刀を肩に掛け揺らしながら嬉々とした声で語る。その言葉にあたしが口を開くと声を発する前に他の人の声で遮られる。
「何が、本物だよ」
低い声に目を丸くさせていると、クローンに対峙しながら顔を俯かせている高尾君がゆっくり顔を上げた。
彼の後ろにいるあたしからの位置ではよく見えないが、声の低さからして怒っているようだ。
「春添ちゃんは、オレ達の為に戦ってくれてる春添ちゃんだけが本物だ!!たかがクローンが取り込んだくらいで春添ちゃんを越えられると思うなよ!!」
「…まあ、取り込む前に既に越えてるんだけどね。今さっき、見てたでしょ?高尾君も」
笑みを消したクローンは冷ややかな目で彼の後ろにいるあたしを見下ろす。睨み返していると、庇うように氷室さんに緩く肩を抱き寄せられた。
「気安く呼んじゃねえよ!春添ちゃんの可愛い声で高尾君っ!ってハート付きで呼んでいいのは、今にも後にもこの春添ちゃんだけだ!!」
「…そんな呼び方した事ないけど」
「え!?」
この状況で何言ってんだこの人。そう思ってあたしも冷ややかな目で見上げているとまた顔を振り向かせてショックを受けた顔をする。
「じゃあこれから呼んで!」
「……」
「ちょ!?無視はよくないよ!?」
返答に困ってあたしがだんまりでいると更にショックを受けた高尾君。そんな彼を大坪さんと木村さんが呆れた顔で見つめている。
「…ふっ、クク。よかったね、友達が出来たみたいで。今まで散々だったもんね」
突如笑いを堪えるようにして口を開いたクローン。その言葉にあたしはピクリと眉を動かす。
「家族には見離されて、同年代の子にも気持ち悪がられて、利用されて。可哀想な人生だったもんね」
「…そんな嘘よく吐けるね」
「嘘?あなた自身がよく知ってるくせに」
あたしは会話しながら少し離れた所、クローンの後ろに転がっている木刀を一瞥する。余計な事を話し出すクローンの話を句切ろうとするがしつこい。引き下がる様子なく話続けようとするクローンに、大坪さんが銃を一発撃った。
「…大坪さん、ありがとうございます。大丈夫です」
何も言わずに撃った彼に、感謝しながらゆっくり立ち上がる。
「もう一回あたしにチャンスを下さい」
支えてくれていた木村さんと氷室さんに礼を言い、大坪さんにお願いする。高尾君が何か言いたげにあたしを見遣るが、真っ直ぐ見つめながら大坪さんに頼む。
「無理だと思ったら直ぐにやめさせる」
「はい。ありがとうございます」
さっきまではあたしを信じて手を出さずにいてくれたんだと思う。信じていないわけではないだろうけど、無理はさせないように次は本当に止めるだろうなと思いながら頷き返す。
「あと、」
「?」
「援護。出来ればお願いします」
「…当たり前だ」
前に進み出ながらあたしがお願いすると、大坪さんはしっかりと頷き、三人も笑いながら頷いた。
「どうやって戦うの?木刀はあたしの後ろ。簡単には取らせてあげないよ。勿論他のみんなにも」
「じゃあ」
小馬鹿にしたように笑いながら言うクローンに、あたしは左肩を軽く動かして動き具合を確認しながら思案する。
「それ貸して」
そして手を差し出しながらクローンの持つ木刀を見て頼めば、更に馬鹿にしたような笑みを濃くした。
「貸すわけないじゃん。馬鹿だね」
クローンが肩に担いだ木刀を下ろし、横薙ぎに振った。
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